こちらを読んで学んだこと、自分のためにメモ_φ(・_・

ほぼ養鶏についてなので、興味がない方はスルーしてな

 
宮城盛彦 日本大学農獣医学部で動物飼養学等学ぶ
小田哲也 千葉大学大学院園芸研究科で遺伝子解析を学ぶ

1980年宮城は大学卒業後、沖縄で養鶏業(25,000羽)を営む兄の元で働く。
毎日のようにドラム缶いっぱいのヒヨコが死ぬことに驚き、原因となる2種類の菌を突き止める。消毒と抗生剤の投与で死亡率がほぼゼロにになり、この方法は沖縄中に広がる。
しかし数年で耐性菌ができ、そのたびに強い薬に変え、しだいにヒヨコが薬で弱るように。
ある日、弱ったヒヨコを殺処分せずに近所のバナナ畑放つと、餌も水もあげないのに復活。
観察するとバナナの落ち葉にたまった水を飲み、雑草や土を啄んでいた。
宮城は「土は微生物、草は酵素と・・・」と閃き、1988年独立。平飼いのみやぎ農園設立。
まず添加抗生剤(抗菌剤)を餌から抜く。
次に「鶏に飼料配合を設計させてみよう」と5年間、毎日単味飼料をブレンドし、鶏が残した量をチェックし配合内容をデータ化。そうして完成したのがとうもろこし・ヨモギ粉末・海藻粉末・木酢液・牡蠣殻、山土の有用微生物ぼかしを加えたもの。ぼかしは乳酸菌と酵母と光合成細菌をブレンドしたもの。これがみやぎ農園オリジナルの発酵飼料。
プラス、体内での分解合成を促す酵素として季節の青草を与える。
「鶏は餌を丸呑みし体内での貯蔵、夜に寝ながら消化。素嚢で餌を発酵させ分解してから胃へ。発酵飼料と青草はその働きを助ける分、鶏自身の体内酵素の消耗が少なくてすむ」
腸内の善玉菌が増えた鶏の糞は悪臭がせず、乳酸菌やミネラルを多く含む。
鶏糞はそのまま残し堆肥化。50センチも積もり、森の腐葉土のような床になり、湿度や温度を調節。乳酸菌や酵母がものすごく豊かになると、大腸菌やサルモネラ菌は毒素を出す密度にならない。だから抗生物質や消毒薬が不要。みやぎ農園はこの床が鍵。
保健所の検査は検体数150にも及んだが、悪いものは検出されず、今では疑問を呈す人もいない。サルモネラ菌を伝播するネズミは、周りに住み着く猫と蛇でいない。
飼育数絞る。国内採卵養鶏場の飼育羽数平均74,800羽。みやぎ農園12,000羽。
卵の有用活用にマヨネーズを開発。
自社農園での野菜作り。みやぎ農園の鶏糞堆肥を売り、栽培された近隣農家からの野菜買取りと販売。
循環型農業が回りだした農園に2010年小田入社。主に営業担当。GAP評価員資格取得。沖縄微生物農業ネットワークによる勉強会で地域の連携。
2019年、ブータンからの依頼で、これらの仕組みづくり技術指導をすることになる。
ダンプー地区での技術指導開始。ダンプーでは鶏の飼育数500〜1000羽が9割、平飼い、農業と兼業で鶏ふんを使用。現金収入の底上げを依頼される。
宮城は132件の養鶏家からアンケートをとり、ヒヨコの段階での死亡がが多いことがわかる。
育成率ダンプー65%、みやぎ農園99.8%、80%が採算ライン。
ヒヨコの死因を探る。①鶏舎が吹き曝し。鶏は体内に横隔膜も肺胞もなく、酸素は一気に全身にいきわたる構造で、呼吸器系が無防備。ブータンは寒冷地で乾燥した季節風が吹き込むことで、呼吸器系の病気になりやすい。鶏舎が明るく、出血した鶏を赤い色に反応して、他のが突き、ケガが酷くなり死んでしまう。②生来臆病な鶏。頻発する停電で照明が消えたり、見慣れないものが入ってきた時、一方向に逃げ固まってしまった時、窒息死する。
解決策として、風と日光を避けるため雨戸をつける。鶏舎の壁は楕円に囲み、一斉に同じ方向に走り出しても、カーブに沿って逃げられるようにした。
ひよこは育雛器を電気で温め育てるが、ガスの火で鍋の水を温め、育雛器を下から温める方法を考案。これは電気よりコストが10分の1になる。
この下部給温方式は、ヒヨコの腸が薄く、餌の吸収力が高く、成長が早くなることがわかる。よって初期の産卵率が高くなる。
他オレンジの産地につき、卵とオレンジを使ったオレンジカード(クリーム)の工場を計画。
 
ほんに覚え書きです。お付き合いくださった方、ありがとう。