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童話:自治をやめた自治会

 今日の学部側の説明会に出て良く分かった。
 学部側は本質的には学生自治をまったく認めておらず、あくまでも個々の学生として認識している。
 学友会は圧力団体みたいなものとして機能している。
 自治会は完全に自治を放棄し、何の影響力も持っていない。これには驚きのあまり自治会室に駆け込んで、お前らは一体何の活動をしている団体なのかと問うてしまった。

 帝大時代は本当に学生に自治権が与えられていたらしいけど、それもエリート養成とかいう目的らしい。まあいい、とにかく方針を少々変更。

 自治会←徹底的に糾弾する。自治会という名前での存在を認めない。
 学生会館規約云々←ルールとして認めない。またその根底からして無効。
 事務員←運営主体として認めない。一切の異議を認めない。
 学友会←議長には正直言ってなりたくないかな。大体理学部生だし。

 特に重要なのが学生会館規約云々について。
 皆さんは学生会館の存在目的が「平和と民主主義の擁護」であり「学生自治の前進」であるとご存じだったろうか。馬鹿も休み休み言えとはこのことだ。
 ところで活動補償費と称する給料だが、あれも建設当初からあったらしい。つまりこれを0にするという私の運動は規約なるものが最初から間違えていたと主張しているに等しい訳だ。さて、実現出来るだろうか。
 事務員さんは現状では「異議を述べられる」らしいのだが、意思決定に事務員が介入出来るのはおかしいのでこれを意見を述べられるに統一すべきかと思う。しかし意見ならば誰でも述べられるので、つまりは事務員さんを何ら特別扱いしないということだ。それにしてもあそこまで事務員をつけあがらせたのは運営委員の責任である。過去の委員は猛省しろ。
 学友会は非常にマズい状況だ。どのくらいマズい状況かと言うと数ヶ月後に俺が議長になってもおかしくないくらいマズい状況。理学部数学科生が「教養学部」学友会議長。意味不明だ。でも教養学部に限定する意味も良く分からないので、いっそ数学科くらいは含めても良いのかもしれないが。

 ま、とにかく自治会は叩き潰した方がいい。ゆるゆると始めるかな。

第1部 始まりの始まり

 これはARBEIT MACHT FREIの後継テーマだと言って良いだろう。
 私が自治会系を制圧する目標を立ててからしばらく経つが、改めてテーマを設ける必要を感じたので作ってみた。

 さて、コトは既に始まっているのだがここまでの経過については触れない。今日の出来事を簡単に記して終わりにする。
 今日は学生会館委員会が成立し83期の議長が決定した。私が今日提出した議題は「管理団体室お片づけ」「持ち鍵制について」「時間外はり付きの給与0化」である。
 管理団体室については承認。持ち鍵については当初予定よりも遅れる公算が高くなったが、時間をかけて実行する方向に切り替えた。時間外は持ち越し。

 管理団体室→倉庫A→学友会→大判プリンタ
 持ち鍵:幽霊サークルの承認を要しない(運営委員会の判断)
 時間外:広報を要す

この地点がいいねとヘイグが言ったから7月1日はソンム記念日

 つい先日Sさんにソンムのことを言われたことを思い出し、むずむずしてソンムのことが書きたくなった。しかし今更ソンムの戦闘の経過について話しても仕方がないので、何か別のことでも。
 それでは怪しげにQ&A。異論がある場合はコメント欄へ。

 Q.ソンムで攻勢が始まったからヴェルダンでの攻勢が止んだのではないか。
 A.まったく無関係ではないが、6月半ばには既にヴェルダンへの補給は減っていたし、ソンムの攻勢が始まった時にはヴェルダンでの攻勢は事実上止んでいた。

 もちろんヴェルダンを救う為にソンムが計画されたというのはまったくの嘘ではないし、何より偉大な言い訳だ。私もこういう壮大な言い訳が出来るようになりたいと思う。
 ところで間違ってもヴェルダンを救ったのはブルシーロフ攻勢だなどと言ってはいけない。それを言ったならば、あと7個師団と幾ばくかの補給があればヴェルダンは完勝に終わったと言っているに等しいのだから。
 ま、それはそうと『理想主義はソンムで滅んだ』という表現が私は大好きである。これはテイラーの「第一次世界大戦」に出て来た表現だが(寡聞にして他にも同様の表現があるのかは知らない)、理想主義を葬りさろうとするときに私はこれにあやかって「ソンム」という単語を挿入していた。でも全然通じないのでやめた。

 使用例:ここは『全学生の総意』などという詭弁のソンムだ

 何にせよルパート・ブルックが象徴から引きずり降ろされたのは気分が良い事だ。そう言えばラッセルが投獄されたのも1916年だ。
 ところで一次大戦を「植民地争い」だと信じている人々は「イタリア人、スラブ人、ルーマニア人とチェコスロヴァキア人の外国支配からの解放」「トルコの残忍な専制に従属している人民の解放」という『常軌を逸した』連合国の要求をどう思うのであろうか。果たして民族自決なる原理を以て植民地を争うなどという奇妙な戦争観を認めるのであろうか。
 1916年には軍事が政治の従属物でない決定的証拠がある。そう、1916年にはすべてがある。

 何よりも素晴らしい教訓が1916年にはある。
 敗北していないならば何故妥協せねばならないのか。

 私も権力闘争においてそう有りたいと思う。
 闘争のために闘争し、勝利するために勝利し、そして勝利のみが安定した自治運営をもたらすと信じて、今日も二度と自治を混乱させないために自治を混乱させるのである。