Study Hard -403ページ目

よし、これだ

 本当は戦争が好きなんだけど恥ずかしくて公言出来ない切ない乙女心を描く青春戦記。戦記はストーリーと読む。

 導入部

「いけない、遅参しちゃう」
 と部下に叫びながら営舎から飛び出て行った花子(仮名)は士官学校を出たばかりの少尉である。中隊付の自動車を拝借し、部下に八つ当たりしながら演習地に向かうその姿は見紛うことなき無法者である。
 角を曲がると突然、強い衝撃とともに花子はドアに叩き付けられた。
「ベトコンじゃ、対空警戒」
 そう言いながらふと目の前を見ると、パンツ丸出しでウォーカー中将が死んでいた。中将の従者がすぐに叫ぶ。
「何を見ている、早く手伝わんか」
「中将殿のパンツであります」
 冷静な花子に従者は落ち着きを取り戻し、無線で連絡を取り始めた。すると今度は花子の部下が怯えたように、
「少尉殿、中将を轢いてしまったようですがどうしたら良いのでしょうか」
 と花子に伺いを立ててきた。またもや花子は冷静に、
「これはベトコンの空爆じゃ、後はかやつに任せて演習に急ぐぞ」
 と部下に言うとそのままその場を去った。12月、朝鮮半島の暑い夏の一日であった。

いやはや

 軍事と言えば軍隊であり、軍隊の目的は戦争であり、戦争の目的は勝利である。
 これは実に嵌り易い落とし穴のようだが、これを前提に話をしてくる多くに対して一般的に論駁する必要があろうか。

 じゃあ軍隊と良く比較される警察において、警察の存在理由は犯人逮捕ですとか言うのか、言わないだろ。などと思案していたところでふと思った。
 治安と言えば警察であり、警察の目的は捜査であり、捜査の目的は検挙である。という一文を考えたとすると、これを無批判に軍隊に対して適用し、またそれを妥当するような戦争観を見出すならば、それは即ち「世界の警察」なんだなあということを。
 しかし警察の存在理由は別に捜査や検挙だけではないと思うし(警察の事は良く知らないが)、ましてや軍隊と警察を無条件に同列に扱うのは軽はずみというものであろうし、ましてましてや「怪しからん敵の頭=指導者=犯人(?)」を潰す(潰し合う)のが戦争だなんて思うようでは相変わらずの頭の出来だなという感じもする。そもそも警察にその活動の根拠を与えているはずの刑法のごときが、軍隊においてあるのか。あるいは無いから作ろうとか思ってるのか。それでやる事はやっぱり「世界の警察システム」なんか。

 確かに、二次大戦が終息した頃の欧州の資料を見ていると、「ナポレオンが来た、次にヒトラーが来た」とでも言いたげな文書が散見される。
 そのような立場を採り、『一般に認められた政治的性格のない無形の力の長』に対しては『文明国によって公的権力に当然与えられる利益および礼儀を要求する権利』など無いのであり、従って「文明国によって構成された警察システムとしての軍隊」によって検挙されて然るべきだ、などと現代において宣言するのは厚顔無恥も良い所だとしか思えない。

 そのような戦勝国の傲岸や妄想、あるいは蔓延する復讐心のごときから離れ、戦時における付け焼き刃としてのあるいは次の勝利のための軍事という考えを捨て、改めて軍事学なるものの構築に向かわねばならぬ時である。などと最初に口上を述べる前に「戦争屋はいらぬ」などと言われれば説明する気持ちも失せるというものだが、そんなことは意にも介さずただ述べたいように述べるだけの強い心を持ちたいなあと思った次第である。
 そのためには軍事学上意味のある主張とそれ以外を峻別し、軍事学上意味のある主張以外はすべて聞き流すという作業が必要になろうか。しばらくその準備をしたいと思う。
 それが完成した時には、戦史研員の言う事すらほとんどすべて聞き流すだろうが、普段から他の戦史研員の言う事を聞き入れることなどほとんどないので、結局何も変わらないような気もする。

 ということで親切心が残っている今のうちに、思い出した事を一つ。

 S竹君。
 皇国史観というのは、一般には「『戦前に対する批判』を持ち合わせない歴史観」のことではありません。
 また、「戦前批判」のないことや「戦前賞賛」を以て皇国史観とするのであれば、そのように説明してからでないと意味が通じませんよ。
 意図的にそのように使っているのであれば殊更に非難はしませんが、もし気付かずにそのように使っているとすれば重傷ですね。何が重傷かと言えば、そのような考え方を持っているのが重傷なのではなく、そのような考え方に至ったであろう過程が重傷なのです。
 学問の道は険しく困難であり、良く訓練され、事実を認識し、徹底的に自らの頭で考え抜くことを要求されます。S竹君が史学科において義務を全うすることを期待しています。

無題

 土曜1740頃、渋谷道玄坂にてH山氏目撃。