麻雀の得点計算など
初心者の皆さんに麻雀の得点計算などについて簡単に説明いたします。巷では大嘘のルールで皆さんから巻き上げようとする不逞の輩がまかり通っているので注意してください。
点数の計算方法は簡単です。符を翻の数だけ倍にすれば基本点です。符の計算方法はご存じのものと思います。
子があがった場合、ツモならば親に対して基本点を2倍、子に対してはそのままで請求して下さい。基本点の4倍の得点になっているはずです。ロンならば相手に基本点の4倍を請求して下さい。
親であがった場合は、ツモならば基本点の2倍ずつ請求して下さい。ロンならば相手に6倍を請求して下さい。
また翻数は、通常役はすべて1翻、チンイツのみ3翻です。また満貫役が各種存在しますので各自確かめて下さい。
巷では跳満、倍満、三倍満、役満などと称して満貫以上の点数を請求しようとする輩がおりますが、そのような点数は一切存在していませんので注意して下さい。そもそも役満というのは役満貫の略であり点数では満貫のことです。
最高点の満貫よりも高い点数を設けること自体が意味不明である上に、満貫よりもさらに高い点数の最高点が役満貫、つまり役による満貫、だというのですから支離滅裂も良い所です。
ローカルルールで場に1ないし2翻がつくことがありますので注意して下さい。大抵の場合はサイコロでゾロ目が出た場合に1ないし2翻がつくようです。始める前に確認した方が良いでしょう。通常は場は0翻です。
永田町の悪影響かは知りませんが、場に常時2翻がつくルールもあるそうです。配原以上か以下かを争うのが基本ですから、常時2翻ついているならば常時0翻とどう違うのがわからず理解に苦しみます。場にご祝儀を加える意味がなくなっています。いわゆるトビを増やすためのルールなのかもしれませんが、20符1翻の手すら親/子で240/160のところが960/640となるように、満貫の2000点がすぐに見えてくる悪趣味ぶりと言う他ありません。
他にも東風戦、東南戦(この場合、ノーテン時にテンパイ者に支払を求められたり、親テンパイが連荘になったりするそうです)など雀荘の経営のためとしか思えない怪ルールを耳にすることも多くなりましたが、まずは一荘をきちんとこなす普通のやり方で皆さんに麻雀を覚えて頂ければと思います。
点数の計算方法は簡単です。符を翻の数だけ倍にすれば基本点です。符の計算方法はご存じのものと思います。
子があがった場合、ツモならば親に対して基本点を2倍、子に対してはそのままで請求して下さい。基本点の4倍の得点になっているはずです。ロンならば相手に基本点の4倍を請求して下さい。
親であがった場合は、ツモならば基本点の2倍ずつ請求して下さい。ロンならば相手に6倍を請求して下さい。
また翻数は、通常役はすべて1翻、チンイツのみ3翻です。また満貫役が各種存在しますので各自確かめて下さい。
巷では跳満、倍満、三倍満、役満などと称して満貫以上の点数を請求しようとする輩がおりますが、そのような点数は一切存在していませんので注意して下さい。そもそも役満というのは役満貫の略であり点数では満貫のことです。
最高点の満貫よりも高い点数を設けること自体が意味不明である上に、満貫よりもさらに高い点数の最高点が役満貫、つまり役による満貫、だというのですから支離滅裂も良い所です。
ローカルルールで場に1ないし2翻がつくことがありますので注意して下さい。大抵の場合はサイコロでゾロ目が出た場合に1ないし2翻がつくようです。始める前に確認した方が良いでしょう。通常は場は0翻です。
永田町の悪影響かは知りませんが、場に常時2翻がつくルールもあるそうです。配原以上か以下かを争うのが基本ですから、常時2翻ついているならば常時0翻とどう違うのがわからず理解に苦しみます。場にご祝儀を加える意味がなくなっています。いわゆるトビを増やすためのルールなのかもしれませんが、20符1翻の手すら親/子で240/160のところが960/640となるように、満貫の2000点がすぐに見えてくる悪趣味ぶりと言う他ありません。
他にも東風戦、東南戦(この場合、ノーテン時にテンパイ者に支払を求められたり、親テンパイが連荘になったりするそうです)など雀荘の経営のためとしか思えない怪ルールを耳にすることも多くなりましたが、まずは一荘をきちんとこなす普通のやり方で皆さんに麻雀を覚えて頂ければと思います。
やはり
極東の黄猿どもには何も理解できぬ。我がソヴィエト憲法に何と書いてあるか知れ。
休暇中も給料が欲しい? 死ね不労所得階級。
個人のやる気の問題? 死ね反唯物論者。
指導者の問題? 死ねエリート主義者。
イデオロギーのせい? 死ねイデオロギスト。
問題は4分で1本のネジしか作れない無能労働者をクビにすると工場から誰もいなくなることだ。同志、この問題は難問だな。とりあえず2分半で1本のネジが作れる労働者を探しに行こう。
【結論】
カルカッタ豆戦闘、laeva君に不戦勝
豆カレーおいし(*・・*)
休暇中も給料が欲しい? 死ね不労所得階級。
個人のやる気の問題? 死ね反唯物論者。
指導者の問題? 死ねエリート主義者。
イデオロギーのせい? 死ねイデオロギスト。
問題は4分で1本のネジしか作れない無能労働者をクビにすると工場から誰もいなくなることだ。同志、この問題は難問だな。とりあえず2分半で1本のネジが作れる労働者を探しに行こう。
【結論】
カルカッタ豆戦闘、laeva君に不戦勝
豆カレーおいし(*・・*)
夾雑念
中学生を法律で禁止すべき。
労働法とかがどうにも良く分からない。あれは一体何がしたかったんだろう。雇用主に対する不当な何かを感じてみた。
しかしアレだな、日本は自由よりも平等を相当に重んじる国だから当然なのかもしれん。何に対してそう思っているのかは秘す。
自治会を弄っていても非常に実感した点だ。
私が自由に関して理解できるのは、いわゆる経済的自由であり、モノを買うときに高いと思えば要らないと言えるということだ。それ以上の意味はまったくない。混同されがちなことだが「高いから要らないよ」ということは「安くしてくれれば買うよ」ということではない。値切り行為は自由の対極にある行為だということを理解されたい。
比喩を使えば、自治会に関して私が「自治会は高いから要らないよ」と言っているのに「どうすれば自治会を安くできるか考えるべきだ」と言い返す発想がまかり通っているということを言いたかった。「自治会を安くする」という発想は自治会の中の人がやれば良いことであって、自治会から疎外(笑)されている私に対して言うことではないし、相手を確かめずに言うことでもない。
「自治会をみんなで安くしていく方法を提案するのが本道だ」という意味合いの主張は、例えばサークルオリで戦史研をみんなで盛り立てて行く方法を募集しているようなもので、背中がむず痒くなるくらい奇妙な話だ。
ここまでの話でお分かりかと思うが、私は自治会を私企業や趣味集団みたいなものとして扱っている。結局、最大の行き違いは自由観でも平等観でもなく、自治会をまるで政府のごとく扱う学生であり自治会自身なのだ。
この「病巣」を私は学級委員会にもとめたい。狭い子どもの世界で委員会ごっこに夢中になった記憶から抜け出せないのだ、と文学的に主張してみる。一言で言えば、自治会はセカイ系なのだ。自分たちの周囲以外に遥かに巨大な社会と社会的存在が構成されていることが理解できないのだ。
【中間報告】
・自治会がますます愛おしくなった。
・自治会はセカイ系
今の自治会を根本から断つには小学校、中学校を廃滅することである。
子どもという概念を認めず、彼らがまだ「小さな大人」だった時代を思い起こせば良い。6~15歳をすべて労働力と見なすのが簡単な方法だ。
また子どもは子ども村から引き取られ、個々に隔離される必要がある。子どもは子どもじみた子ども社会から離れ、徹底的に大人の中で育つのである。
とまあ冒頭の主張に辿り着いた。
労働者の権利を守るというのは統制であり、職場に不満があればやめられるのが自由であると追記しておく。
(10行ほど検閲削除)
会社が誰のものか、という質問に対して被雇用者のものだという答えだけはない。仮にそのような妄想に駆られた人物が職場に居たとしたらすぐにお引き取り願いたいところだが、それはある意味では会社を自分のものとして大切にするという感覚の一種でもあるんだろうなと思うと複雑だ。
そういう人物を辞めさせるのではなく、自分がこの会社を支えているんだという妄想に駆り立ててうまく使役するのが最も正しい、ということを猿の群れから学んだ。
要するに会長はパシリとはこういう意味なのだ。自分がサークルを支えているという満足感を与えて雑用をやらせる仕組みなわけで。猿の群れにボス猿はいないが、ボス猿気取りはいるということ。
ちなみに私はサークルを支えているという満足感を一切持っていないかわりに自治会弄りという満足感の獲得法を得たのだ。つまり、「会長=パシリ=ボス猿気取り=満足感」という構図のかわりに「会長=パシリ=自治団体と戦闘=満足感」という方向性でやって来た訳だ。
ま、そういうことで戦史研と自治会弄りは関係ないと表向きは言っているが、裏では分離不能だと思ってるんでそこんとこよろしく。
模型勢力との決定的な対立に期待。
【結論】
模型サークルまだ独立しねえの?
労働法とかがどうにも良く分からない。あれは一体何がしたかったんだろう。雇用主に対する不当な何かを感じてみた。
しかしアレだな、日本は自由よりも平等を相当に重んじる国だから当然なのかもしれん。何に対してそう思っているのかは秘す。
自治会を弄っていても非常に実感した点だ。
私が自由に関して理解できるのは、いわゆる経済的自由であり、モノを買うときに高いと思えば要らないと言えるということだ。それ以上の意味はまったくない。混同されがちなことだが「高いから要らないよ」ということは「安くしてくれれば買うよ」ということではない。値切り行為は自由の対極にある行為だということを理解されたい。
比喩を使えば、自治会に関して私が「自治会は高いから要らないよ」と言っているのに「どうすれば自治会を安くできるか考えるべきだ」と言い返す発想がまかり通っているということを言いたかった。「自治会を安くする」という発想は自治会の中の人がやれば良いことであって、自治会から疎外(笑)されている私に対して言うことではないし、相手を確かめずに言うことでもない。
「自治会をみんなで安くしていく方法を提案するのが本道だ」という意味合いの主張は、例えばサークルオリで戦史研をみんなで盛り立てて行く方法を募集しているようなもので、背中がむず痒くなるくらい奇妙な話だ。
ここまでの話でお分かりかと思うが、私は自治会を私企業や趣味集団みたいなものとして扱っている。結局、最大の行き違いは自由観でも平等観でもなく、自治会をまるで政府のごとく扱う学生であり自治会自身なのだ。
この「病巣」を私は学級委員会にもとめたい。狭い子どもの世界で委員会ごっこに夢中になった記憶から抜け出せないのだ、と文学的に主張してみる。一言で言えば、自治会はセカイ系なのだ。自分たちの周囲以外に遥かに巨大な社会と社会的存在が構成されていることが理解できないのだ。
【中間報告】
・自治会がますます愛おしくなった。
・自治会はセカイ系
今の自治会を根本から断つには小学校、中学校を廃滅することである。
子どもという概念を認めず、彼らがまだ「小さな大人」だった時代を思い起こせば良い。6~15歳をすべて労働力と見なすのが簡単な方法だ。
また子どもは子ども村から引き取られ、個々に隔離される必要がある。子どもは子どもじみた子ども社会から離れ、徹底的に大人の中で育つのである。
とまあ冒頭の主張に辿り着いた。
労働者の権利を守るというのは統制であり、職場に不満があればやめられるのが自由であると追記しておく。
(10行ほど検閲削除)
会社が誰のものか、という質問に対して被雇用者のものだという答えだけはない。仮にそのような妄想に駆られた人物が職場に居たとしたらすぐにお引き取り願いたいところだが、それはある意味では会社を自分のものとして大切にするという感覚の一種でもあるんだろうなと思うと複雑だ。
そういう人物を辞めさせるのではなく、自分がこの会社を支えているんだという妄想に駆り立ててうまく使役するのが最も正しい、ということを猿の群れから学んだ。
要するに会長はパシリとはこういう意味なのだ。自分がサークルを支えているという満足感を与えて雑用をやらせる仕組みなわけで。猿の群れにボス猿はいないが、ボス猿気取りはいるということ。
ちなみに私はサークルを支えているという満足感を一切持っていないかわりに自治会弄りという満足感の獲得法を得たのだ。つまり、「会長=パシリ=ボス猿気取り=満足感」という構図のかわりに「会長=パシリ=自治団体と戦闘=満足感」という方向性でやって来た訳だ。
ま、そういうことで戦史研と自治会弄りは関係ないと表向きは言っているが、裏では分離不能だと思ってるんでそこんとこよろしく。
模型勢力との決定的な対立に期待。
【結論】
模型サークルまだ独立しねえの?