皇帝陛下万歳!
旧駒寮に対して、キャンパス学生寮委員会のプレハブ(通称石田記念館)やCP(石田皇帝陛下の居城)を北駒寮帝国と呼称することを思いついた。その帝国の発祥の地でもある南駒寮帝国は滅びたが、未だ北は健在である。現在の生協区画の中庭にあるオブジェは南帝国の偉大なる遺構と言えるだろう。
ニュースで、空自の隊舎にある私物の電気料金を隊員負担にするよう勧告されたとあった。陸自や海自は既に自己負担らしく、まあこれで陸海空横並びといったところだろう。これ自体は別にどうでもいい。
そのニュースを聞いて私は、学館CPの電気料金をサークル負担にする案が過去にあったがティーゲル増強皇帝陛下その他の反攻に会い頓挫したことを思い出した。しかしサークル活動が自主的活動=大学の課程そのものではないという主張をしている以上、本質的に通るはずもない抗弁だ。主張も何も実際そうだし。
但し、例えば民青のようなニセ「学生自治」鍋party集団と皇帝陛下を同列に論じるのが間違えているのは自明だ。どれほどCPの電気を私用に供し、そもそも根拠不明な予算を事実上私物化し、CPを居城としつつも名目上の住所を月1万円のボロアパートに置き、挙げ句その記念館をCP裏に建立したとしても、皇帝陛下は駒場の僭主であり全学生の先頭に立つ啓蒙専制君主なのだから何ら責められるべくもない。
【Hentai】
テント村(仮称)
駒寮が無くなってからはや1年。間もなく閉鎖されるこの村。残り少ない仲間たちとの時間……
テント村Live For You!(仮称)
当局との思い出をあなたの好みにコーディネイト。幻のステージも収録。
まあそれはそうと、駒寮潰しにはどうも「専門家」が居たらしいことが分かっている。それでまた1本Hentaiが出来るな。新しく学生課に赴任してきた壮年男性。彼の着任とともに状況は急転していくのであった(実話)。
しかしこの物語最大の悲劇は、登場人物の大半が日本(ゲームの舞台となる国)が法治国家であることを理解できないことだった。ずっと大学という半ば治外法権の場所で保護され続けて来た登場人物たちは法の刃の冷たさを知る。司法が特定の個人の味方でないことを理解するには彼らは幼過ぎた。
ニュースで、空自の隊舎にある私物の電気料金を隊員負担にするよう勧告されたとあった。陸自や海自は既に自己負担らしく、まあこれで陸海空横並びといったところだろう。これ自体は別にどうでもいい。
そのニュースを聞いて私は、学館CPの電気料金をサークル負担にする案が過去にあったがティーゲル増強皇帝陛下その他の反攻に会い頓挫したことを思い出した。しかしサークル活動が自主的活動=大学の課程そのものではないという主張をしている以上、本質的に通るはずもない抗弁だ。主張も何も実際そうだし。
但し、例えば民青のようなニセ「学生自治」鍋party集団と皇帝陛下を同列に論じるのが間違えているのは自明だ。どれほどCPの電気を私用に供し、そもそも根拠不明な予算を事実上私物化し、CPを居城としつつも名目上の住所を月1万円のボロアパートに置き、挙げ句その記念館をCP裏に建立したとしても、皇帝陛下は駒場の僭主であり全学生の先頭に立つ啓蒙専制君主なのだから何ら責められるべくもない。
【Hentai】
テント村(仮称)
駒寮が無くなってからはや1年。間もなく閉鎖されるこの村。残り少ない仲間たちとの時間……
テント村Live For You!(仮称)
当局との思い出をあなたの好みにコーディネイト。幻のステージも収録。
まあそれはそうと、駒寮潰しにはどうも「専門家」が居たらしいことが分かっている。それでまた1本Hentaiが出来るな。新しく学生課に赴任してきた壮年男性。彼の着任とともに状況は急転していくのであった(実話)。
しかしこの物語最大の悲劇は、登場人物の大半が日本(ゲームの舞台となる国)が法治国家であることを理解できないことだった。ずっと大学という半ば治外法権の場所で保護され続けて来た登場人物たちは法の刃の冷たさを知る。司法が特定の個人の味方でないことを理解するには彼らは幼過ぎた。
活動方針
敵対するセクトの立看は壊していいらしい。いい加減、民青と103官僚が駅前に捨ててる看板が鬱陶しいので、そろそろ然るべき場所に捨ててやるか。
しかし今のサークルはセクトでも何でも無いのに、どうして「マキビラ」だの「タテカン」だのといったセクトじみた行動をするんだろうか。
※もっとも掲示物は掲示板へという当局の指導で「マキビラ」は駆逐されつつあるが
【民青\日共】
日本共産党東大学生後援会でググると最初のページにSさんの東大オタク物語が登場するのは流石である。
出て来たページを見ながら、誰も聞いていないアジ文と形式ばかりの多数決投票で彩られた学友会総会が思い起こされ、なかでも「きらめき高校総合政策研究所」が学友会公認サークルから除名される場面を思い出し懐かしくなった。
これから話すことは、恥ずかしながらほんのささやかな自慢である。
学友会総会は本当に退屈だ。退屈なうえに形骸化していて、不正をしても得をしないというのにわざわざ投票の確認に監視員をつける。しかも監視員にすらほとんどなりたがらないので、なった人は特別にサークルの宣伝をしてもいいというこれまた馬鹿げた特典つきだったりする。一体各サークルの代表者(ないし生贄)として来ている人間に他サークルの宣伝をしてどうしようというのか。
なんにせよ知り合いのよしみもあって私が穴埋めで監視員に立候補した。まずサークルの宣伝なのだが、ただでさえ重々しくも白けた雰囲気のなかで他サークルの紹介など聞いても一層不愉快になるだけである。そして私の番が来て、宣伝する気が毛頭ない私はこう言った。
「戦史研の○○です。買収されないよう努力しますので、よろしくお願いします」
一瞬だけ会場が沸き、低く笑い声が響いた。酷く残念なことに続くサークルの人が私と同じようなことを言い、瞬間場は鎮静したが、あの下らない総会のなかで多くの人のやり場の無さを少しでも紛らわせることが出来たと今でも誇りに思っている。なにより、その形骸的で無意味な手続きを多くの人の笑いによって暗に指摘したということを。
実はその総会でアニ研のある人に出会うのだが、それはまた別のお話。
しかし今のサークルはセクトでも何でも無いのに、どうして「マキビラ」だの「タテカン」だのといったセクトじみた行動をするんだろうか。
※もっとも掲示物は掲示板へという当局の指導で「マキビラ」は駆逐されつつあるが
【民青\日共】
日本共産党東大学生後援会でググると最初のページにSさんの東大オタク物語が登場するのは流石である。
出て来たページを見ながら、誰も聞いていないアジ文と形式ばかりの多数決投票で彩られた学友会総会が思い起こされ、なかでも「きらめき高校総合政策研究所」が学友会公認サークルから除名される場面を思い出し懐かしくなった。
これから話すことは、恥ずかしながらほんのささやかな自慢である。
学友会総会は本当に退屈だ。退屈なうえに形骸化していて、不正をしても得をしないというのにわざわざ投票の確認に監視員をつける。しかも監視員にすらほとんどなりたがらないので、なった人は特別にサークルの宣伝をしてもいいというこれまた馬鹿げた特典つきだったりする。一体各サークルの代表者(ないし生贄)として来ている人間に他サークルの宣伝をしてどうしようというのか。
なんにせよ知り合いのよしみもあって私が穴埋めで監視員に立候補した。まずサークルの宣伝なのだが、ただでさえ重々しくも白けた雰囲気のなかで他サークルの紹介など聞いても一層不愉快になるだけである。そして私の番が来て、宣伝する気が毛頭ない私はこう言った。
「戦史研の○○です。買収されないよう努力しますので、よろしくお願いします」
一瞬だけ会場が沸き、低く笑い声が響いた。酷く残念なことに続くサークルの人が私と同じようなことを言い、瞬間場は鎮静したが、あの下らない総会のなかで多くの人のやり場の無さを少しでも紛らわせることが出来たと今でも誇りに思っている。なにより、その形骸的で無意味な手続きを多くの人の笑いによって暗に指摘したということを。
実はその総会でアニ研のある人に出会うのだが、それはまた別のお話。
路電と寺田寅彦と私鉄
寺田寅彦が東京の路面電車を観察した記録が残っている。なんでも、混んでいる電車の後には比較的空いている電車が比較的短い待ち時間で到着するそうだ。
これはちょっと考えれば成る程ということで、つまり混んでいる電車は増々遅れ、その遅れた電車に人々は待ち詫びたように殺到し、一方で後ろの空いている電車は悠々と進んで来て、しかも乗客は混んだ電車が飲み込んでしまった後、というわけだ。
ちょうど今日は渋谷駅にて、乗客が必死に乗り込もうとしてつっかえた急行列車が目の前で見事に遅れていた。当然ながら次の各停がすぐ後ろに控えており、すぐにやって来て乗り切れなかった乗客を積んで行くことは明らかだった。
そこで私は、次の各停をさらにやり過ごすことにした。次の次の各停は果たしてどの程度の待ち時間で来て、しかも概ね混み具合が推察できる前2列車に比べてどの程度にな るのかに興味があったからだ。何より混んだ列車に乗りたくなかったというのもある。
果たしてその各停は明らかに通常の間隔よりも早く来た。しかも当然のごとくホームからして空いている。大した影響ではないが、その列車が急行待ちをする ということもあり一層空いていた。しかもダイヤの遅延を回復するために間を詰めて運行するので、急行待ちも実にスムーズで普段の半分程度の待ち時間で急行 が通過していったように感じた。二子玉川で大井町線の乗客を丸ごと詰め替えられるのは急行待ち列車の宿命だが……
結論としては、寺田先生の推察は実に現代においても正しそうだということだ。普段は腕時計をしない習性のために精確な時間は計れなかったが、通い慣れた道ゆえまったくの見当外れではないと信じたい。
人間が悪なる過去を反省しながらより善なる未来へと邁進しているという考え方には吐き気を催すが、一方で人間が時代に依らず「何も」変わっていないとい う表現にも陳腐で耐え難いものを感じる。これらをうまく避けながら上の結論に関して「大正人も現代人も大差ないね」というのを適切に表現する術が思いつか ずに苦慮した。どうにかうまい表現はないものだろうか。
これはちょっと考えれば成る程ということで、つまり混んでいる電車は増々遅れ、その遅れた電車に人々は待ち詫びたように殺到し、一方で後ろの空いている電車は悠々と進んで来て、しかも乗客は混んだ電車が飲み込んでしまった後、というわけだ。
ちょうど今日は渋谷駅にて、乗客が必死に乗り込もうとしてつっかえた急行列車が目の前で見事に遅れていた。当然ながら次の各停がすぐ後ろに控えており、すぐにやって来て乗り切れなかった乗客を積んで行くことは明らかだった。
そこで私は、次の各停をさらにやり過ごすことにした。次の次の各停は果たしてどの程度の待ち時間で来て、しかも概ね混み具合が推察できる前2列車に比べてどの程度にな るのかに興味があったからだ。何より混んだ列車に乗りたくなかったというのもある。
果たしてその各停は明らかに通常の間隔よりも早く来た。しかも当然のごとくホームからして空いている。大した影響ではないが、その列車が急行待ちをする ということもあり一層空いていた。しかもダイヤの遅延を回復するために間を詰めて運行するので、急行待ちも実にスムーズで普段の半分程度の待ち時間で急行 が通過していったように感じた。二子玉川で大井町線の乗客を丸ごと詰め替えられるのは急行待ち列車の宿命だが……
結論としては、寺田先生の推察は実に現代においても正しそうだということだ。普段は腕時計をしない習性のために精確な時間は計れなかったが、通い慣れた道ゆえまったくの見当外れではないと信じたい。
人間が悪なる過去を反省しながらより善なる未来へと邁進しているという考え方には吐き気を催すが、一方で人間が時代に依らず「何も」変わっていないとい う表現にも陳腐で耐え難いものを感じる。これらをうまく避けながら上の結論に関して「大正人も現代人も大差ないね」というのを適切に表現する術が思いつか ずに苦慮した。どうにかうまい表現はないものだろうか。