歴史学インタープリター
【そろそろ】
クラウゼヴィッツ学会の思い出でも語るか。
【ハムスター】
書記長は、相変わらず、はてなムラ症候群をこじらせていた。
予算折衝と学術的基礎付けの区別もつかない書記長。
ブルシーロフ攻勢を漫然と語って総突っ込みを入れられる書記長。
この気持ちを今あえて言葉にするなら、ニャーンこくまろみるく、かな。
【GGG】
GGGの人とダニガンとかセービンの話とかした。
聖蹟桜ヶ丘。
【インタープリター】
しょうも懲りずに駒場では科学技術インタープリターが流行っているようだ。
インタープリターと啓蒙主義者の区別もつかない奴が8割だろうが、それはともかく、歴史学インタープリターは遠からず(より多く)必要とされるようになるだろう。
服部さんの方向性として、これは1つありうるのではなかろうかと思う次第。
【ターミノロジー】
「解析教程 下」の191pには、null setとempty setは別物であると述べられている原註に対し、日常用語がそのまま学術用語として利用されているために必要な註であるという訳註がさらについている。
国際政治における現実主義と日常用語としての現実的に、直接の関係はない。
以上を踏まえて、日常用語としての歴史と専門分野としての歴史は別物である、という話をしていた。服部さんと。
高度に思い上がった素人には、科学と魔法の区別がつかない。
高度に発達した学術は、科学と魔法に絶対の区別を設けない。
【旅順・ヴェルダン・第二次上海】
ファルケンハインにラブ・レターを送るドイツの少女を想起するのが困難なのはなぜだろうか。
乃木司令部について色々と話をしていた。服部さんからすれば、乃木個人が特別に責められる謂れはないということで良いだろう。しかし、私は、乃木個人が責められるべくもない平均的な(あるいは平均以上の)司令官であったことは、彼の将軍としての立場を必ずしも擁護しないと思っている。
現代的なと言ってもよいし、ドイツ的なと言ってもよいが、組織において「コンパチブル」であることはとても重要であると考えられる。そのような発達した組織においては、コンパチブルで常識的な指揮をする乃木司令部がとかく言われることはない。しかし、当時の(そして今も!)日本の軍隊は、パーソナリティの余地を残すものであったと思われる。
つまり、乃木将軍の罪は、天才将軍でなかったことである。与えられた任務に対して本質的に凡庸であらざるをえないとき、人間は何に頼ればよいのだろうか。本当に困ったことだ。
無茶な話だと思うだろうか。しかし、現代の学術者の多くは、巨大なプログラムの中に組み込まれつつも、自分が天才でないことに密かに苦しめられているのである(除く社会学)。
後世の人間が考えるべきことは乃木将軍への評価などではない。旅順を前にしたとき、そこに特別な何か(当時誰も見えなかった)が見えるかどうかである。もし、そこに特別な何ものも存在せず、本質的に乃木司令部(および第3軍)以上のことができたわけではないのなら、それは1つの知見である。
乃木希典は、とても立派な人間である。それを言うならば、ファルケンハインよりも皇太子殿下の方が遥かにマトモで立派な人間である。
だから何だろうか。まともな人間の作る作戦はまともな結果を生むと信じるなら、第5軍で死ぬ以外の道はない。
それはそうと、上海の2万のトーチカはどういう配置になっていたんだろうか。
第百一師団長日誌でも読もう。書いてないとは思うけど。
【1916年没】
あの年に死んだのは、理想一般というよりはイデオロギーである。
戦争はいとも容易くイデオロギーを破壊する。とすれば、反戦イデオロギーは、イデオロギーがそれ自身存続を求めるという意味で、イデオロギー一般に内在していてもおかしくはない。ところが、現実には反戦イデオロギーは特殊のイデオロギーでしかない。
そこで、このように考えてみる。すべてのイデオロギーは遅かれ早かれ死ぬ。戦争がもたらすのは、加速である。どのみち起こることを早めているに過ぎない。すべてのイデオロギーは戦争の中でより速やかに死ぬ。
とまあ考えてみても、どうもしっくり来ない。
どうやら、あの年に死んだのは、フランスでしかなかったようだ。
【戦争概念を生成する基について】
色々言っても、戦争は大体戦闘を含む概念として成立してきた。そんな話をクラウゼヴィッツ学会の人としていた。
もちろん、戦争概念を拡張した場合は、戦闘を必要条件とはしないだろう。しかし、特に戦争と人が呼び習わしてきた現象について、少なくとも戦闘を含む形で生成するような諸基底を考えるのは無意味ではないはずだ。あるいは、戦闘概念を拡張するのも悪くはない。
クラウゼヴィッツ学会の思い出でも語るか。
【ハムスター】
書記長は、相変わらず、はてなムラ症候群をこじらせていた。
予算折衝と学術的基礎付けの区別もつかない書記長。
ブルシーロフ攻勢を漫然と語って総突っ込みを入れられる書記長。
この気持ちを今あえて言葉にするなら、ニャーンこくまろみるく、かな。
【GGG】
GGGの人とダニガンとかセービンの話とかした。
聖蹟桜ヶ丘。
【インタープリター】
しょうも懲りずに駒場では科学技術インタープリターが流行っているようだ。
インタープリターと啓蒙主義者の区別もつかない奴が8割だろうが、それはともかく、歴史学インタープリターは遠からず(より多く)必要とされるようになるだろう。
服部さんの方向性として、これは1つありうるのではなかろうかと思う次第。
【ターミノロジー】
「解析教程 下」の191pには、null setとempty setは別物であると述べられている原註に対し、日常用語がそのまま学術用語として利用されているために必要な註であるという訳註がさらについている。
国際政治における現実主義と日常用語としての現実的に、直接の関係はない。
以上を踏まえて、日常用語としての歴史と専門分野としての歴史は別物である、という話をしていた。服部さんと。
高度に思い上がった素人には、科学と魔法の区別がつかない。
高度に発達した学術は、科学と魔法に絶対の区別を設けない。
【旅順・ヴェルダン・第二次上海】
ファルケンハインにラブ・レターを送るドイツの少女を想起するのが困難なのはなぜだろうか。
乃木司令部について色々と話をしていた。服部さんからすれば、乃木個人が特別に責められる謂れはないということで良いだろう。しかし、私は、乃木個人が責められるべくもない平均的な(あるいは平均以上の)司令官であったことは、彼の将軍としての立場を必ずしも擁護しないと思っている。
現代的なと言ってもよいし、ドイツ的なと言ってもよいが、組織において「コンパチブル」であることはとても重要であると考えられる。そのような発達した組織においては、コンパチブルで常識的な指揮をする乃木司令部がとかく言われることはない。しかし、当時の(そして今も!)日本の軍隊は、パーソナリティの余地を残すものであったと思われる。
つまり、乃木将軍の罪は、天才将軍でなかったことである。与えられた任務に対して本質的に凡庸であらざるをえないとき、人間は何に頼ればよいのだろうか。本当に困ったことだ。
無茶な話だと思うだろうか。しかし、現代の学術者の多くは、巨大なプログラムの中に組み込まれつつも、自分が天才でないことに密かに苦しめられているのである(除く社会学)。
後世の人間が考えるべきことは乃木将軍への評価などではない。旅順を前にしたとき、そこに特別な何か(当時誰も見えなかった)が見えるかどうかである。もし、そこに特別な何ものも存在せず、本質的に乃木司令部(および第3軍)以上のことができたわけではないのなら、それは1つの知見である。
乃木希典は、とても立派な人間である。それを言うならば、ファルケンハインよりも皇太子殿下の方が遥かにマトモで立派な人間である。
だから何だろうか。まともな人間の作る作戦はまともな結果を生むと信じるなら、第5軍で死ぬ以外の道はない。
それはそうと、上海の2万のトーチカはどういう配置になっていたんだろうか。
第百一師団長日誌でも読もう。書いてないとは思うけど。
【1916年没】
あの年に死んだのは、理想一般というよりはイデオロギーである。
戦争はいとも容易くイデオロギーを破壊する。とすれば、反戦イデオロギーは、イデオロギーがそれ自身存続を求めるという意味で、イデオロギー一般に内在していてもおかしくはない。ところが、現実には反戦イデオロギーは特殊のイデオロギーでしかない。
そこで、このように考えてみる。すべてのイデオロギーは遅かれ早かれ死ぬ。戦争がもたらすのは、加速である。どのみち起こることを早めているに過ぎない。すべてのイデオロギーは戦争の中でより速やかに死ぬ。
とまあ考えてみても、どうもしっくり来ない。
どうやら、あの年に死んだのは、フランスでしかなかったようだ。
【戦争概念を生成する基について】
色々言っても、戦争は大体戦闘を含む概念として成立してきた。そんな話をクラウゼヴィッツ学会の人としていた。
もちろん、戦争概念を拡張した場合は、戦闘を必要条件とはしないだろう。しかし、特に戦争と人が呼び習わしてきた現象について、少なくとも戦闘を含む形で生成するような諸基底を考えるのは無意味ではないはずだ。あるいは、戦闘概念を拡張するのも悪くはない。