最近の神学的傾向
最近は趣味の収容所巡りも充実し、心に自在を得た。今後しばらくは、阿耨多羅三藐三菩提において退転せず、大乗仏教を非現代宗教認定する作業に戻りたい。
【Saddharmapundarika】
我が家は形式的にfundamentalismを支持しているが、何が原典かという部分については拡大解釈している。つまり、常に"Principles of Economics"を出発点とすれば良く、それが"Economics"において唯一であることを必要としない。
仏教典については、邦訳で取りあえずは十分だと思うようになった。そのような態度で最近は法華経を嗜んでいるが、その方が却って日本の「新仏教」を良く解釈できるような気がしている。岩波版法華経の解説などに詳しいが、日本において法華経を講じる諸宗の言う「法華経」は語学的に正確な意味の法華経ではなく、またそうある必要もない。ただ、純粋に語学的な法華経を読むことによって、各宗の言う「法華経」が法華経のどの部分なのかは容易に理解されるだろう。
【法華経】
日蓮宗については「方便品」を読むだけで相当部分が理解されるはずだが、それすら読まずに日蓮宗ないしそれに準ずる集団の行動をいぶかしむ凡夫は救いようもない。本来の大乗仏教は、そのような凡夫についても正覚を得させようと思いつつも、それは飽くまでも修行の過程において自然と為されることであり、蒙昧なる凡夫がどうなろうと結局はどうでもよい。それがいつの間にか自身の悟りを後回しにしても「他利」を求める態度が発生したことについては興味深いが、目の前でそのような興味深い事実が起きていることを理解できない凡夫はやはり救い難い。
ところで、日蓮宗の御書の中に、日蓮上人が農民から米などを支援された内容の書簡が入っている。多くの人は、これを単なる網羅的な書簡集にありがちなどうでもいい部分として見過ごすだろう。しかし、これは日蓮上人が僧侶でありその農民が信徒であるという関係を示す史料である。そうすると、学会員は「坊主がいない」ということを誇らしげに言うが、これはやはりどう解釈しても日蓮上人に対する侮辱に他ならない。一度抗議してみたいと思う、暇つぶしに。
【仏教、この性的なるもの】
岩波版法華経の上巻397頁に次のようにある。技術的問題から傍点等は略。
「偉大なる快楽――さとりに到達した喜びを意味するが、主として「性愛のよろこび」を意味するラティrati「快楽」の語を用いている点に興味がある。」
つまり、俺は変態ではなく仏の特徴を示していただけなのだ。
【性的趣向】
最近は解析学との関係を恢復し、Fuchs型微分方程式やモノドロミー群などと仲良くしている。
【性的趣向】
空対空戦闘の基本モデルに関して、自由度について考えるのがお気に入り。
【Saddharmapundarika】
我が家は形式的にfundamentalismを支持しているが、何が原典かという部分については拡大解釈している。つまり、常に"Principles of Economics"を出発点とすれば良く、それが"Economics"において唯一であることを必要としない。
仏教典については、邦訳で取りあえずは十分だと思うようになった。そのような態度で最近は法華経を嗜んでいるが、その方が却って日本の「新仏教」を良く解釈できるような気がしている。岩波版法華経の解説などに詳しいが、日本において法華経を講じる諸宗の言う「法華経」は語学的に正確な意味の法華経ではなく、またそうある必要もない。ただ、純粋に語学的な法華経を読むことによって、各宗の言う「法華経」が法華経のどの部分なのかは容易に理解されるだろう。
【法華経】
日蓮宗については「方便品」を読むだけで相当部分が理解されるはずだが、それすら読まずに日蓮宗ないしそれに準ずる集団の行動をいぶかしむ凡夫は救いようもない。本来の大乗仏教は、そのような凡夫についても正覚を得させようと思いつつも、それは飽くまでも修行の過程において自然と為されることであり、蒙昧なる凡夫がどうなろうと結局はどうでもよい。それがいつの間にか自身の悟りを後回しにしても「他利」を求める態度が発生したことについては興味深いが、目の前でそのような興味深い事実が起きていることを理解できない凡夫はやはり救い難い。
ところで、日蓮宗の御書の中に、日蓮上人が農民から米などを支援された内容の書簡が入っている。多くの人は、これを単なる網羅的な書簡集にありがちなどうでもいい部分として見過ごすだろう。しかし、これは日蓮上人が僧侶でありその農民が信徒であるという関係を示す史料である。そうすると、学会員は「坊主がいない」ということを誇らしげに言うが、これはやはりどう解釈しても日蓮上人に対する侮辱に他ならない。一度抗議してみたいと思う、暇つぶしに。
【仏教、この性的なるもの】
岩波版法華経の上巻397頁に次のようにある。技術的問題から傍点等は略。
「偉大なる快楽――さとりに到達した喜びを意味するが、主として「性愛のよろこび」を意味するラティrati「快楽」の語を用いている点に興味がある。」
つまり、俺は変態ではなく仏の特徴を示していただけなのだ。
【性的趣向】
最近は解析学との関係を恢復し、Fuchs型微分方程式やモノドロミー群などと仲良くしている。
【性的趣向】
空対空戦闘の基本モデルに関して、自由度について考えるのがお気に入り。