休学の健全性(⊃無矛盾)に関する諸考察 | Study Hard

休学の健全性(⊃無矛盾)に関する諸考察

 とりわけ症状らしきものが酷くなったのとこのブログの更新頻度が急激に低下したのが一致している。ここの更新頻度は精神の健康のバロメーターということか。そんなわけはない。

 疑似科学擁護ではない疑似科学批判批判は場を混乱させるだけだからやめろ馬鹿。と思ったが、実は自分もパワーヘルス擁護になってないパワーヘルス批判批判をやっているので同じ穴の狢であった。かかったな、と思ったら、中二病。

 疑似科学批判には訴えの利益がない。kwskを見ながらそう思う。

 今日はS津君にそそのかされて文理が統合された記号論理学の講義に行ってみた。数学は記号論理ではないにせよ、さすがにあの程度の内容を数学科が理解できていなければヤバい。それでS津君の持っていたフランス革命事典を読んで「ヴァレンヌなどという革命にとって本質的にどうでも良いことに何故夢中になったのか」などと思っていると、野矢先生がしばし講義内容から大きく踏み出して独演を始めた。
 それは決定可能性から始まり無限の濃度に関する言説で頂点に達するのだが、そこで得体の知れない違和感を覚えた。即座に質問しようとしたが無視され、地団駄を踏んでいるうちに講義は終わった。そこで改めて講義後に質問に行くと、ああ、あんなに心が晴れたのはこの3ヶ月というものまったく無かったと言ってよろしい。
 野矢先生は「非可算濃度自体認めていない」のだ! 真理の探究者たちには理解されないだろうが、それを聞いた瞬間に私の体は硬直し、直後躍動した。非可算濃度が存在しない系について考えることは極めてエキサイティングだ。直ちにそれがどのようなものであるか理解するのはまったく不可能だが、聞いた瞬間に完備性から選択公理に至るまでに対してヴェールのように覆いかぶさる何かが観えるではないか。

 「無限論の教室」という著作に上記のことを書いているそうだ。明日、久しぶりに、目的を持って本屋に行こうと思う。
 少しだけ明日が待ち遠しい。

(追伸)
 「無限論の教室」の紹介のようなものを複数読んでみたのだが、「著者が非可算濃度に対して疑念を持っている」「実数もデジタルでないか」といったことに言及したものが見当たらない。著者の意図を細かく汲むことが出来るほど訓練された人はそうはいないのか。まあ、入門書的な体裁をとっている本にまさかそんな「極めて危ない内容」が記されてるなんて誰も思わないだろう。

(追伸の追伸)
 もういい加減言うのも馬鹿馬鹿しいが、"0.999...=1"について見解を聞けばまったくのド素人かそうでないか位はわかる。かけ算と引き算を駆使して説明したらキチガイ、数列を使って説明したらダメ大学生、怪訝そうな顔をして無視したら数学者である。ついでに言うと、実数の範囲なのだから"0.999...=1.000..."と書くのがよろしい。