ネット夜伽話 | Study Hard

ネット夜伽話

 誤解であったとしても、書記長に本田某と同列に扱われたのはどうにも心外である。本田某の著作を一切読んでいないので真意は分からないが、なんにせよ自分と同じく列せられる人物が同世代に存在すると見なされるだけで不快である。
 その不快感の源泉は、本田某は私の肩代わりをしてくれるのかという疑念である。この「(日本の)人文社会科学者の罪を一身に背負って数学で苦しんでいる」私の肩代わりを。その本田某は、せいぜい良くて私によって妄言を赦される一人に過ぎないのではないのか。
 断片的な妄言を吐き散らすだけなら「特殊部落はてな村」にだって出来る。もし本田某が「彼女概念の延長」に成功したなら、その体系を教えてほしい。すぐに検証に入らなくてはならない。

【誤謬】
 当ブログを1年以上見ている危篤な方は理解されるだろうが、「エロゲ概念の延長」すら膨大な労力と失敗の上になお入口で留まっている。それどころかフッサールに「このエロゲは見果てた」と言われた妄想に駆られ、すべて白紙に戻ったと妄想しているくらいだ。

※フッサールが最初どの分野だったか思い出してみよう。

 あるとき私はSSA(東大アニ研)のある親しくない人に「延長されたエロゲ概念」を話し、そのナイーブな誤解に驚いたことがある。その人はあろうことか、

「ああ、確かにキミキスとかエロゲですよね」

 などと言い出したのだ。私はキミキスについてはρ(戦史研の悪疫)からあらぬことしか聞かされていないので分からないが、例えば「アイマスはエロゲ」という言説も大半は同等の意味合いで発されているものだろう。
 しかし私の「hentai理論体系」において「アイマスというエロゲ」とは「ある定義域において、アイマス本体を含み、ある"エロゲ的"(同値)関係に よって関係付けられ、関係において閉じている中で最小のもの」を意味している。つまりアイマス(hentai)は一般に一意ですらない。
 つまり先程の人には、「どのような範囲においてキミキスはエロゲなのですか」と聞かねばならないのだが、それを求めるのは酷というものだ。しかし「(一 意に決定される)キミキス(集合)は(大域的に)エロゲ(関係を満たす)」という感覚は、無条件に言うにはあまりに飛躍しているとは理解して頂けると思 う。

【具体例】
 このように「○○はエロゲ」という表現は、実のところ極めて多くの前提を必要とすることが理解されたと思う。例えば「炒飯氏はエロゲ」と言った場合は、 (他の誰でもない)炒飯氏(とそれに付随する如何わしい論理等)は(大都会上において)エロゲ(関係=こいつは狂ってる、と皆から思われている)」などという風に解釈する必要が ある。
 エロゲとは極めて性質の良い概念である。

【注意事項】
 「エロゲ」が"hentai game"であるのか"hentaigame"であるのかという点については、"hentaigame"であるという形で決着している。ここにおいてエロゲは、henatigame性という新しい性質を獲得したのであり、"hentai"であることからも"game"であることからも解き放たれた。
 もちろんhentaiとgameという複数の要素によってhentaigameを記述することは出来るだろうが、これは実数と複素数の関係のようなものだろう。金言を引用してこの項目を終わることにする。

「2実変数の複素関数として表す方がより適当である関数と対立して, 解析関数こそが真に1複素変数の関数なのだ」
L. V. アールフォルス著『複素解析』笠原乾吉訳、現代数学社、1982年、28頁。

【彼女/彼氏概念の延長について】
 あまりにも彼女/彼氏概念が曖昧であるので、まず要素を分離して考えなければならない。まず書記長の言う彼女が"steady"のことなのかすらはっきりしないし、別に彼女/彼氏一般がsteadyである必要はない。また異性がどのような意味をもつのかとか、あるいは性別を最初から無視して良いのかとか、考えることは幾つもある。
 この辺りは書記長の言行を観察した上でないと何とも言えない。なにせ私は書記長の言う彼女概念にしか興味がないのだから。

【世間の評判】
 そういえば、綿ソフトが「二次元彼女はsteadyでなければならない」と言っていたとρが言っていたが、随分と難しい話だ。「アンシャン・レジーム=かつてエロゲの名をほしいままにしたもの」の言うことはようわからん。

※もし時代が進みエロゲ概念が幾重にも発展した場合、アンシャン・レジームは「していたもの」になる。つまり「エロゲの名をほしいままにしたことがあるもの全体」であり、また、かつてエロゲを冠されたことのあるもの全体ではないことにも注意すべきだ。

【提案】
 書記長は反革命にも「日式クリスマス」や「日式バレンタイン」を堪能したいようなので、案を考えてみた。以下は「クリスマス蜂起案」だ。

 相手は私を含む複数である。
 書記長とともに街中に繰り出し、我々の「思想的相思相愛」を世間に見せつけ、あるいは断罪し、あるいは蜂起し、あるいは分裂しながら騒優を巻き起こす。具体的には、クリスマス商戦の店において平穏に暮らすよう説いたり、ケーキ屋に闖入してクリスマス・プディングの話を延々としたり、そうしていると思ったらキリスト教をユダヤ人の民族宗教であると断罪したり、その脇で現代キリスト教神学が勃興したりする。
 それに飽きたら、もみの木の前で号泣したり、帰らない戦友を懐かしんだりしながら食事に向かう。ドン・ペリニヨンを「将軍様の瞳」に乾杯しつつ、「モエ・エ・シャンドンなんて炭酸砂糖水だな」などと馬鹿にしながら(※)高級店で蠢く。ここで最低1人はドレスコードで退場する(後でまた登場)。
 食事後に皆でキセイを上げながらホテルに集結し、1918などの不毛で終わらない(のが素晴らしい)ウォーゲームに興じたりしつつ、先程の退場者を中心に世界最終戦争を厳かに執り行う。

※ここでモエ・エ・シャンドンと言っているのは要するにドン・ペリニヨンのことである。ちなみに我が家ではコークと同じ炭酸ソフトドリンク扱いである。

 他にも幾らでも案は思いつく。どうだろうか。

【アレ】
 是非ともこの記事を書記長にご覧頂きたいものだ。