備忘録
【任意の結論を妥当させる手法】
絶対収束しない級数において項の順番を変えるとどのような値にも収束させられる。
同様に、社会科学の領域においても、「絶対収束」しない「極限概念」を伴う範囲において、どのような結論にも収束させることができるか。
「絶対収束」しない→十分なバラツキで良いか?
「極限概念」→"ε-δ"→許容誤差→認識の限界?
社会の十分広い範囲をとることによって多様なサンプルを確保し、そのうえで結論を誘導する事象を項の頭に持ってくることによって求める結論に近似させ、検証が困難な高々可算の残りの項については「収束」するように操作する。
【最近思う事】
冷暖房無しで生活しはじめてから10年近く。寒くなくなるわけではないが、寒いという感覚には慣れる。
最近つとに思うのが、地球温暖化なんぞよりも室内温暖化の方が由々しき問題だということだ。なにせ暑い。なんで冬に夏のような思いをしなきゃならないのか。これ以上暑くするとアイス食うぞコノヤロー。
絶対収束しない級数において項の順番を変えるとどのような値にも収束させられる。
同様に、社会科学の領域においても、「絶対収束」しない「極限概念」を伴う範囲において、どのような結論にも収束させることができるか。
「絶対収束」しない→十分なバラツキで良いか?
「極限概念」→"ε-δ"→許容誤差→認識の限界?
社会の十分広い範囲をとることによって多様なサンプルを確保し、そのうえで結論を誘導する事象を項の頭に持ってくることによって求める結論に近似させ、検証が困難な高々可算の残りの項については「収束」するように操作する。
【最近思う事】
冷暖房無しで生活しはじめてから10年近く。寒くなくなるわけではないが、寒いという感覚には慣れる。
最近つとに思うのが、地球温暖化なんぞよりも室内温暖化の方が由々しき問題だということだ。なにせ暑い。なんで冬に夏のような思いをしなきゃならないのか。これ以上暑くするとアイス食うぞコノヤロー。