眼を閉じれば | Study Hard

眼を閉じれば

 いつも自治会の姿がそこに。
 スモレンスクは赤軍有利だと北本君が主張してやまないので独軍で自治会を見習って頑張ろう。

【注】ウォーゲームの記事ではありません

 "A Country Is Not a Company"はいつでも俺の座右の銘だが、自治会のことを思うと悄然としてしまう。

 自治会やら民青やら駒寮勢力やらの話を碌に聞こうともしない連中にはわからないことだろうが、まったく当たり前の理屈として彼ら(の主張)は一枚岩では ない。そこまではわかっているつもりかもしれないが、民青にしろテント村世代にしろ、そこに至った経緯や考えていることや考え方やそれぞれの立場はもうバ ラバラなのだ。

 しかし表層的にせよある程度は合意連衡出来る部分もあるのだろうと考えなければ、そもそも「彼ら」と一括りにされるような存在であることの説明がつかない。
 人間は無知で愚かですぐにありもしない陰謀を信じることができるのだから、彼らのことを知れば「彼ら」などという括りは設けないはずだ、というのは早計 だ。それはどちらかと言えば「彼ら」が陥っている過ちと同じであり、一歩間違えれば「彼ら」と同じように「私たちは○○について知っている、あるいは理解 することができる。一方で『彼ら』は○○について知らない、ないし無理解と不寛容も甚だしいのでああも稚拙なことを言うのだ」という妄想に落ちてしまうだ ろう。むしろ多くの人々がなぜ彼らを「彼ら」と一括りにする「嗅覚」を持っているのかを考えなくてはいけない。

 じゃあ多くの人が彼らに何の臭いを感じているのかというと、それは決して考え方や立場が臭っているわけではないように思う。むしろそういった立場の違い を乗り越えて連携しているということこそ自治会やら何やらが自慢しているところだ。悪意を以て解釈しても、せいぜい彼らが言っていることは「思想信条の違 いは認めるが、特定の思想信条は認めない」というごく普通の感覚に過ぎない。「それ全然駄目じゃん」と思ってしまったら、あなたも民青の一歩手前まで来て いるので注意しよう。
 では多くの人が彼らの臭いをどこから嗅ぎ付けているのかと言えば、恐らくは「結論部」だ。人間はあらゆることに精通するのは困難であるから、必然的にほ とんどの分野に関しては無知で愚かであるし、それは致し方のないことだ。特に民青なんかが大好物という気違いは駒場にも数えるほどしかいない。従って、多 くの人は自治会等について無知であり何も理解できない。だから考え方や立場など知っていようもないし、嗅ぎ付けることもできない。そんな彼らが嗅ぎ付ける ことができるのは「結論部」である。そして似ているなと感じた集団に彼らを分類するだろう。

 してみれば結論部から分類するのは素人考え(しばしば素晴らしいアイディアの源泉でもある)であり、考え方や立場から分類するのは分裂主義への道という ことになる。例えば、戦争か平和かで分類するのは頭が弱いし、かといってある戦争に対する考え方や立場から分類するなんて実際問題として出来っこないだろ う。
 じゃあ何に注目すれば人間の集団を分類できるのだろうか、というのが普通の文の流れだが、別にそんなことを今考えたくはない。逆にそんな複雑怪奇な集団の集まりである国家というのは何の集まりなのだろうかということを自治会を見ながら混乱するというお話だ。

 自治会も民青も駒寮関係者も(注意しておくが革マルはこの中に入らない)全部ひっくるめて「彼ら」と言われるのは確かに由縁がある。私も彼らが思想信条でも結論でもない何かの共通項を持っているということをほぼ確信している。
 もし彼らが自治団体のすべてを握り、さらに学部が言いなりになったとしたら、それは身内主義と言われるものになるだろう。政治的傾向の中にわざわざ身内 主義が分類されている理由がよくわかる気がする。今の自治会よりはフィリピンや中国の政府の方がよほどクリーンで立派だけどね。

 とまあグチャグチャ喋くってる後ろには彼らの個々の生い立ちがあるので、俺以外が読んでも意味が分からない文章なのは間違いない。
 ここで彼らの私生活などについて述べることが出来れば実に爽快なんだが、あまりにも個人情報に深く関わっているのでほとんど述べることが出来ない。

 ただ一つ言えることがある。
 彼らは、戦史研員やその他の学生から見ても大して貧しくも不幸でもない生活水準の中から出てきた。出身成分から考えれば彼らはかなり「低い」方であっ て、決して農民・労働者・革命家の子どもたちなどではないし、また彼らもそのような立場であったことすらない。というか駒場で出身成分とか言ってるの戦史 研だけだし。
 何と言ったらいいのか、彼らには芯が通ってないのだ。もし全共闘世代と彼らの違いを一言で述べれば、芯のあるなしだ。全共闘世代は自分たちの問題に向 かっていたのに対して、彼らは自分が問題意識を持てないので他人の問題に寄りかかっているだけだと言っても良いかもしれない。

 あとファシストの火を消さないためにも民青を存続させるべきだという主張を考えた。
 民青の構成員は学費が高いと騒ぐ。しかし本当に高いのは国立大学の学費ではなく東京の生活費だ。そして彼らは好き好んで地方から出てきて東京大学に入っ た。わざわざ各都道府県に最低一つずつ国立大学が用意されているのに、である。そして東京の生活費ぐらい調べればすぐにわかることだ。
 だから民青の主張は、俺たちが好き勝手に生きることを国は補助すべきだということになる。つまり国家が国民の生活を丸抱えしろということだ。まさに「過去現在未来を通じて国家は国民を規定する(ドゥーチェ)」である(?)。
 今の日本で実家通いでアルバイトを週2、3日いれて生活を切り詰めて、それでもなお国立大学の学費すら出せないという人がいるなら俺ですら社会保障制度 でも使えばと思うが、本当にそんな奴がゴロゴロいるのか? 活動ごっこをしてるからアルバイトする暇もなくて休学中にもかかわらず生活費が足りない現全学 連委員長みたいな生活じゃ駄目だよ。
 ま、ファシストなんて単語自体がもはや後世的分類法に過ぎないけど。

【結論】
 なし