戦史研の他愛もない三年(2) | Study Hard

戦史研の他愛もない三年(2)

『S竹君は「佐藤大輔ファン」という以上ではない』
 本文の核心部。ここはどうなんでしょうな。今もなのかね。

 2つの仮説部は政治的配慮より以下だけ。

『その根本はどちらかと言えば他人を見下す方であって馬鹿にされるのはその延長線上にある』
 最近は馬鹿にされることを自慢するような言動はなくなったので改善が見られるかもしれん。相変わらず批評癖は治らないようだが。

 最後に「S竹高校生論」部。『真っ当な大学生でなく、ヌルい高校生活を送っている普通の高校生だと思ってみて見ると非常にしっくりくる』から始まり、色々と述べ立てている。以下長々と。

『連絡先一つ教えなかったのに戦史研の部室にはやたらと出入りしていた』
『高校なら毎日登校してくるので連絡先云々は不要』
『高校で部室と言えばまさしく溜まり場の代表、つまり戦史研員も部室に溜まっていると思っていた』
 まあこういうサークルも一杯あるけどね。あくまでも高校生感覚の例ということで。今は間違えても戦史研員(≠模型班員)が部室にいるとは思わないだろう。

『コミュニケーション能力の不全』
『他人に伝える事が非常に下手』
『相手が自分と同じような前提に立っているという前提があり』
『えーだってー○○じゃないですかー、という彼の口癖はそのあらわれ』
『この感じは高校の「仲間集団」の中にだけ生きている時の感覚に近い』
 まー改善されてるよね。あの口癖も最近は聞かないし。戦史研員を仲間だと勘違いすることもなくなった。相変わらず雑誌や書籍類をよく持って来るが、妙なことを述べる頻度は減ったし。

『やたらと他人に指針を聞く』
『「何をすれば良いんでしょうか」としきりに私に聞いて』
 まあ相談するなとは言わないが。最近もやっぱり「どうしたらウォーゲームが強くなれるか」とか聞いてくるが、具体的なだけ幾分かマシになった。

『やる気はあるが責任感は無い』
 しかしこれに対して『これが一番困ります。両方あるか両方無いかのどちらかにして欲しいです。』と発言している自分にも笑った。いや本当に困ってたんだよね、あの頃は。最近は変にやる気を見せる頻度は下がったけど、一度やる気を見せればやっぱり改善されてないなあと思わされる。この間もね。
 やる気だけ見せてりゃそれなりに相手される高校生は楽なもんだよね。可能性を切り売りして食ってるって言うかね。それでまあ次の話に繋がる。

『マネジメント能力の低さ』
 やる気は評価するが、どのようにすればうまく行くのかを考えられないのがどうにも。それが責任感の無さとして周囲に受け止められることになる。
 ウォーゲームをプレイするにしても、プレイしながら勝利条件に合わせてプレイスタイルを変化させる必要があるし、そうでなくともうまくいかないドクトリンを次のプレイで変えてみる必要があるわけで。まあウォーゲームが異常に弱いのもこれの一つの現れかもしれないなと思う次第。
 結局この辺りはほとんど改善されてないということを指摘しておく。

 最後に。

『思うにS竹君は「会長」という響きに特別なものを感じてしまったのではないでしょうか。その事が彼を会長職へと駆り立て、今日の悲劇を生んでしまったのかもしれません』
 肩書きや資格を追い求める人生が好きならば止めません。

【改めて当時を振り返って】
 彼に適切な指南が出来なかった自分にも某かの落度はあるのかなあと思ってみたりもする。今の自分が「どうしたら良いのか」と聞くS竹君に一つだけ言えと言われたら「目標を一つに絞りなさい」と言うだろう。以前も言った気はするが。
 もう少し精密に言うと、5~10年程度かそれよりも短期の目標を一つだけ立て、それ以外のすべての優先順位をそれよりも下げなさい、となる。長期的な目標を持っているならば、それに即して小目標としてそれを設定しなさいと付け加えて。
 これは何も特殊なことではなく、例えば一般には試験前の短期間は他の目標の優先順位をすべてそれより下げて試験勉強を(しようと)するだろう。そんな感じ。人生なんていつも試験に追われてるようなもん。しかし締切のない人生からは一遍の論文も生まれないのだ(いま考えた)。

 その目標の邪魔になるならば、人間関係も血縁もすべて切り捨てるのが肝要。もちろん戦史研もね。