直接の本題じゃない方 | Study Hard

直接の本題じゃない方

 主に国家などと呼ばれる社会的存在について、大きければいいとか小さければいいとは言えない。それでは何に依って範囲が決まっているのだろうか。例えば微分方程式で表せたとしたら、その主要項は何を意味しているのだろうか。とまあこんな質問を考える。
 そうするとコストという考えが頭をもたげてくる。それではそのような社会的存在の興亡に関するコストとは何かという質問になる。ところで国家に限らず、 様々な社会的存在に関してこの考え方は適用できるのではないかと思う。そうすると小さな社会的存在、組織とも呼べないような、で考えてみたくはなるまい か。

 さて、3ヶ月の無駄な労力を費やし「コストが低いからこそ『学生自治』が存在する」という仮説に私は到達した。
 学生による自主運営という前提を置いたとき、学生会館の運営におけるコストとは学生の時間が主要項であり、その学生の時間を損失せしめる最大のものは窓 口業務であり、その窓口業務には時給が出ている。従って、以上の条件の元で学生会館のコストは人件費によってはかられる。という具体的な推論に繋がる。
 そして何より、学生が運営するか学部が運営するかについては前提を置かないとして、それではその場合の学生会館の運営におけるコストとは何だろうか。そ のコストが学生が運営した方が低いときに学生が、学部が運営した方が低いときに学部が行うことに長期的にはなるのではないだろうか。まさにそのコストが学 生に依った方が低いからこそ学生による自主運営があり、意味があるのではなかろうか。

 という論を展開し、委員長に見事にスルーされた。というよりもコストという単語の意味がどうも伝わっていなかったようだ。最初の推論についても、人件費 が下がる=コストが下がるという程度のことに思われたようだ。コストとは必ずしも金銭のことではないとまず注釈したのだが。

 これにより確信したことがある。それはコストの低い運営こそが学生自治の意味であるという持論は他の学生や教授や職員に一切理解されないだろうというこ とだ。だからもうこの話はやめよう。まずコストという単語の意味、特に金銭的な意味とは限らないということ、を説明するだけで日が暮れる。そしてコストが 金銭に依って計れるなら幸運だという意味を説明するのにもう一回日が暮れる。しかも同意を得ることは出来そうも無い。
 何より残念だったのが、仮説が証明不能だという確信が深まったことだ。つまり、コスト云々なんて考えなくても世の中なるようになるということだ。もちろん、そこに何らかのコストが関わっているかを検証することは出来る。でも、それだけの時間も労力も意味も無い。

 今言えるのは、一括徴収の問題はちょうど時流に乗ったということ。だからそれを壊さない程度に後押ししてやろう。過干渉はよくない。