いつかは純国産 | Study Hard

いつかは純国産

 いつかはクラウン、という宣伝文句があった。
 ここには所得階層によって乗る自動車が違うという前提がある。所得、なかんづく可処分所得、に依って消費する物が違うというのはよほど豊かになった現在の日本でも無くはないが、それほど顕著ではない。
 一方で兵器に関しては、未だに「いつかはクラウン」的発想を口にする人が多い分野ではないかと思った。クラウン=米国製兵器という考えを持つ末期患者はともかくとして、「金持ちの国しか持てない兵器(システム)」というような表現が散見されるからだ。この表現だけなら単なる事実の指摘に過ぎないとも言えるが、全体の文脈の中で「貧乏な国もいつかは持ちたいと思っている、金持ちの国しか持てない兵器」という意味合いに取れるものが多い。
 しかし金持ちだからクラウンやその他高級車種(クラウンが現在高級車種なのかは知らない)に乗らなければいけないということもないし、要は必要とする機能(安全性なども含む)を擁しているかどうかに過ぎない。その必要機能がたまたま高級車種と相関している、ないしそのような機能が高価なものであれば、「金持ちであり、高級車種に乗っている」ということになるだけだ。ましてや貧乏人がいつかは高級車種に乗りたいと思っているかどうかなんてまったく分からない。
 同様に、金持ちだから高い兵器システムを構築するというのは馬鹿げた考え方である。すべてはコストの問題に過ぎない(注1)という命題と組み合わせれば、『すべて高い(注2)兵器システムは滅びる』(注3)のであるから、「いつかはクラウン」は破滅的な考え方だとさえ言える。どのような兵器システムを構築するかが先であり、より高い兵器に合わせて全体を構築するのは無意味だと言える。そしてどのような兵器システムを構築するかという問題は、決して政治家の課題でもないし、ましてや平和や外交のためでも、抑止や安全保障とやらのためのものでもないということは忘れないようにしたい。

(注1)コースの理論
(注2)高いとは、コストが高いという意味であり、値が張るという意味ではない
(注3)コースはすべて高いものは滅びると仮定したが、一方で安いものが生き残るとはしていない

 というのはすべて思いつきであり、「いつかはテニサー」という文をふと思いついたのでこれはどういう意味だろうと妄想したところ、うっかりこんな文を書いてしまいました。妄想するうちに、むしろ「いつかはテニサー」なのではなく「いまさらテニサー」の時代なのではないかと思い、楽しくなって来ました。

 関係ないけど、戦史研のサークルポストにスキー合宿のご案内が入っていました。スキー歩兵はとても好きですが、さすがに首都圏で戦闘して行く上では必要ない特技だろうなあと思いました。あるいはシベリア出兵でもするつもりなんでしょうか。
 それから戦史研の表の掲示板にボート大会の告知が貼られていましたね。渡河作戦を行うつもりなのでしょうか、どこで戦闘する予定なのでしょうか。
 世の中には色んな兵種があるんだなあと改めて感心しました。様々な兵種の火を絶やさないように日々努力している方々には頭が上がりません。戦史研もひとつ汎用的な兵種を訓練すべきでしょうか。私は砲兵が好きなのですが、弾道学を勉強するのが一番合ってるような気がしますね。それでは。