はっ、これが恋 | Study Hard

はっ、これが恋

 「磁力と重力の発見」を読み終えて、ふいに心に込み上げて来るものがあった。

 また駿台に行って山本義隆先生が見たいなあ。動いてる山本先生が。まともに授業なんか受けなかったなかで唯一山本先生見たさに物理の授業には行ったなあ。
 もう65歳か、まだ居るのかな。先生に駆け寄って「今や宗教も神学固有の興味を離れ数学となりました」とか喚いたら真に狂人だ。やってみたい。

 大学を離れても学問は出来るってね。それは嘘ではないという程度にしか本当じゃなかった。ああ、日本の物理学界を背負って立つ人だったのに。たかが全共闘議長やったくらいで大学に残れないなんて、糞下らない話だ。
 在野の人となったとは言え、かの山本先生をして学問的成果が挙がらなかったことを思えば、吾々に怯えることなんて何もないんだなと思わされる。まさに勝敗在天だなあ。

 ふと気付いたが、僕は全共闘時代全般に対してまったく敬意を持っていない。宗教なき時代、学問なき時代、だね。もし僕がやっていることが侮蔑を目的とした発掘作業だとしたら、まったく稚拙な話だ。
 他ならぬ父がまさにその世代の人間だということによって一層混乱させられる。いやむしろ、だからこそ、父が通らざるを得なかった、そして父の恩師たちが黙認せざるを得なかったあの時代を嫌っているんだろう。

 確かに山本先生らの登場によって、学生運動は単なる堕落した学費値下運動レベルのものに終わらず、大学の学問の自由という点において一定の反省を促したものと思う。
 しかしそれとて、この軍事というものに対する不毛を微塵も吹き払ってはくれなかったし、むしろあの時代にいわゆる平和研究の類いはその本性を現し「単なる善良さ」の中に沈んで行った。
 だとすれば、僕はあの頃の尻拭いを未だにさせられているということにもなろうし、取り残された課題を拾うことが出来た幸運に恵まれたとも言えるだろうね。時代も移ろい、押さえつけられていた部分がまた顔を出し始めた頃合いなんだと思う。しかし逆に、押さえつけられた分だけ「単なる跳ねっ返り」が吹き上がる量も多い。
 でも戦史研を単なる跳ねっ返りの吹き溜まりにすまいという努力もとうの昔にやめたし、元々戦史研には素地があったようで、僕が何もしなくとも気違い以外は来ない真っ当なサークルであり続けているんだから杞憂だったわけだ。しかし、あの臨済でさえ「未だ法を求めて来たものはおらん」と言ってるんだから、ましてや戦史研で何を待とうとしていたのか今となっては思い出せない。

 つまり今日のお話を総括すると、僕の山本義隆に対する敬意は崇拝の域に達しているが、個人崇拝程度のことはせいぜい恋であって、決して宗教では有り得ないということだったんだよ。みんな分かったかな。

 それから事実の認識はまさに自らを映す鏡なんだよ。その嘲笑の先にあるものは、戦争でも平和でも何でもなく、自分かもしれないね。
 誰のことを言ってるのかって? その質問をしたこと自体が答えだよ。