現代アート作家・ヤマオタケシ(TakeshiYamao)ブログ -42ページ目

現代アート作家・ヤマオタケシ(TakeshiYamao)ブログ

「Stand UP!Monster!!人生を変えちゃうアートを!!!愛のバクダン!!!!もっとたくさん!!!!!落っことすゼ!!!!!!」

「LIFE〜いつだって涼しい顔で立ってやる〜」
Acrylic on canvas
SM(227×158mm)
2018.05.21

生きる。

死ぬまで生きる。

傷ついても

ボロボロになっても

嘲笑されても

この二本の足がある限り

涼しい顔して立ち上がってやるさ

誰にも辛い顔なんて見せない

死ぬその瞬間まで

いつだって涼しい顔して立っててやるさ



今、この瞬間、苦しんでる人の光に、なるように、この子達が300年500年先のどこかの誰かの光になりますように。
3年後5年後の僕自身の光になりますように。

via ヤマオタケシ's Art show
Your own website,
Ameba Ownd

個人的なお話で申し訳ないですが、去年の秋頃か精神的不調で、今も不調続きなので、今までお世話になった方に不義理をしますが、ずっと今年の初めから考えていて、今後、少しづつ活動減らしていって、都合の良い話ですが来年には今良くしていただいている、大阪のギャラリー様と、奈良に新規オープンした「エヴァンズキンダム」っという施設のこと以外は、ずっと家で描いてると外出たくなってくるので全て、、、ではないと思いますが少し休もうかなっと思っております。


もちろん、いろんなものを切るっと言うと大げさですが、人によっては不義理と感じる方もいらっしゃるだろうから、僕から離れていこうとする方達がいるだろうっと言う事も、頭に入れて、それはそれで仕方ないと、全ては自己管理できてない自分のせいだから。

お金になろうがなるまいが、しばらくマイペースに作品貯めていけたら、外に出て行くより、家でただ描き続けてる方が精神的に落ち着くので、活動の幅を狭くしようと思っています。こんなんこと言ってるくらいなので、基本ネガティブなので、今良くしていただいてる方達を信用してないっというよりも、むしろ信用しかしてないのですが、もしかしたら狭く深くどころか全ての繋がりが無くなるかもしれないと考えてしまう自分がいますが、全ては己のせいだと、その時は納得するしかないよな。っと先のことまで、なんやかんや妄想が膨らんでいます。


あからさまですが、ぶっちゃけ、物理的にっというか金銭的に海外に作品を出せるのも今年が限界かなっとも感じておりまして、今は10月のKIAFというアートフェアに出す作品に全身全霊で挑んでます。


しかし、、、ライブとか、お芝居とか行くと、皆さん感謝の言葉を所々でおっしゃるんですが、僕はひねくれてる人間なので、言葉が軽く感じるんですよね。


ただ、1人じゃ何もできない。

親なんかにゃ、どれだけ迷惑かけてるか。

周りに支えてくれる人達がいるから活動を続けられる。僕なんてまだまだ全然規模は違いますが、感謝するっというか、良くしてくださる人たちがいて、仲良くしていただいて、嬉しい限りです。


「感謝」

これが僕には難しい。

確かに、周りに恵まれてるのか、本当に頭が上がらない人たちに囲まれて、嬉しい限りなのですが、言葉にすると軽くなってしまうような気がして、でも、言葉にしないと伝わらない事も多くて。

自分自身の個展でも、来てくれた方に、お礼や感謝の言葉を発しますが、それが口先だけなのか、心底感謝して言葉が出てるのか分からない。

シャイな性格と、ひねくれた性格も相まって、自分自身が発する言葉さへ軽く感じる。


子供の時から「人に迷惑はかけちゃダメ」「礼儀作法はちゃんとしなさい」っと多くの人そう親にしつけられて育ってきたと思いますが、だからこそ、反射的に「ありがとうございます」とか「ごめんなさい」とか言葉が出てるんじゃないかな?っと。

本当の感謝ってなんだろ?っと。


文章を書くときも、なるべく一人称を「僕」っと使いますが、普段は「俺」だし、もうその時点で、ある程度自分が猫かぶってるなっと感じるので。

あまり、正直な想いを書くと、僕は僕の独断と偏見で生きてるので、言葉がキツかったり、誰かを誤解させてしまったりと、ネットに書く言葉を気をつけないと勿体無いよ。っと注意してくれる友人もいるんですが、なんだろ?、ヤマオタケシじゃなくて、これが山尾武士なんです。


寂しがりやで、構ってもらえないと寂しくなるくせに、ひとりの時間も好きでバカでネガティブで被害妄想が強い、これが山尾武士なんです。


ここまで来ると言葉はもういらないですね。


急に思い立って変なこと書きましたが、自分の今考えてること、これが全てです。


この半年ずっと考えてることなので、考えは変わらないと思いますが、もしかしたら、また出会いがあり変わるかもしれない。


だけども、これが今、アーティスト活動について今後考えてる全てです。


このまま、海外に出し続けられるかも分からないので、日本での活動も、例えばくろこちゃんで四コマ描いたり絵本作ったりっとか薄々考えてはいるんですが、これだけの事言うといてワガママな話ですがギャラリー様に作品を扱ってもらって、海外に出すのをメインが1番の理想です。

そして、ここ2年半ほど奈良でも個展したり、壁画描かせていただいたりと、海外から奈良に、「エヴァンズキンダム」に人が来てくれる事。言葉ではなく、それが僕なりの、今良くしてしていただいてる人たちへの感謝の表しだと思っています。


少しずつ海外で買ってくださる方がおられるので、海外に出し続けたい気持ちはあれど、、、ぶっちゃけ、海外でどこまで上がっていけるかも、バイトもほぼ休んでるので来年以降の海外に出すお金の仕入れもどうなるか分からないので、なんとも言えませんが(´_`)

「技術とお金」について。


まだ、僕自身の事でこれを書くには早すぎるのですが、今まで飲食店などお客様商売を経験しているのと、巷で良くある「初期費用タダ」「〇〇永久無料」、最近じゃ「携帯会社の金曜日はサーティワン無料とか」っというやり方に違和感を感じているので、思うところを書こうかなっと。



まず、単純に製品があるって事はそこにはお金がかかってる。

そこを、「タダ」って事は、その後に付属されていく物で、企業様はお金を稼ぐ。

最近特に目立つのは、イオンとかなんか行くとウォーターサーバーとか。

ずっと使い続けるなら、機械はタダでも水代払って快適に過ごせるなら、それは全然良き事なんだけど、ほとんどの人が、途中で辞めちゃったり、面倒になって、放置で、水ばかり届いて、勿体無いことになる。



ウォーターサーバーを例に出したけど、携帯でもなんでも人間って「タダ」って言葉に弱いし、売り込みにも弱いから、ついつい契約なんて事もよくある話で、使うかどうかも、必要かどうかも考えないで、考える隙もなく契約してしまう。

そして毎月勝手に口座からお金引き落とされるからあまり気にならない。



つまり、張り巡らされた蜘蛛の糸に引っかかる。(必要な物であればお互いWin Winなので何も問題はない)



B'zの歌詞に「欲しくもないもの囲まれちゃって支払いに追われてどうすの」って歌詞があって、全くその通りで、人間、生きてくのに、そんなに多くの物は必要ない。


で、本題はここから。


前置き長いな。。。



関西なんか特にそうなんだけど、関西の場合一種のコミュニケーションでもあるが値切る話もよくある事で、僕が値切ったり交渉したりした事はないのか!っと言われると、、、正直ありますが、何かを作る、売る、勉強や技術を習得するのには物凄い時間とお金がかかっていて、せっかく習得した知識・知恵・技術を安売りする必要はないし、お客様はお客様であって、神様ではないので、バカな客にペコペコし過ぎる必要もなく、客の立場からすると安い方がいいんだけれども、食事一つとっても、お金払って食べにいって、美味しいご飯と、作る手間を省けるしので、こんな素敵で楽な事は無いのに、文句や(こっちのミスでの文句なら受け入れるが)、まけろ!なんて言うお客、僕から言うと「お前ら仕事やってて給料減らされたら嫌じゃない?」っとか、「仕事やってて安く見られたらヤル気無くすんじゃね?」とかとか、ボランティアでやってんじゃないんだから、こっちの飯が気に入らんなら、付けてる値段を高く感じるなら来るなよ!っとか、今まで飲食でバイトでレジしてて思っちゃう腹黒です(。・ω・。)



僕自身、そんなにお金ないので、偉そうな事言ってても、お値段見ちゃうけど、それでも、やっぱ、適正価格を払いたいっと思うので、「タダ」っと言うのが嫌いなんですよね。



体験とかは別よ。

体験は企業さんがお客さん獲得のための一種の戦略だから、飯屋でもでもなんでも腕に自信があるなら最初はタダで振舞っちゃえ!っと昔、誰かの本で読んだことある(。・ω・。)

それで気に入っていただければご贔屓にしていただければいい。



絵なんか描いてると、絵描くのってサラサラっと簡単に描くもんだから、「なんか描いてよー」なんて事もよくあるけど、サラサラっと描けるようになるまでの時間と労力を考えたことあるの?

最初から「タダ」でっとか思ってる奴には「1円でも金払え」っと思う。

じゃなきゃ、「技術の価値が下がる」

絵を例えに出したけど、技術がいるお仕事はそれ相応のお金と時間がかかってる。

ちょこっと描いてなんて言わて描いた時に、ピカソみたいに「はい〇〇円」とか言えるほどになればなぁ。

一説によると、その時に、今この絵を30秒で描いたけど、これを描くため数十年と30秒かかってるの。っと。

つまり、プロだからずっと描き続けてきたからこそサラサラと描くのは簡単なんだけど、作品を鑑賞する側、買う側、の意識も、こっちからも提案していかなきゃ。っという逸話だと思ってる。



言いたいことを総括すると、どんなお仕事でも初期投資があって、技術に見合うだけの「お金」を払うべきで、経済のことは分かんないけど、何でもかんでも安くしちゃうと、技術を持ってる人も苦しくなるし、安くしろーって言う人自身にも、回り回って、市場価格が下がる?上がる?っと同時に給料が安くなる。

その場は得した気分になるけど、最終的にデメリットだと推察。



あ、でも、最近はまたいろいろとご縁があり、安くても、ボランティアでも、作品を使っていただく機会がありそうなのでこんな事書くと、また周りの方に誤解させてしまって、嫌な気持ちにさせてしまうと大変申し訳ないのですが、書いたことそのままで、他意は無く、そこには誰かに何かを思ってるとかなくて、ずっと「技術とお金」に思うところがあったので書いてみました。



っと言うのも、今回、ご縁があり、決して安くはない美容院のオープン前に体験でカットやシャンプー、トリートメントしていただいて、恐縮な限りなのですが、やっぱり、プロって凄いな!ちゃんとお金払ってカットしてもらっても全然気にならないなっと。

あと単純に一回切ってもらってカルテできてたら、次から前と一緒で!って楽だし(。・ω・。)



これから関わろうとしている方たちにも言うんですが、本音を言うと、海外で絵が売れりゃーいいと思ってるので(全然まだまだ売れてない、、、ですが)、作品を売るってのとはまた別の話で、普段から描いているキャンバスの作品自体は国内外問わず決めてる値段で販売しますが、何かプロジェクトにお呼ばれするとか、日本では別に画材代さへ頂ければ、元気な時はなんでもしますよーっというスタンスなので、その代わり僕は僕の絵しか描けませんがっという制約もありますが。楽しきゃOKという超テキトーです。

ノリはテキトーですが、絵に関して手は抜きません(。・ω・。)



お店に限らず、役者、アーティスト、お金を発生させなきゃ経営していけないし、活動が続けられない。

サラリーマンの方でも、ある程度の基本給は保証されていても、お金がないと生活できないでしょ?

それと同じだと思う。

なので、僕自身、巷に転がってるうまい話なんて大嫌いだし信用してない。

信用してない人の方が多いと思うけど、不思議とつけ込まれてる人も多いのよね。

不思議。

その辺、「お金」に関しても思うところがあるので、まだまだ稚拙な知識ですが、自分のブログだし、「お金」に関して書いてみたいと思います。

初の壁画制作。

地元、奈良の三条通りに5月9日オープンする「エヴァンズキングダム」の中にオープンする、奈良は鹿の角を模したバームクーヘンでおなじみの鹿野(ろくや)さんのカフェスペースの壁に描かせていただきました。

こんなに大変なもんだとは、、、

最初はもっと気軽に考えてました。

4〜5日もありゃ出来るだろうと。。。

予想とは裏腹に、、、下書き、、、が細かくなっって、色塗るのに時間かかり過ぎて、工事のおっちゃんにこりすぎ!(笑)なんて突っ込まれたり、なんだかんだ、途中途中、皆さんかまってくださり、最終完成する、した、って時には周りにいた方におめでとうっと言われたりと、現場、楽しかったです(。・ω・。)

途中、何度も挫折しそうになりながらも、とにかく目の前の色、目の前の線、、、っと思いながら描いていってたらなんとか、ゴールにたどり着きました。

まるで、長距離を走ってるような、、、

今回の経験を通して、この歳でも、まだまだ学ぶことが多いなと体感しました。

いや、ぶっちゃけ、むしろ、20歳越えてからのこの十数年間の方が初体験、学ぶこと、が多いんだけどね(。・ω・。)

俺、何も知らねーな。

俺、何も出来ねーな。

って、感じることばかり。

今回も良い経験、ありがとうございました!













「幸せと自分を愛する事について」


今回はものすごく個人的な想いを書きたいと思います。


自分自身をダメ人間だとか人間失格と表現するし、そう思ってる。

っと言うのも、いわゆる普通の生活をしてないし、できないから。


「できない」なんて「やってみなきゃ分からんだろ」っという根性論のような声も度々聞くけど、言い訳に聞こえると思うし、言い訳だと思うが、33年間生きてきて、僕はグータラな今の状況に胡座をかいてた訳じゃないし、何度も変えようとしてきました。


自分に甘い性格もありますが、三日坊主で終わったりする事も多い中、どんなに苦しくても、どんなに説教されても絵だけは描いてきた。


今まで付き合った女性もいる。

周りには優しい人たちがいっぱいいる。

顔と性格で得してると。

鬱で、誰かと付き合った事もなく、ヤマオくんより不幸な奴はたくさんいる。っと言われても、ぶっちゃけ今の自分を大切に出来ないし、人間失格だと思ってる。


それはもしかしたら、まだ自分はやれるっという期待や希望から、今の状況をマイナスとして、プラスの方向に行こうという思いから、今の自分をマイナスに捉えてるのかもしれない。

だから、未だに自分自身を良き人とは思ってないし、思えない。


あと、単純に人の目が怖いというか、根は生真面目で、周りの顔色を伺うのに敏感な方なので、今の自分自身の状況で「俺はなんて恵まれてるんだ」「俺はなんてハッピーなんだ」っと明るかったら、他者とは隣の芝生が青く見えるもので、働いてないくせにっとか、妬まれるのが怖い。

っと同時に、今の状況をよく見て、周りの人達の優しさに触れ、そこで満足してしまったら、前進できなくなる可能性を潰してしまいそうで怖い。


性格上、誰にどう思われようが俺にゃー関係ねーよ!

俺は俺の生きたいように生きてんだって、説教垂れる人を突っぱねるのは簡単なんだけど、どこか自分の中で他人から承認欲求や同情が欲しいんだろうね。


例えば、家で日がな一日中ゴロゴロしてる日もある。

一生懸命働いてストレス溜まってる人から見たら、説教の1つもしたくなるよね。


今までを考えてこれば、確かに精神的な病気に振り回され、今も振り回される、満足に絵を描けない時も、働けない時もある。

だけど、僕と接してくれる人は優しい人たちばかりで、それはとても幸せな事。


その幸せを意識すれば、僕を好きでいてくれる人たちに幸せのお返しをしたけりゃ、自分を大切にする方法だって自ずと気づく。


だけど、やっぱり怖いんだ。


たまに会う友達や仲間、知り合いとかじゃなくて、もっと最小の家族という単位で見れば、家族は働いている、俺は相変わらず側から見りゃ怠けてるように見える。

そりゃ文句の1つも言いたくなるよな。


作品で「自分を愛する」事をテーマにここ1年強ほど描いてきたけど、未だに自分の愛し方も、自分の労わり方も分かんない。

もっと言えば、僕自身、不幸じゃなきゃいけないとさへ思い込んでる節がある。


理論的?には、自分の今の状況が幸せな方だと思うけど、相変わらず自分の愛し方が分かんない。


ここに書いた事を見れば、ツイッターでよく「死にたい」なんて呟いてるけど、実際は、まだまだ生きていたいから、いろんな悩みを抱え、他者の目を気にし、生きようとしてるんだなって思う。


もう俺は変わんないし、自分が思ってる方へなら変わろうと、成長しようと、そっちの方へ歩いて行くけど、今まで散々聞かされた「普通の人」への道はもう、そっちの方へ自分を持ってく気力も体力も減少してるし、その気力も体力も、時間にも限界はあるんだから、もうこのままで死ぬも死なぬも描くことだけして生きさせて。


一歩も部屋から出れなかった奴が外に出られるようなって、海外にも行って、車の免許も取って、バイトもフラフラやって、引きこもってた時よりよっぽど普通に近づいただろ?

もういいんじゃね?

どこまで頑張りゃいい?


マキシマムザホルモンの歌詞の引用だけど、最後に1つだけ言うならば、「このままいつもくだらなくていい、だからママ僕を叱らないでね。」。


でも、今の現状を変えたくて、少し無茶やって注意はされど、誰も俺を本気で怒る人はいないんだよなぁー

年齢か?

まぁ、この辺の話は、テーマが違うので別の時にでも。