今回から「内側へ還る旅編」に入ります。
前回の記事はこちら↓
身体の強制終了ともいえる
激しいめまいを経験して
「もう、限界。これ以上は、がんばれない。」
そんな自分の内側の声を
受け止めたことで
立つことができないほどの強烈なめまいは
少しずつ消えていきました。
とはいえ
父との関わりが
なくなるわけではありません。
相変わらず父の問題行動は続いていて
弟とのLINEも父の話ばかり。
「なぜ弟を避ける?」
「なぜそんなことする?」
とストレスは溜まる一方でした。
そんな中
夫が単身赴任を終えて帰ってきました。
ゴールデンウィークは
母も外出許可をもらい
家族四世代、勢揃いで賑やかに過ごして
少し落ち着いたかな、と思ったのも束の間。
今度は息子から
「体調崩したから手伝いに来てほしい」
と連絡が入ります。
父は手首骨折だけでなく
足首の捻挫もしていたのですが
少しずつ回復していたので
通院は電車で行ってもらうことにして
私は息子のところへ向かいました。
そして
息子の手伝いを終えて
自宅に帰ってきた頃。
私の心が大きく揺さぶられる出来事が
起こります。
それは
母の88歳の誕生日のことでした。
しばらく留守にしていて
母の面会に行けていなかったので
私は母のいる施設を訪ねました。
受付で手続きをしていると
施設の方が「今日、お誕生日ですね。」
と声をかけてくださったのです。
「……え?」
一瞬何を言われたのかわからず
固まる私。
そして次の瞬間
頭の中が真っ白になりました。
その日は母の88歳の誕生日。
米寿のお祝いの日だったのです。
年末の救急車騒動。
父の手首骨折と度重なるトラブル。
そして自分自身のめまい。
今度は息子の体調不良。
米寿のお祝いのことは考えていたのに
目の前のことをこなすことで精一杯だった私は
母の大切な節目を
完全に忘れていたのです。
母に会って
「誕生日おめでとう。」と言うと
母は笑顔で
「そうやで、私、今日誕生日やねん。」
申し訳なさと情けなさで
胸がいっぱいになりながらも
施設ではなんとか平静を装っていましたが
面会を終えて車に乗り込んだ瞬間
涙が止まらなくなりました。
母の人生の節目をお祝いすることさえ
忘れてしまうほど
私は余裕をなくしてたんだ。
もう本当に
いっぱいいっぱいだったんだ…。
そう思った瞬間
張りつめていたものが、ぷつりと切れたように
涙が溢れてきたのです。
あの日流した涙は
母のことだけではなくて
ずっと張りつめていたもの
そして、見ないようにしていた氣持ち
そんなものが重なって
涙になったのかもしれません。
父の数々の問題行動。
私はそれを外側のことと捉えて
どうにかしようとしていたのですが
今、振り返ってみると
父のことも
突然発症しためまいも
母の誕生日に流した涙も
どれも別々の出来事のようにみえて
「私の内側で何が起きているのか」
ということに意識を向けていく
プロセスだったのかもしれません。
その頃の私は
「私がやらなければ」
「動けるのは私しかいないから」
そんな思いの中で
役割をひとりで抱え込んでいました。
そんな中でも
時間はどんどん過ぎていきます。
ただ役割に追われて
日々を過ごすのではなく
自分のための時間も大切にしなければ。
そう思って始めた学びの中で
私は「外側に投影された自分」
と出会うことになります。
次から次へと起こる出来事も
振り返ってみると
必要な流れの中にあったのかもしれません。
そう思うとこの人生。
なかなか侮れません(笑)
次のブログに続きます。
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《プロローグ》
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