始めていく前に
私が内側へと意識を向けるようになるまでのことを
振り返っています。
ひとつ前の記事では
私の「活躍したい」という衝動は
すべて内側からの純粋な衝動だったのかな?
という話を書きました。
→「もっと活躍したい」という衝動の内側にあったもの
前回でアカシックリーディング編が終わり
いよいよ父の暴走編へ入ります。
今回は
「父の暴走、その先で見えたもの①」です。
2023年12月
私は単身赴任中の夫のところに行き
アカシックリーディングを受けたり
関東のいろんなところに行って
クリスマスシーズンをめいっぱい楽しんできました。
→境界を越える旅のはじまりに書いています。
あとから思えば
あの関東旅行は
やってくる嵐の前に自分が用意した
穏やかな時間だったのかもしれません。
関東旅行の最終日
出勤する夫を送り出し
出発時間まで部屋でゆっくり過ごそうか
それとも神社に参拝しようか、と考えていた時に
穴八幡宮の一陽来復御守のことを思い出して
場所を調べてみたら、そんなに遠くなかったので
一陽来復御守を授かりに出かけたのです。
早稲田駅に着くと
穴八幡宮へ向かう人、人、人。
周囲の道路まで伸びる行列で
時間が読めそうにないので
参拝だけして空港へ向かうことにしました。
その時の話と、一陽来復御守の話はこちら
その穴八幡宮の前で
母が利用していた
ショートステイ施設から電話がかかってきます。
「熱があって顔色も悪いので
迎えにきてください」とのこと。
「今、関東にいて帰宅は夜になるんです」
と伝えて電話を切りました。
その後、しばらくしてから
母がショートステイから戻ってきてる、と
弟からLINEで報告がありました。
「熱があるので今日は預かれません」という電話は
それまでにも何度かあったので
いつものことだし、と氣にしてなかったのですが
これが始まりの合図だったとは、、、。
羽田空港に着き
飛行機を眺めながらのんびり過ごして
神戸空港へ。
定刻に神戸空港に到着。
「帰ったら、まず母の様子を見に行こう」
そう思いながら
ポートライナーに乗ったタイミングで
弟からLINEが入ります。
「ちょっと寝てて氣がつかなかったんやけど
親父が救急車呼んだみたいで
しばらく家の前に止まっていた救急車が
今、病院?に向かったっぽい。」
えっ??
どういうことーーー??
実はその日、弟は夜勤のため2階で寝ていて
救急車が来たのは聞こえていたけれど
近所の家に来たのだろうと思い
外を見ることはなかったらしい。
出発時のサイレンで「あれ?」と思い
1階に降りてみると…両親の姿がなかったのだと…。
リビングにメモは置かれていなくて。
その代わりに父のノートが広げてあったそうです。
そこには
「何時に〇〇医院に行って救急車を呼んだ」
ということが書いてあったらしい。
※このノートは父が
誰が何時に何をしたかを細かく書いているノートなのです。
そこには近所の人が何時にデイサービスに行ったか。
私の車が家にあるか、ないか。
そんなことまで書いていると母から聞いたことがあります。
私にはその感覚が今もよくわかりません。
えっ、2階に息子がいるねんで!
ノートに書く前に話できるやろ?
メモではなく普段見せないノートを広げてるって何??
夜勤明けで寝てるとはいえ
そんな大事なことを伝えずに
救急車を呼んで乗って行ってしまうって…
その行動はまったく理解できない。
三ノ宮から家に向かう満員電車の中で
私のスマホに2回、非通知の電話が。
電車の中だから電話はとれないし
非通知だから無視していたのですが
あとで調べると
公衆電話からの着信は非通知になるそうです。
これは父からの電話でした。
その間、弟には一切連絡なし。
夜勤の出勤まで家にいるの知ってるよね?
「あとは私がするから大丈夫やで」とLINEを送って
弟には夜勤に行ってもらって
帰宅後、着信記録を確認したけれど
私の家にも電話はかかってきていない。
たぶんこれは、私が留守にしていることを知っていたからだと思う。
場所によってはバスもなくなる時間。
スーツケースを玄関に置いたまま
どうしたらいいのかネットで調べて
ダメ元で消防署に電話をかけてみました。
夕方、救急車を呼んで病院に運ばれたみたいで
まだ両親が家に帰っていないこと。
夜遅くて交通手段がないこと。
父が90歳であること。
入院でなければ母も一緒だということ。
事情を伝えたけれど
その場で情報は教えてもらえず
折り返し連絡を待つことに。
その後、病院から連絡が入り
母の入院を知らされ
夜遅く、父を迎えに行くことになったのです。
そこで父から
夕方、かかりつけ医を受診したら
インフルエンザ陽性で
母が高齢のため
救急車を呼ぶように指示があったことを聞き…。
病院から入院の説明を受けて
受付で書類を書くことに…。
そこで、私は
思いがけないものを目にしたのです。
それは、、、
次のブログに続きます。
この時はまだ、ただ怒りの中で振り回されるばかりで、その「本当の意味」には全く気づいていませんでした。
父を中心に起こる、理解不能な出来事の数々。
そのプロセスを辿る中で私は、支配でしか存在を示せなかった父、そして無意識に繰り返される家族のパターンに氣づいていくことになります。
それは同時に、父を通して「私」という人間を深く知っていくプロセスでもありました。
このシリーズでは、家系の連鎖を解き、私を生きる道のりを綴っていきます。
〜2026年「内観音叉セラピー」開始にむけて〜
2026年より内観音叉セラピーを始めます。
【私が私を理解していくまで】
〜プロローグ〜
境界を越える旅のはじまり
あのセッションをきっかけに、私の個性化は進んでいった
〜アカシックリーディング編〜
受取りにくさって...生まれつきの”つくり”って?
これもピンポイントな特化型のセッションですか?
今世も内臓がテーマなのですね
私は特別な存在だったはずなのに・・・?
個人の特別な能力よりも大切なもの
私がこれから奏でていく音は
「もっと活躍したい」という衝動の内側にあったもの
お問い合わせはこちらの公式LINEからどうぞ♡
