内側から変わる世界〜心と調和を育む道〜

内側から変わる世界〜心と調和を育む道〜

自分の内側の声に耳を傾け
心の奥にある本当の自分とつながる一歩を。
内観音叉セラピーのこと
日々の氣づきや内側の探求のこと
ときどきおでかけも綴っています。

 
 
 
内観音叉セラピーのセッションを
始めていく前に
私が内側へと意識を向けるようになるまでのことを
振り返っています。
 
 

まだまだ父の行動や生き方を通して
私が大きな氣づきを得ていく
話はあるのですが



一旦「父の暴走編」は終わって

今回から「内側へ還る旅編」に入ります。

 

 

 

前回の記事はこちら↓

 

 

 

身体の強制終了ともいえる

激しいめまいを経験して




「もう、限界。これ以上は、がんばれない。」

 



そんな自分の内側の声を

受け止めたことで

立つことができないほどの強烈なめまいは

少しずつ消えていきました。




とはいえ

父との関わりが

なくなるわけではありません。

 



相変わらず父の問題行動は続いていて

弟とのLINEも父の話ばかり。

 



「なぜ弟を避ける?」

「なぜそんなことする?」

とストレスは溜まる一方でした。

 



そんな中

夫が単身赴任を終えて帰ってきました。

 



ゴールデンウィークは

母も外出許可をもらい

家族四世代、勢揃いで賑やかに過ごして

少し落ち着いたかな、と思ったのも束の間。

 



今度は息子から

「体調崩したから手伝いに来てほしい」

と連絡が入ります。

 



父は手首骨折だけでなく

足首の捻挫もしていたのですが

少しずつ回復していたので

通院は電車で行ってもらうことにして

私は息子のところへ向かいました。

 



そして

息子の手伝いを終えて

自宅に帰ってきた頃。

 



私の心が大きく揺さぶられる出来事が

起こります。

 






それは

母の88歳の誕生日のことでした。




しばらく留守にしていて

母の面会に行けていなかったので

私は母のいる施設を訪ねました。




受付で手続きをしていると

施設の方が「今日、お誕生日ですね。」

と声をかけてくださったのです。




「……え?」




一瞬何を言われたのかわからず

固まる私。

 



そして次の瞬間

頭の中が真っ白になりました。




その日は母の88歳の誕生日。

米寿のお祝いの日だったのです。



 

年末の救急車騒動
父の手首骨折と度重なるトラブル。
そして自分自身のめまい

今度は息子の体調不良。




米寿のお祝いのことは考えていたのに

目の前のことをこなすことで精一杯だった私は

母の大切な節目を

完全に忘れていたのです。

 



母に会って

「誕生日おめでとう。」と言うと

母は笑顔で

「そうやで、私、今日誕生日やねん。」

 



申し訳なさと情けなさで

胸がいっぱいになりながらも

施設ではなんとか平静を装っていましたが

面会を終えて車に乗り込んだ瞬間
涙が止まらなくなりました。

 



母の人生の節目をお祝いすることさえ

忘れてしまうほど

私は余裕をなくしてたんだ。

 



もう本当に

いっぱいいっぱいだったんだ…。

 



そう思った瞬間

張りつめていたものが、ぷつりと切れたように

涙が溢れてきたのです。

 



あの日流した涙は

母のことだけではなくて




ずっと張りつめていたもの

そして、見ないようにしていた氣持ち




そんなものが重なって

涙になったのかもしれません。







父の数々の問題行動。

私はそれを外側のことと捉えて

どうにかしようとしていたのですが

 



今、振り返ってみると

父のことも

突然発症しためまいも

母の誕生日に流した涙も

 

 


どれも別々の出来事のようにみえて

「私の内側で何が起きているのか」

ということに意識を向けていく

プロセスだったのかもしれません。

 



その頃の私は

「私がやらなければ」

「動けるのは私しかいないから」

そんな思いの中で

役割をひとりで抱え込んでいました。

 



そんな中でも

時間はどんどん過ぎていきます。

 



ただ役割に追われて

日々を過ごすのではなく

自分のための時間も大切にしなければ。

 



そう思って始めた学びの中で

私は「外側に投影された自分」

と出会うことになります。

 



次から次へと起こる出来事も

振り返ってみると

必要な流れの中にあったのかもしれません。

 



そう思うとこの人生。

なかなか侮れません(笑)

 



次のブログに続きます。




内観音叉セラピーは現在、準備中です。

募集開始の際は、ブログにてご案内いたします。

 

 

【私が私を理解していくまで

《プロローグ》

🔸境界を越える旅のはじまり

🔸あのセッションをきっかけに、私の個性化は進んでいった

《アカシックリーディング編》

🔹受取りにくさって...生まれつきの”つくり”って?

🔹これもピンポイントな特化型のセッションですか?

🔹今世も内臓がテーマなのですね

🔹は特別な存在だったはずなのに・・・?

🔹個人の特別な能力よりも大切なもの

🔹私がこれから奏でていく音は

🔹「もっと活躍したい」という衝動の内側にあったもの

 《父の暴走、その先に見えたもの》

🔸カウントダウンが始まった

🔸知ってたのになぜ?父の理解できない行動

🔸言葉の暴力と入院が重なり起きたこと

🔸父の耳のひみつ

🔸なぜ弟のことを避ける?どこまでも息子と向き合えない父の暴走

🔸突然のめまいで立てない…私の怒りの奥にあったもの

 
 
 

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内観音叉セラピーのセッションを
始めていく前に
私が内側へと意識を向けるようになるまでのことを
振り返っています。
 
 
 

今回は

「父の暴走、その先で見えたもの⑦」です。

 

 

 

前回の記事はこちら↓

 



2023年の年末

私が東京から戻ってきて

ポートライナーに乗ったタイミングで

弟から「リビングに両親がいない」

と電話がかかってきた救急車事件。


→カウントダウンが始まった




そして

里帰り出産の娘のサポートを終えて

もうすぐ送り出すよ、というタイミングで起きた
父の手首骨折事件。


→一体これは…?まるで計算されたようなタイミングで起こる出来事




浮き彫りになったのは

息子との関わりを避け続ける父の姿でした。




本来なら避けられるはずの

父の身勝手なトラブルに振り回され

私の怒りはMAXになり

心も身体も限界に近づいていました。




父の骨折から4日目の朝。




目を覚まして

ベッドから起き上がろうとした瞬間

突然、天井と壁がぐるぐると回り始めて

起き上がることができなくなったのです。




それに激しい吐き氣まで込み上げてきて

なんとか這うようにして階段を降りて

そのままトイレへ駆け込み

何度も吐いてしまいました。




当時、夫は単身赴任中で

家には私ひとりだけ。




その日も父を

病院へ連れて行かなければいけないし

どうしたらいいの…。




しばらくすると症状は落ち着いてきて

出かけることができました。




最初は「耳石症」かもしれないと思って

ネットで調べた耳石症の体操を試してみると




一時的に

少し楽になったようにも感じたのですが
根本的に良くなったわけではありません。




横になると再び天井が回り始め

起き上がれなくなる……

そんな状態が翌日も、その翌日も続いたのです。




「耳石症?それともメニエール病?」




スマホで調べてみると

どちらも原因のひとつとして

ストレスが挙げられていました。




だとしたら

このめまいは年末からの

一連の出来事しか考えられません。




娘の里帰り出産。




娘と孫を笑顔で送り出す

大切な、大切な時間だったのに。




なぜ今?というタイミングで
父から「手首を骨折したかも」

という電話が入り




さらに翌日

ギプス姿のまま自転車に乗るという

信じられない行動で骨の状態を悪化させ

通院も長引くことになりました。




当時の私は、
「父よ、もういい加減にして」
「これ以上振り回さんといて!」
そんな思いでいっぱい。




娘との大切な時間を奪われたことも

毎日、通院に付き添い続けなければならないことも

このめまいで苦しんでいることも




「全部父のせいだ。」




そう思っていたのです。




父への怒りは日ごとに膨らみ

私の意識は完全に父へと向いていました。




今振り返ると、その頃の私は

自分自身が何を感じているのかをみる余裕を

失っていたのです。







けれど、ある時ふと

自分の内側に別の声があることに

氣づきます。




「もう、限界。これ以上は、がんばれない。」




そこには

怒りのずっと奥のほうで

泣いている私がいました。




娘と孫の大切な時間を

心から味わうことができなくて

めちゃくちゃ悲しかったし、悔しかった。




でもそんなことを考える余裕はなくて

家族はそれぞれ仕事で忙しいし

動けるのは私だけだから頑張るしかない。




そうやって私は

その傷ついた気持ちに目を向けることなく

「父への怒り」という形で

外側へ向かうエネルギーに変えていたのです。




私は

自分の内側で泣いている自分の存在に

「ずっと無視し続けていて、ごめんね」

と心の中で声をかけて

ただそのまま受け止めてみました。




すると、不思議なことに

その後、めまいはなくなっていって

この2年間一度も起きていません。




もちろん

めまいや病氣にはさまざまな原因があります。




この出来事が

直接関係していたのかどうか分からないし

医療機関を受診し

適切な治療を受けることは何よりも大切です。




でも私にとって

あの時のめまいは

内側へと意識を向け始める

大きな転換点だったのだと思っています。




それまで

問題の原因を

外側ばかりに求めてきた私。




父が悪い。

父のせいだ。
状況が悪い。




私たちは、日常の中でどうしても

外側の出来事他人の行動ばかりに

目を奪われがちですよね。




けれど本当に大切なのは

その出来事を通して

「自分の内側が、今どんな声を上げているのか」

をみつめることなのです。




悲しい。

悔しい。

辛い。

  



その時の私に必要だったのは

その声を

聞いてあげることでした。




これは誰かに解決してもらえるものではなく

自分で氣付くしかないのだと

思っています。




「大丈夫。」

「なんとかなる。」




私はこんな言葉で

自分を奮い立たせてきました。




ポジティブな言葉で

自分を励ましたりすることで

氣持ちが少し軽くなる事はあるかもしれません。




けれど、本人が聞いてあげなかった

内側の傷ついた声まで

消えてなくなるわけではないのです。




悲しかったこと。

悔しかったこと。

辛かったこと。




そうした感情は

氣づいてもらえるのを待つように

自分の内側の奥底にずっと残り続けます。




私はこの日

ようやくその存在に

氣がつくことができたのでした。







この出来事をきっかけに

私は自分の内側へと

深く潜っていくことになります。




その後、少しずつ

「目の前に現れるすべての出来事や人物は

自分の内側を映し出している」

という視点を深めていくのですが

この時の私は

まだその手前に立ったばかりでした。




そして

このめまいのあと

私の心はもう一度大きく揺さぶられる出来事を

経験することになります。




次のブログに続きます。


 




内観音叉セラピーは現在、準備中です。

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【私が私を理解していくまで

《プロローグ》

🔸境界を越える旅のはじまり

🔸あのセッションをきっかけに、私の個性化は進んでいった

《アカシックリーディング編》

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🔹これもピンポイントな特化型のセッションですか?

🔹今世も内臓がテーマなのですね

🔹は特別な存在だったはずなのに・・・?

🔹個人の特別な能力よりも大切なもの

🔹私がこれから奏でていく音は

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🔸なぜ弟のことを避ける?どこまでも息子と向き合えない父の暴走




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内観音叉セラピーのセッションを始めていく前に
私が内側へと
意識を向けるようになるまでのことを
振り返っています。
 
 
 

今回は

「父の暴走、その先で見えたもの⑥」です。

 

 

 

前回の記事はこちら↓

 

 

 

2024年2月、無事に初孫が生まれ、
里帰り出産だった娘のサポートをして

1ヶ月が経った頃。




娘と孫ちゃんを送り出す

ちょうどその日に事件は起こりました。



我が家の様子をどこかで見ていた?
と言いたくなるほどの絶妙なタイミング

父からの一本の電話。




「脚立から落ちて

手首を骨折したみたいやから、来てくれ」



結局、娘家族を見送ることもできないまま

私は弟と急いで実家へ向かいました。



実家に着くと

父が「ここから落ちたんや」

説明を始めたのですが

私はそこにあったアルミの脚立を見て驚きます。




高齢の両親には

普通のアルミ脚立は危ないからと

わざわざ安定したステップ式の脚立を

買ってきて置いてあったはずなのに……。




なぜ、この脚立?

買ってきたステップ式の脚立は?




こんな脚立で電球の取り替えって

パランス崩したら終わりやんか!!!



しかも、和室の電灯は

背の高い弟なら手を伸ばせば

すぐに届く高さだったのです。




ちょっと弟に頼めば済むこと。




だけど父は

弟がいない時間を見計らって

電球の交換をしていたみたい。







その日は日曜日。




消防署に電話をかけて

救急診療の病院を教えてもらい

急いで病院へ向かいました。




診断結果は「右手首の骨折」。




治療は

骨を元の位置に戻してギプスで固定するか

それとも全身麻酔をして

手首にプレートを入れる手術をするか

の二択。




もうすぐ90歳という父の年齢を考え

私たちはギプスで固定する治療を

選択することにしました。



これから1ヶ月間のギプス生活が確定です。



起きてしまったことは

アレコレ言っても仕方がない。




しかし、

信じられない「父の暴走」は

ここで終わりではなかったのです。




翌日、弟から一本のLINEが届きました。
「ちょっと出かけてて帰ってきたら

親父の自転車がないねんけど」




なんだってーーー!?



まさか、ギプスをした手で

自転車を押して買い物にでも行ったのか!?

とLINEでやりとりしていたら

しばらくして弟からLINEが。




「親父が今帰ってきたけど

外から自転車のブレーキの音が聞こえた」




そうです。
あろうことか父はギプスをした手で

自転車に乗っていたのです。




もう想定外すぎて、理解不能。







前にも書きましたが

父は高齢ですが、頭はとてもしっかりしています。

認知症の症状などは一切なく

介護認定だって対象外。




つまり、「危ない」ということも

弟のことを避けていることも

すべて頭で分かった上でやっている確信犯。




それに私は振り回されている…

もう怒りが止まりません。




父に

「なんでそんな手で自転車なんか乗るわけ!?」

「私も弟も手伝うって言ってたやろ?」

と詰め寄ると、
父は「銀行に用事があったんや」

「自転車がなかったらどこにも行かれへん」




その銀行は実家から歩いて行ける距離にあるし
急ぎの用でもなかった。




そして翌日
「手首が腫れて痛い」と父から電話が入りました。




実家へ行ってインターホンを鳴らすと
三角巾をかぶりながら出てくる父。




なるほど………

どうやって自転車に乗ったのよ?と疑問だったけど

三角巾を外してギプスの手で自転車に乗ってのか。

何度も注意したけど、その後も家では外してました。




病院へ連絡し、すぐに連れて行くと
「元の位置に戻した骨が、ズレていますね」



完全に元の位置には戻りきらないものの

再度ギプスで

固定し直してもらうことになりました。




その結果

通院期間は延長になってしまいました。




ここまでくると、私の怒りは頂点に!




弟に頼まず

(おそらく、弟がいなくなったのを見計らって)

電球の交換をする。


しかも

安全なステップ式を使わずアルミの脚立を使う。

(それで上を向いて作業するなんて無謀すぎる)


あげくの果てに

手伝うと言っているのに

ギプスをした手で自転車に乗って出て行く。




ちなみにステップ式の脚立は

部屋干し用の物干しを乗せる台に使われていました( ;  ; )




どれもこれも

事前に避けられたトラブルばかり。




弟が、家にいるのに

何も言わずに救急車を呼んで

どこかの病院へ行ってしまった件もそう。


→知ってたのになぜ?理解できない父の行動




なぜ、ここまで頑なに弟を避けるわけ?




病院からの帰り道

私は車の中で怒り爆発ですよ。




「もう、これ以上

私の用事を増やさんといてくれる!?」


「電球の交換も

なんで〇〇(弟)に頼まへんのよ!」


「年末の救急車のときも

〇〇(弟)に黙っていくなんで

あとでどこの病院に行ったのか探すのに

どれだけ大変だったかわかる?!」




どこまで迷惑かけるつもりよ!




車の中で父に向けて怒鳴りながら

病院から帰ってきたのでした。




とはいえ

明日も明後日も、私はこの父を

病院へ連れて行かなければいけません。



娘の里帰り出産のサポートが終わったら

セッションを再開するつもりでしたが
でも、こんな精神状態ではできない。




もう、しんどすぎる……。




父に怒りをぶつけたところで

私の胸のモヤモヤはおさまることはなく。




本来なら避けられるはずの

父の身勝手なトラブルに振り回され

心に限界を迎えた翌朝。




私の身体に異変が起こります。




次の記事に続きます。


 


この時はまだ、ただ怒りの中で振り回されるばかりで、その「本当の意味」には全く気づいていませんでした。


父を中心に起こる、理解不能な出来事の数々。
そのプロセスを辿る中で私は、
支配でしか存在を示せなかった父、そして無意識に繰り返される家族のパターンに氣づいていくことになります。
それは同時に、父を通して「私」という人間を深く知っていくプロセスでもありました。

このシリーズでは、家系の連鎖を解き、私を生きる道のりを綴っていきます

〜2026年「内観音叉セラピー」開始にむけて〜

 

 

 

 

 

内観音叉セラピーは現在、準備中です。

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【私が私を理解していくまで】

《プロローグ》

ダイヤオレンジ境界を越える旅のはじまり

ダイヤオレンジあのセッションをきっかけに、私の個性化は進んでいった

《アカシックリーディング編》

ダイヤグリーン受取りにくさって...生まれつきの”つくり”って?

ダイヤグリーンこれもピンポイントな特化型のセッションですか?

ダイヤグリーン今世も内臓がテーマなのですね

ダイヤグリーンは特別な存在だったはずなのに・・・?

ダイヤグリーン個人の特別な能力よりも大切なもの

ダイヤグリーン私がこれから奏でていく音は

ダイヤグリーン「もっと活躍したい」という衝動の内側にあったもの

 《父の暴走、その先に見えたもの》

ダイヤオレンジカウントダウンが始まった

ダイヤオレンジ知ってたのになぜ?父の理解できない行動

ダイヤオレンジ言葉の暴力と入院が重なり起きたこと

ダイヤオレンジ父の耳のひみつ

ダイヤオレンジ一体これは…?まるで計算されたようなタイミングで起こる出来事

 

 

 

 

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内観音叉セラピーのセッションを始めていく前に
私が内側へと
意識を向けるようになるまでのことを
振り返っています。
 
 
 

今回は

「父の暴走、その先で見えたもの⑤」です。

 

 

 

前回の記事はこちら↓




2024年のお正月は

インフルエンザで入院したあと

歩くことができなくなってしまった

母の自宅介護から始まりました。




母がもう一度自分の足で立てるように

起き上がる練習から始めて

なんとか歩けるまでに回復して

介護サービスを利用できるように。




これで少しは落ち着くかと思ったのも束の間

今度は自宅での父の介護放棄が浮上します。




介護放棄に加え

父の怒鳴り声は外まで聞こえるほどで

「この調子だとご近所さんに通報されそうや」

という弟からの連絡で
すぐにケアマネジャーさんに相談。




父はというと、ケアマネージャーさんに

「怒鳴ったことなんて一回もないですわ」

「おちおち買い物も行けないし大変ですわ」

(実際は1日何回も出かけて家にいない)




もう、ケアマネージャーさんにも

バレてるのに。




介護サービスを利用している時の

明るい母




帰宅してからの

母の氣分の落ち込みの落差を……。




近所や親戚への体裁もあって

父は消極的でしたが

そんなこと言っていられない状況。




もう、父にとっても母にとっても

限界が来ているだろうと

介護施設への入所を申し込む方向で

話を進めていきました。




とはいえ

どこの施設も入所待ちが当たり前の世界。

いつ順番が回ってくるかも分からない。




そんな中、我が家は

2月に 娘の里帰り出産という

大きなイベントを控えていたのです。




その頃、夫は単身赴任中。




私ひとりでは

娘の出産に向けたサポートだけで手一杯です。




母の介護は

2月は、まるまる1ヶ月

ロングショートステイを利用するということで

すすめていた矢先……。




なんと!

入所待ちだった施設から

「今週から入所できます」と連絡が入ったのです。




娘の出産の2週間前のことでした。




いつまで待つか分からない、と言われていたのに

完璧すぎるタイミングで

母が施設へ入所し、無事に初孫が誕生。







娘と生まれたばかりの孫の世話を必死に終えて

娘夫婦が自分たちの家へと戻る当日

またしても事件が起こります。




ちょうどその日

弟夫婦から

娘の旦那さんに伝えておきたいことがあると

私の弟が家に来ていたのです。




話は弟夫婦が姪っ子を思うからこその

少し厳しい内容。

(結局、何の心配もなく杞憂に終わったのですが)




私は口出しはせず

「これは、お昼ご飯を食べながら

娘の旦那さんにはフォローしとかないとな」

と思いながら聞いていました。




弟からの話がもう終わる…

というまさにその瞬間

父から電話がかかってきたのです。




何か急用がある時しか、電話をかけてこない父。

「今回は何の用事?」

と思いながら電話に出ると……。




「電球を替えとったら脚立から落ちて

手首を骨折したみたいやから来てくれ」




 娘の産後のサポートを終えて

娘家族を送り出すその日ですよ。




しかも、弟夫婦からの話が終わった

ぴったりのタイミングで

「脚立から落ちた、骨折したかも。」

と父からの電話。







今のウチの家の様子をどこかで見てて

ちょうど終わるタイミングを狙って

脚立から落ちた?




そんなことを言いたくなるような出来事。




えっ?これ、何が起きてるの?




飛行機から降りて

ポートライナーに乗ったタイミングで

弟からLINEが入った年末の救急車の件といい




→「父の暴走、その先で見えたもの①」

カウントダウンが始まった




娘の出産の2週間前に決まった

母の介護施設の入所のタイミングといい




娘の産後サポートを終えて送り出す日

弟夫婦からの話がちょうど終わるタイミングで

父から電話がかかってきた

今回の骨折の話といい




すべて計算されたようなタイミング

進んでいくっておかしくない?




結局、そのあと実家へ向かうことになった私は

娘の旦那さんに

フォローすることも出来ず…。




娘に

「しんどかったらいつでも泊まりにおいでよ」

と言うことも出来ず…。




娘と初孫を送り出す大切なイベントを

体験することも出来ないまま…。




父を病院へ連れて行っている間に

氣まずい雰囲気のまま

娘夫婦と孫ちゃんは帰ってしまいました。




娘の旦那さんには

嫌な思いをさせてしまったことが

本当に申し訳なくて

さらにフォローが全くできなかったことに

今も後悔の念が残ることに。




そして娘と初孫を

送り出す場面にいられなかったことが

残念すぎて、今も悔しくて。




娘夫婦に「用意していたお昼ご飯食べてね」

と伝えて

弟と急いで実家へ向かった私は

怒りに震えることになります。




実家で私を待ち受けていた

信じられない光景とは……。




次の記事に続きます。




この時はまだ、ただ怒りの中で振り回されるばかりで、その「本当の意味」には全く気づいていませんでした。


父を中心に起こる、理解不能な出来事の数々。
そのプロセスを辿る中で私は、
支配でしか存在を示せなかった父、そして無意識に繰り返される家族のパターンに氣づいていくことになります。
それは同時に、父を通して「私」という人間を深く知っていくプロセスでもありました。

このシリーズでは、家系の連鎖を解き、私を生きる道のりを綴っていきます

〜2026年「内観音叉セラピー」開始にむけて〜

 

 

 

 

 

2026年より内観音叉セラピーを始めます。

 

 

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ダイヤオレンジ境界を越える旅のはじまり

ダイヤオレンジあのセッションをきっかけに、私の個性化は進んでいった

《アカシックリーディング編》

ダイヤグリーン受取りにくさって...生まれつきの”つくり”って?

ダイヤグリーンこれもピンポイントな特化型のセッションですか?

ダイヤグリーン今世も内臓がテーマなのですね

ダイヤグリーンは特別な存在だったはずなのに・・・?

ダイヤグリーン個人の特別な能力よりも大切なもの

ダイヤグリーン私がこれから奏でていく音は

ダイヤグリーン「もっと活躍したい」という衝動の内側にあったもの

 《父の暴走、その先に見えたもの》

ダイヤオレンジカウントダウンが始まった

ダイヤオレンジ知ってたのになぜ?父の理解できない行動

ダイヤオレンジ言葉の暴力と入院が重なり起きたこと

ダイヤオレンジ父の耳のひみつ

 

 

 

 

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内観音叉セラピーのセッションを始めていく前に
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長い間、お休みしていましたが
「父の暴走シリーズ」を再開します。



今回は

「父の暴走、その先で見えたもの④」です。

 

 

 

前回の記事はこちら↓



高齢でのインフルエンザ陽性のため

入院していた母。




元々足腰が弱かったところに

数日間のベッド生活が重なり

歩けなくなってしまいました。




退院時は

介護タクシーを利用して

家に戻ってきました。




隔離期間は終わったとはいえ

すぐに介護サービスを利用するわけにはいかず

年末年始の数日間は

家で過ごすことに……。




今までトイレに行けていた母ですが

寝たきりとなると

当然、オムツの交換が必要になります。




特に大便の交換は大変です。




これを父に任せたら

どんなことが起こるのかは

想像がつきます。




「オムツ交換は全て私がするから」

と父に伝えて

父の言葉の暴力から母を守るため

私、夫、弟の3人で世話をすることにしたのです。

介護の素人なので男手はほんとに助かりました。




家族の名前こそ忘れてしまっているものの

会話のキャッチボールはできる母。




「何から何までお世話してもらってごめんね。」




そう言いながらも

私や夫、弟との会話で

母には笑顔が戻ってきました。




穏やかで温かい、とても貴重な時間を

過ごすことができてよかった♡







そして2024年元日は

朝5時、父からの呼び出しの電話から

始まりました。




電話の用件は大便のオムツ交換。




すっかり冷え込んだ真っ暗な道を

夫と歩いて実家へ向かいます。

実家は徒歩数分のところにあるのです。




まるで、これから起こる混乱を

暗示しているみたいな2024年の幕開け。




その年のお正月は

娘夫婦が結婚して初めて迎えるお正月で

私はとっても楽しみにしていたのです。




けれど

二人が泊まりにきている間も

私は夫と二人、実家と自宅の往復で

ゆっくりおもてなしすることが出来ず

心残りなお正月になってしまいました。







年末年始の数日間

実家に何度も足を運んでいて、見えてきたのは

父の母への態度の酷さでした。




もちろん

老老介護の大変さや限界があることは

わかっています。




でも父の場合はそれを超えていて

母の尊厳を無視するような態度が酷すぎる。




夫や私の弟が揃っているときは

父はおとなしくしているけど

やっぱりボロがでてくるのです。




あまりにも酷いことは注意したり

「こうやったらうまくできるよ」

アドバイスするのですが

その時の父はというと……。




まったく1ミリも聞いてない。




返事はするんだけど

その目は死んだ魚みたいで

完全にうわの空。




そういえば今までもそうだったな〜と

半ば呆れ氣味に見ていたら

発見しちゃったのです。




父の耳には

透明の自動耳栓がついていて

自分に都合の悪い話や

聞きたくない話になると

ピシャッと瞬時に耳栓が閉まることを。




これは

私の心の目で視えたものなので

実際に耳栓がついているわけではないですよ。




「この人、自分の世界だけで生きてる」




私たちは

それぞれが持つフィルターを通して

見ている世界を生きている。




私はいつも

「ほんとにそうだよね」と思っています。




父の場合は

そのレベルがかなり特殊な感じ。




この自動耳栓モードをみつけた私は

さらに父の特殊ぶりを

目の当たりにしていくことになります。




次の記事に続きます。


 

 

 

この時はまだ、ただ怒りの中で振り回されるばかりで、その「本当の意味」には全く気づいていませんでした。


父を中心に起こる、理解不能な出来事の数々。
そのプロセスを辿る中で私は、
支配でしか存在を示せなかった父、そして無意識に繰り返される家族のパターンに氣づいていくことになります。
それは同時に、父を通して「私」という人間を深く知っていくプロセスでもありました。

このシリーズでは、家系の連鎖を解き、私を生きる道のりを綴っていきます

〜2026年「内観音叉セラピー」開始にむけて〜

 

 




2026年より内観音叉セラピーを始めます。

 


【私が私を理解していくまで】

《プロローグ》

ダイヤオレンジ境界を越える旅のはじまり

ダイヤオレンジあのセッションをきっかけに、私の個性化は進んでいった

《アカシックリーディング編》

ダイヤグリーン受取りにくさって...生まれつきの”つくり”って?

ダイヤグリーンこれもピンポイントな特化型のセッションですか?

ダイヤグリーン今世も内臓がテーマなのですね

ダイヤグリーンは特別な存在だったはずなのに・・・?

ダイヤグリーン個人の特別な能力よりも大切なもの

ダイヤグリーン私がこれから奏でていく音は

ダイヤグリーン「もっと活躍したい」という衝動の内側にあったもの

 《父の暴走、その先に見えたもの》

ダイヤオレンジカウントダウンが始まった

ダイヤオレンジ知ってたのになぜ?父の理解できない行動

ダイヤオレンジ言葉の暴力と入院が重なり起きたこと


 

 

 

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今年の2月に

お友達のゆかさん

アカシックリーディングモニターセッションを

受けました。




とても深いセッションだったので

ブログでシェアしますね。




じっくり書きたいなと温めていたら

今頃の投稿になってしまいました(^_^;)




ゆかさんとの出会いは数年前…

あるZoomお話会に参加した時に

ゆかさんも参加されていたのです。




その時の画面越しの第一印象は

「この人、他の人と何か違うなぁ。

もしかして視える人なのかなぁ。」

というものでした。




過去世リーディングをされる、ゆかさん。




何か違うな〜と思ったのは

そういうことだったんですね。




そのお話会に参加していたのがきっかけで

今も仲良くさせてもらっているって

ご縁って不思議ですね。




ブログを読ませてもらいながら

「そこにアカシックリーディングが加わったら

さらに深いリーディングができるんだろうなぁ」

と密かに思っていたら

ブログでモニター募集の案内を発見!




モニターセッションを申し込みました。




最初はまず

「私の魂の特性」について質問。




すると、ゆかさんは

「みやさんは

研究者氣質で博士みたいな感じで〜」

と身振り手振りを交えながら伝えてくれて。




その様子が

本当に普段の私そのままで(笑)




「ゆかさん、今それはっきり視えてるよね?」

と言いたくなるほど。




「みやさんは爆発するまで進んでいくから

(探求の)終わりが見えなくなる(笑)」

だからこそ、氣をつけたほうがいいことも伝えてもらいました。




こんな感じで

セッションは2人で大爆笑しながらのスタート。




ゆかさんのリーディングから

「私にとって

日々探究していくこと自体が喜びなんだ〜」

ということを

あらためてしみじみと感じたのでした。







両親それぞれの家系の戸籍を取り寄せたり

父方の過去帳をじっくり読み込んだりして

家系について深く考えることが多かった

ここ数年。




セッションでは

「父方の家系が囚われてきたパターンについて」

質問してみました。




その質問に対するゆかさんのリーディングは

その場面が見えているかのような

深いリーディング。




それはまさに

私がこれまで向き合ってきたことの

深い答え合わせをさせてもらっている感覚でした。




そして一番驚いたのは……。




今まで全然氣にならなかったのに

急に曽祖父について知りたくなって

父方の曽祖父について質問した時です。




曽祖父がどんな人だったのか

リーディングしてもらったあと

私との魂のつながりについて質問してみたら……。




ゆかさん:「〇〇さんに娘さんはいましたか?」

「みやさんは〇〇さん(曽祖父)の

娘さんの生まれ変わりだと言ってます。」


私:「戸籍謄本と過去帳があるから確認してもいい?」


ゆかさん:「とってきてください!」




急いで戸籍謄本と過去帳を持ってきて

確認してみると(昔の手書きなので見にくい!)

3歳で亡くなっている女の子がいたのです。




私:「女の子は〇〇さんだけかな。」

「……あっ!もう一人!

小さい頃に亡くなっている女の子がいるわ。」

(生年月日と名前を伝える)


ゆかさん:「その人です。」

「小さい時に亡くなったというのが出てきてて。」




それまで何度も

その過去帳と戸籍謄本を見てきたはずなのに……。




私はその女の子の存在を

すっかり見落としていたのです。







そして、ゆかさんは

その幼な子の死が家族に与えた意味…

そして

それが「今の私の取り組み」に

どう繋がっているのか…

を伝えてくれました。




その内容がね

今、まさに私が人生で取り組んでいるテーマ

そのものだったのです!




壮大すぎるでしょ。




ゆかさんのアカシックリーディングを

受けて感じたのは

アカシックリーディングは

こちらの意図によって

どこまででも深く潜ってくれるものだということ。




単なる占いとして聞くこともできれば

人生の深い探求の答えとして

受け取ることもできる。




ゆかさんは

その深い領域まで

しっかりリーディングしてくれる

アカシックリーダーさん。




そんなゆかさんが

モニター価格でセッションをされていますよ。







ピンときた方

人生の深い答え合わせをしたい方は

ぜひゆかさんのセッションを

体験してみてください♡




私の感想を載せていただいた

ゆかさんのブログはこちらです。

↓  ↓  ↓

 

 

しばらくお休みしていましたが

内観音叉セラピー開始に向けて

父の暴走編シリーズ再開します。

次回の記事は父の耳のひみつです。






2026年より内観音叉セラピーを始めます

 

 

【私が私を理解していくまで一覧まとめ

《プロローグ》

ダイヤオレンジ境界を越える旅のはじまり

ダイヤオレンジあのセッションをきっかけに、私の個性化は進んでいった

《アカシックリーディング編》

ダイヤグリーン受取りにくさって...生まれつきの”つくり”って?

ダイヤグリーンこれもピンポイントな特化型のセッションですか?

ダイヤグリーン今世も内臓がテーマなのですね

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ダイヤグリーン私がこれから奏でていく音は

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どうしても読みたい本が
絶版だと分かった時
あなたならどうしますか?



去年から受けていた講座では
期間を通して、毎日課題が出されていたのですが
途中停滞して進まないことがあったのです。



講座も終わりに近づいたときに
そのことについてアドバイスを求めてみたら
「とにかくこういった本を読んだり
それに関するテーマに触れ続けてください」
と数冊の本を紹介されたのですが…。



あとで本を探そうとしたら絶版。



「中古本を買うしかないか…」と思った瞬間
私の脳裏に苦い思い出がよぎりました。



それは、2〜3年前のこと。



心理学の講座の参考文献として
紹介された本を購入しようと
調べたら中古本しか出てこない…。



そうなんです、絶版になっていたのです。



「中古本かぁ〜嫌だな。」
しかも状態の悪い低いランクのものしか
出品されていないという最悪の条件。



でもどうしても読みたくて
古本サイトみたいなところから購入したのでした。






そして届いたのは…。



古本感を通り越した
ヘビースモーカーのタバコ臭が染みついた本でした。



ページをめくるたびに
古本の臭いと強烈なタバコ臭が……。



それに追い打ちをかけるように
そこかしこに無造作に引かれた
鉛筆のアンダーライン。



読まない時は
ビニール袋に消臭剤を入れて密封して
だいぶ臭いはマシになりましたが
消えないのですよ!



これを読んでいた
見知らぬヘビースモーカーの
おじさんの氣配が……。



もはや古本感満載をこえて
おじさんの生々しい氣配満載。



ここまできたら
お化けのほうがまだマシかも(泣)。



本来ならゴミ箱へ直行レベルなのですが
本当に悔しいことに
読み始めたら代わりの利かない
まさに唯一無二の良書"神本"だったのです!



心理学のなかでも
関連書籍自体が少ない分野の本だったから
タバコ臭と古本臭に悶絶しながら
最後まで読みきったけど
"神本"すぎて捨てられませんでした。



でも
その本のことを考えただけでゾワゾワ。



それでやっと氣がついたのです。



私はタバコが苦手なのですが

本当に苦手なのは

タバコ臭ではなく煙だったのだと。




タバコの煙って

人の氣配やエネルギーを強力に纏う。

その人の吐息が残り続けているのと同じだから…。




離れていても煙と共にやってくる"氣"

防御壁が低い私にとって大敵。




これはもう
速攻で処分案件です(涙)。



「この本はこれからも何回も読みたい」
と思っていたので
ずっと出品状況をチェックしていたのですが
最近、状態の良い本が出品されているのを
みつけました。



これで
ヘビースモーカーのおじさん臭には
成仏してもらおう。



書きながら思ったけど…
この話って本当に
お化けよりはるかに怖い話ですね。



追記:本は処分してきました〜。





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今から32年前。



夫が私の実家へ

結婚の挨拶をしに来た時のお話です。




その時の父の第一声は

なんだったと思いますか?




なんと父は、いきなり

自分が勤めていた会社のパンフレットを

取り出して

会社の説明をし始めたのです。




そこで終わらず

自分の年収の話まで始めたの。




「えっ?今日は結婚の挨拶にきてるんだけど。」




夫が結婚する相手は

私であって父ではない。




父の勤めている会社も

父の年収も

私たちには何の関係もない話。




当時の私は

父の行動が本当に理解できなくて

「えっ?それは自慢?」

「しかも今、その話をする?」




そんなふうに思ってきたのですが

ある日氣がついたのです。




父にとっては

勤めていた会社や年収こそが

自分の価値だったのだと。







もちろん、一生懸命働いて

お給料をいただくことは素晴らしいこと。




長年、積み上げてきた結果だし

自信にもなるでしょう。




けれど…

それはあくまでも「外側の価値」なんですよね。




会社。

肩書き。

地位。

お金。




それらは

今この世界のルールの中で機能している価値

であって

時代や環境によって変わってゆくもの。




私たちが寿命を迎え、肉体を脱ぐ時には

何ひとつ持っていくことはできないのです。




では

外側の価値ではない

本当の価値って何でしょうね。







このブログを読んでくださる方の多くは

今、時代が

大きく切り替わろうとしていることを

肌で感じていると思います。




今このタイミングで

藤井風くんの

「It's Alright」のMVが公開されたことも

私にはなんだか象徴的に感じています。




社会的な役割や肩書きから

少し離れて

自分の内側を見つめてみる。




そんな内観を重ねていく中で

「自分が何を大切にしているのか。」

「なぜ同じことで苦しくなるのか。」

「本当はどんな思いを抱えているのか。」




そんなことが少しずつ見えてきて

外側の価値とは違う

自分の内側にある価値

氣づいていけるかもしれません。




内観音叉セラピーは

そんな「自分を知る時間」でありたいと

思っています。



 



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ダイヤグリーン今世も内臓がテーマなのですね

ダイヤグリーンは特別な存在だったはずなのに・・・?

ダイヤグリーン個人の特別な能力よりも大切なもの

ダイヤグリーン私がこれから奏でていく音は

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先日、おばと父と3人で

母が入所している施設に面会に行ってきました。




おばは母と同い年で、今年90歳になります。




去年、突然

おばから電話がかかってきました。




「〇〇さん(私の母)元氣にしてる?

会いたいから、そっちに行きたいんだけど。」




おばからの電話はとてもうれしかったけど

それまで年賀状のやり取りしかなかった私に

なぜ連絡が来るのだろう…。




と思ったら

なんと父が親戚全員からの電話を

着信拒否していたのです!!




この話はまた別の機会に書くことにしますね。




今回の面会は2回目。




実は4月下旬にも

おばから

「暖かくなってきたから行ってもいいかな?」と

連絡をもらっていたのですが…




その時、私は

長期講座のアーカイブ期限が迫っていて

まとめ作業のため絶賛、お籠もり中で

泣く泣くお断りさせてもらったのです。







その時におばが電話口で

ぽつりとこう言ったのです。




「この歳になると人恋しくて…。」




おばは旦那さんを亡くして

今はひとり暮らし。




おばの子どもたちは

それぞれ独立して他県に住み

結婚して孫が生まれ




さらにその孫たちも結婚して

おばにはひ孫までいます。




お孫さんが小さい頃には

新幹線に乗ってよく手伝いに行っていたと

私の母から聞いていました。




けれど

その孫たちも親になり…。




「昔は自分が支える立場だったけど

今はもう私の出番はないからね。」

と、さみしそうに呟くおば。




「90歳にもなると周りの友だちも

ひとり、また一人と亡くなっていくのよ。」




親戚も施設に入ったり他界したりで

今、つながっているのは

私の両親だけなのだそう。




毎日1万歩のウォーキングを

続けているおば。




「私はまだまだ元氣でいるけど

昔の賑やかなお付き合いも

徐々に減っていって、今はさみしいものよ。」




「長生きできるのはありがたいけど

歳をとるってね…こういうこと。」




その時のおばの顔は

どこか、さみしげで…。




その言葉が

ずっと私の心の中に残っています。







そういえば我が家もそう。




実家がすぐ近くなので

夏休みや土曜日、私が仕事の時は

子どもたちは実家でお昼ご飯を

食べさせてもらったりしていました。




でも子どもたちが独立し

結婚して子供が生まれると

今度は新しい家族との時間が中心になっていって

子どもたちが

私の実家に行く機会もグッと減りました。




正月やお盆に集まる時は

実家ではなく

父に来てもらって私の家で。




父にとっては

ひ孫に会えるうれしい時間。




親になり

祖父母になり

支える側になり…。




やがて孫たちが家族を持ち

見守る側になる。




いつか私も同じように役割が終わり

見守る側になるのでしょう。




そんなふうに

人生は役割が少しずつ変化していくんですね。




もしそうなら

その時々の役割を

楽しみながら、味わいながら生きていきたいな。




そんなことを思いました。




「歳をとるってね…こういうこと。」




このおばの言葉に

あなたはどんなことを感じますか?




 

 

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嵐の活動が

昨日、幕を閉じました。




私は自宅でライブ配信での参戦。




お昼ご飯を食べたあと

すぐに夕食の準備にとりかかり




洗い物もすべて済ませて

あとはレンジで温めるだけの状態に。




パソコンをテレビにつないで

ちゃんと映るか確認をして

これで準備万端!




開始時間を待ちます。







嵐がデビューしたのは

子どもたちが3歳と1歳の頃でした。




ハワイでのデビュー会見を

テレビで見ていたことを

今でも鮮明に覚えています。




当時は育児真っ只中で

自分の時間なんてなかったけれど

音楽番組で嵐をはじめ

ジャニーズのグループがでているのを

観るのが楽しみだったのです。




私は

「女の子が生まれたら

一緒にジャニーズのライブに行きたい」

という、ひそかな夢をもっていて

その夢を叶えてくれたのが嵐でした♡







昨日のライブでは

曲が流れるたびに

いろんな記憶がよみがえってきて




「この曲の頃、娘は何年生だったかな。」

「これはライブで聴いて感動した曲!」

「大阪城ホールは親子席だったな。」

「うちわ作っていったな。」

「お正月にライブに行ったこともあるな。」




そんなふうに、それぞれの曲に

ライブの思い出や

子どもたちの成長や

その頃の自分の姿が重なって




ライブ開始直後から涙が止まらなくて

ずっとティッシュ片手に泣きっぱなし。




そして私は

ライブ配信を見ながら氣づいたのです。




嵐の26年半の活動の軌跡は

私の子育ての軌跡でもあったんだな、と。




昨日

嵐の活動は一区切りを迎えました。




ライブに行き始めた頃、小学生だった娘は

今や結婚してママになり

私の子育てにも大きな区切りがありました。




嵐の軌跡と

私の子育ての軌跡。




昨日のライブ配信は

そんな26年半を思い出させてくれる

時間だったような氣がします。

 



嵐のみなさん。




26年半、たくさんの夢と元気と感動を

ありがとう♡







5月、大阪・梅田にて。




その日、買い物に行っていたら

娘からLINEが!




「人多そうだから迷ってたけど

嵐のオブジェを見に行きたいなと思って」

「◯時に梅田に来れる〜?」

と突然のお誘いでした。




それは行くしかないでしょう\(^o^)/




「今、買い物中!

ちょっと電車の時間調べるわ〜」

「大丈夫!間に合うわ!」

と急いで家に帰って




テレワーク中の夫に

「今から梅田に行ってくる〜」と伝えて

嵐のオブジェを見に行ってきました。




土日は5時間待ち?

ものすごいことになっていましたね。




もちろん

初日も人、人、人ですごかったです。




そのあと

ちょっとお喋りをして家路へ。







嵐のオブジェを見るだけのために

でかけた、ある日の午後。




それもいい思い出♡







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