生きている今この瞬間も、万物はいろんな形をしている。


人も、木も、建物も、言葉も、身体も。一見すれば、まったく別々のものに見える。


でも、突き詰めていけば、ただ光と光が出会い、何かを渡し合っているだけなのかもしれない。


光を受ける。

熱を受け取る。
誰かの声を聞く。
誰かの表情を見る。
誰かの手の温度を感じる。


そうやって、世界と自分の間を、いろんなものが行き来している。


そして不思議なことに、時間が経ってから心に残っているのは、「何を言ったか」よりも、そのときの光景だったりする。


あの日の光。

夕方の空気。
誰かの笑顔。
ふと触れた手の温度。


人との出会いも、もしかしたら同じなのだと思う。


誰かと出会って、何かを手に入れる。誰かに愛されて、何かを得る。そういうことだけが、人との出会いではない。


その人と出会ったことで、自分の中にひとつの光景が生まれる。ひとつの温度が残る。そして、その光景や温度が、その後の自分の中で静かに生き続ける。


そう考えると、生きるということは、光と光が出会って、少しだけ互いを変えていくことなのかもしれない。


だから、すべてを手に入れなくてもいい。


誰かを好きになったことも、誰かと笑ったことも、一緒に過ごした時間も、その人と出会ったことで自分の中に残った光と温度も。


それだけで、十分に生きたということなのかもしれないな。