「本当の自分というのは、自己評価だけではわからない。

他人からの評価も重要で、切っても切り離せないものである。」

 

長期のアルバイトを始めて、先人が言うクソくだらないお説教が分かるような気がした。

 

自分は内向的な性格で、人前で立って大きな声で何かをするのは本当に嫌いだ。

子供は何をしてくるかわからないランダム性が強い生き物なので乗りこなすことが難しい。

クレーマーや自分(達)が良ければ周りにどんな迷惑をかけてもいいと思っている情けない大人。

そんな人たちにはいつもさげすんだ目を向けてその人たちが不利益を被るように試行錯誤する陰湿な奴。

リーダーシップや主体性なんてもってのほか協調性など無く、波風立てず周りに同調する。

 

これらが僕の自己評価である。

 

今のバイトがどういうことか、子供や観光客がたくさん来るアミューズメントパークのスタッフである。

子供はわんさか来るわ、子供連れの親からのわけのわからないクレーム、英語を話せない外国人観光客。

あまりバイトと社員の関係性が良くない。(自分は締めまで入るので色々な話を社員さん側からのみ聞ける。)

 

自分の自己評価を鑑みてもあり得ない選択肢を取ってしまった。

「失敗したな」と、最初は思った。時給だけいいからまだ続けているものの安かったら刹那でやめていただろう。

 

そんなバイト先でも評価というものは下される。

社会で働くので評価というものは付きものなのだが。

 

そんな自分の外部評価は目からうろこが出るものだった。

・子供に対する接客は初めてにしてはよくできている。子供の目線に立ってしゃべっている。

・クレーマーのいなし方がうまい

・外国人とのコミュニケーションがそつなくとれている。

 

what????

 

子供...まあ物理的に同じ目線に立っている

クレーマー...早く帰ってほしいから全部謝っているだけ

外国人...英語の練習と思ってるだけ

呼び込み...目は死んでいるが休みの日には新規客を引き込んでくれる。

 

こんなメンタリティで働いているだけなのでこんな評価だとは思わなかった。

それでも自己評価と他己評価の違いは自分にはまだしっくりくるものでは無かった。

 

ある時自分の考え方を少し変える出来事が起こった。

 

自分のバイト先のコンテンツで、動物の着ぐるみを着て演技するものがあった。

練習してテストを受け、任せてもらえるようになった。

客が来て実演することになった。

 

そして着ぐるみを着た時に不思議な感覚を得た。

「着ぐるみを着て子供を脅している自分は普段、世間体を装い必死に素の自分を隠して生きている自分ではない。

素の自分を着ぐるみの間は出してもいいんだ。」

 

謎感情が生まれた。今までには感じ取ることのできない感情だ。

そこからの演技は非常にひどく、台本ガン飛ばしで後にひどく怒られたが

素の自分はなかなかに狂っている、でも普段それを出せない。

素の自分を出せたことが何よりもうれしく楽しかった。

 

 

しかも、子供からは「めちゃくちゃ楽しかった。」と言われた。

この着ぐるみの時間だけは、子供に楽しんでほしいという気持ちでいっぱいだった。

素の自分は子供が好きなんじゃないか。

それから子供にすごく優しく、楽しんでもらえるように頑張っている。

 

素の自分は着ぐるみを着れば出すことができる、出てきてくれる。

そのことを知れたバイトの帰り道は心がとても軽かった。

同時に持ってきた傘を誰かに取られていた。

やっぱり最悪の日だった。