2026年10月、数秘2の月に向けて。
お彼岸にいるお父さん、
そちらからみえるこちら、此岸はどうですか?
フランシス・フクヤマの著書にある、The Last Manが意味する”末人”という言葉を知らなかったことから、人生で初めて、ニーチェを読んでいます。
といっても、まだ入門書どまり。
難しいだろうと避けていたニーチェについて、早朝の電車の中で夢中で読んでいる自分がおもしろい。
一度では理解できずに数ページを逆戻りして読み直したりするものだから、なかなかすすみませんが、“戻る”は“進む”の一部でもある。
戻っては進む、ぐるぐる円環。
一気に読了とはいかない、生米を嚙むような読書を楽しんでいます。
ふと目を本から外せば、車内のほとんどの人が携帯電話をのぞき込んでいます。小さな箱の中になにがあるのだろう。
窓の外は雨だったり、青空だったり、真っ暗な空に月だったり。焼き鳥屋のネオンサインが、おいでおいでしている。
並行して読んでいるのは、村上龍さんの『MISSING 失われているもの』。
坂本龍一さんの本から引いてきたもので、時空のゆがんだ世界でストーリーがすすんでいくのが今の私にはなぜか心地よく、その感覚のままでニーチェに横っ飛びしたのがよかったのかもしれないな、と思っています。真正面から向き合うときっと1ページで挫折していたはずのニーチェ。
時間という一直線のものは存在せず、自分の勝手な解釈や色付けや思い出が、バブルのようにあちらこちらに点在していて、その合間を私達は勝手に行き来しているだけかもしれないな、などと、どうでもいいことを空想していた時に、ニーチェを手に取ることになりました。
彼の、「事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。」というフレーズに、引き込まれてしまいました。
私は紛れもなく、ルサンチマン人間として生きてきました。
何かよくわからないものへの憤りを、ずっと心の中に抱えていたように思います。
ルサンチマンを持つことは、決して特別なことではなく、若いころなんて、誰かやなにかに苛立ったり、怒りの感情を持ったり羨んだり。それはとても自然な感情のひとつ。
ルサンチマンがまずいのは、同じような感情を持った者同士が、心の鎖で連携し集団となっていくこと。集団でいると、誰かにコントロールされやすい状態になってしまう。
厩舎の家畜のように。
いいと感じたものを真似てみる、同じものを買ってみる、同じものを見てみる、同じものを着てみる、同じものを作ってみる、同じものを味わってみる、同じところへ行ってみる、同じように感じてみる、同じ言葉を使ってみる、同じ同じ同じ同じ同じ同じ…。
南へ行ってみようよと言われて南行きの車に乗ってみる。ついた所は奴隷市場かもしれない。
よりよく生きたいし、できればよい時間を過ごして残りの人生を終えたい。
けれど、自分の人生を誰かの人生とすり替えることは不可能。
自分の人生を生きるしかないんだよなあ、と諦め切れた時、どんな気分なんだろう。
選んだ人生はこうではなかったと思っても、これが私の人生なのです。
徹底したニヒリズム。
受け入れ難いけれど、せめて、仕方ないやとは思ってみる。
流れてくる誰かの生活をながめて、すてきでうらやましい、と感じる。
その画面のこちら岸にいる自分は、オートマティックで、みすぼらしくてかわそう、になってしまっているんです。
そんなものは、みないほうがいい。
ルサンチマンの鎖に繋がれにいくのはやめたほうがいい。
「自分の物語を生きる」と河合さんが述べていらっしゃいますが、それができにくい今こそ、自分の物語を走らせていくことが、どれだけ勇気がいり、且つ、すばらしいことかに気づくことが大事なんだろうなあと、電車に揺られながら考えています。
あなたは間違っている、と言っている自分の気持ちには、だから私は正解だ、という気持ちが潜んでいる。
あちらに悪人を作ることで、こちらの「私たち」は善人であると満足する。
彼岸と此岸。
最近はそういう報道ばかりしか目にも耳にもはいってこない気がします。
結局、人は一人では生きていかない。
相手がいることで、自分の生が成り立っている。
対象物をつかの間の満足のために利用するよりも、自走を楽しむ。
もやもやしたら、とりあえず走ってみたらいいのかもしれない。周りの景色が見えなくなるくらい全力で。
2は、1と1。
ほかの数字はいくつかの数の組み合わせが可能だけれど、2だけはこの組み合わせでしかできあがらない。
2は、1と1との間をぐるぐるしながら。
彼岸花を見に行きました。
帰国して一年半。
見知らぬ土地で、ずっとそこにあったのに私が知らなかった季節の風景を見ています。
そろそろ、またマッサージもしたくなってきたし、もっと知らない土地にも行ってみたいという気持ちも大きくなってきました。
先日お会いした人との会話で印象的だったのは、「人間のにおいがする」というフレーズ。
それは、個性、という言葉に置き換えられるのかどうか、ということを、次に会ったときに聞いてみたいと思っています。
徹底したニヒリズムの練習。
寝る前に、今日という日をもう一度経験したいか?、と自分に尋ねてみる。
10月を佳き日々に。
Kiki
