『応援団とはなにか?』とかそんなことをまとめる前に


ワシがなんで応援団に入り応援する、となったのか?


まずそこをまとめてかんとよくわからん話やねん


まずそこからいきます


もう約35年くらい前かなあ

ワシが中学生の頃ですわ

ワシ、生まれは大阪なんですが、あちこち転々する間に奈良へ移り住みましてな、小学生から奈良におりますんや


いまは山の中へ住んでますけど、当時は街中に住んでましたんや


ワシには2コ上の兄貴がおりまして

兄貴はけっこう(かなり、にしとこか😅)勉強が出来ましてな、県下でも有数の?高校に進学しましてん

対するワシは勉強があきませんでしてな、しかしその高校に行きたいなーと憧れはもってましたけど(実際は成績的にいけるワケない)


その高校、いまはちょっと後退してしもたんですが、当時は野球強かったんですわ

甲子園にも出場してます


その当時もいまと同じく、私学2強(天理と智辯学園)はやはり別格の存在でしたが、そこへ数年に一度公立が噛みついて甲子園に出る、という時代でした

余談ですが、いまのもう1強の存在である奈良大附属はまだ正強高校という名前でそこまで強くなかった時代です


その噛みついた公立が兄貴の母校だった頃ですわ


兄貴は武道系の部活をしており、その高校の決めごとは『団旗は武道系からの助っ人が持つ』という決まりでした

当時はその高校にも常設の応援団があり、それは華やかでカッコ良かったんです

学ランで踊る様は『硬派』であり、『ほんまにこの人高校生なんか?』ってくらい近寄りがたい『おっさん』っぽかったけど、硬派=シブい時代ですよ、まあワシは見て『カッコええ!』と思いましたね


兄貴についていって、って感じで勝ち進む試合を最初の試合からずっと見に行ってました

どんどん他校を撃破し、あれよあれよと次は決勝、ってとこまでいったんですね


ある試合まで勝ち上がると、奈良の場合は県営橿原球場(いまは佐藤薬品スタジアム?でしたっけ?)で試合が行なわれるんですが、準決勝で勝った後、兄貴の高校の団長が退場する時に天理の応援団と入れ替わりに団長同士が鉢合わせてにらみ合いになったんですわ


その時、兄貴の高校の団長が天理に対してエールを切り、天理の団長は一礼して球場へ入っていったんですね

いやー、めっちゃシブい!シブすぎる!

ワシ、感動して動けませんでしたね😅


応援団とはこんな世界なんか!って


ワシも高校入ったら絶対応援団入るねん!と心に決めた瞬間でした


次の日の決勝は天理が勝ちをさらっていき、兄貴の母校は甲子園に行くことはありませんでした


そりゃ天理強かったって?

だってその後エースはプロ入ったもん😅


エースはその後プロ入ったが、その影でワシは都合7年応援に携わり応援界のエースになるとは(そんなワケない)誰も予想しえない話でありました