
このところのNYは暖かで、
夕闇のセントラル・パークを散歩できるほど。
ヘンリ・ベンテルでプッチのスカーフを
買うという罠(?)を逃れたので、
友人に教えてもらったアロマ化粧品、
★デクレオールのバーム(63ドル)を購入。
空気の乾燥がすさまじいのと、
レジデンスで日々、オンナのなれの果て
・・・というばあさん集団を目にしているので、
遅まきながらアンチ・エイジングに励もう、
というわけだ。
ばあさん集団といえども当然、一様ではない。
多少不自由ながら、マニキュアを欠かさないインゲ。
決してマグカップを使わず、スミレ柄のポットで
きちんと淹れた紅茶を、お揃いの柄のカップ&
ソーサーで楽しむリンダ。
かと思えば日がな一日、入口のベンチでぼりぼりスナック菓子を食べながら、
行き交う人を漫然と眺めている鯨デブばあさんもいる。
だがミリーは、どんなばあさんとも違う。
白髪のボブの前髪に、ちょこんと留めた蝶々のピン。
薄いちいさな身体を、谷内六郎が描く少女みたいなワンピースに
包んでいる。
小学生のように華奢な彼女は、いつでも憤怒の塊だ。
「今日は寒い!寒いよっ!何で寒いんだよう!説明しろ!」
「なんでエレベーターはいろんな階に止まるんだ!
なぜ皆、同じ階で降りない!説明しろ!」
・・・今は冬だし、ここは17階建てで、入居者も多いしね。
たまに手伝いに来るボランティアの人さえ、もはや答えることはない。
そんなミリーとエレベーターに乗り合わせたノラ編集者。
「オマエの持っているバッグ、どこで買ったの?」
突然、まともなことを尋ねてくるミリー。
「トーキョーです」
おとなしく答えるノラ編集者。
「どこの店だえ?」
「イセタンの、マーク・ジェイコブズです」
いきなり導火線に火がついた。
「そんな店、ワタシは知らない!嘘つき!オマエは嘘をついている!なぜ嘘をつく!」
…嘘と言われても。
エレベーターを降りて受付に行き、届いていたゲラを受け取る。
ミリーは背後から、仁王立ちで睨みつけている。
無視してそのまま読書室に向かうと、ミリーは野犬のようにひたひたと付いてくる。
赤字を入れはじめた机の傍らに立ち、鬼教師のように監督している。
縦書きの日本語で赤字を入れている光景は、不思議な感じがするらしく、
NYC図書館やスタバで仕事をしていると、たまに見知らぬ人に
「何をしているの?」と聞かれる。
拙い英語で説明するのだが、ミリーには殊更、不思議に映るのかもしれない。
ミリーはしばらく眺めていたが、スーパーのビニール袋からノートを取り出した。
ノートは2歳児が描いた絵のような、黒いのたくり書きで埋め尽くされている。
「これは、ワタシの友達や家族の連絡先が書いてある。
だから毎日、これを見て電話をしているのに、繋がらない。
オマエの書く字と同じだから、オマエには読めるでしょう?
ねえ、ビリーの番号を見つけてよ」
ミリーはノートをめくっては、わたしに見せる。
どのページも、びっしり黒い。
そういえば、ミリーは毎日、入口脇の公衆電話に向かって、なにやら毒づいていた。
今もっている分厚いノートを手に、懸命にダイヤルしては怒っていた。
「さあ、読んでよ。お願いだから」
ミリーの薄い青の目が、ひたとわたしを見つめている。
気違いミリーが、プリーズをつけてまで掛けたい電話。
「どんな悪筆の字も判読できる!」と豪語していたノラ編集者、
かつては達筆すぎる著者の赤字に首を捻る同僚を喜んで手伝ったものだけれど。
ミリーの探している番号も、見つけられたら良かったな。