妊娠かと思い病院への道のり車の運転は幸福へのドライブでした。しかし、帰り道は頭が整理できなくて心は空っぽで、あまり感情がなくアパートに着き、夕暮れの薄明かりの中で しばらくボーッと座り込んで動けませんでした。不思議と涙は、まだ出ませんでした。病院で次の外来の日を約束して帰ってきたのは初めての生き地獄だったかなーって今、思います。あの時は、ちょーど検査結果がでた日当たりに、看護師さんから、当時は看護婦さんから電話があり、病院に来る時は家族の人と一緒に来て下さいねと言われた。私は、それでも、まだ自分の身に起こっている事の意味を受け止めて居ませんでした。空っぽのままで告知の日を迎えます。きっと周りの家族も辛かったと思います。この前の乳ガンかも事件の時は、母も妹も 泣いていましたから。その涙は、がん患者の家族だから出てきた感情と涙だったろうと思います。私も、沢山泣きました胸が張り裂けそうでした。忘れかけていた、あの時に一瞬で戻された出来事でした。

当時の旦那と母親と三人で午後3時頃だったかな、外来に着き告知を受ける事になります。

つづく