自宅警備員にも自由を感じる時間があるのか?と考えるポンコツ親父です。


自由とは?


何もしなくて良い?

何も考えなくて良い?


アインシュタインはビッグバンから136億年続くこの宇宙はこれから先のことも既に決まっていると言ってます。


136億年続いている宇宙時間の中で我々人間一人一人はたったの80〜100年程度しか存在しません。

こんな短い宇宙時間で考えると人生どころか自由な時間など瞬きする時間程もありません。

自由を感じる瞬間

私達の身体が動く(生きている)のも私達の意思で制御している訳ではありません。

呼吸や心臓の鼓動、食べ物の消化、栄養と老廃物の分別、等々自由に自分の意思ではやっていません。

赤い薬と青い薬のどちらを選択するかは私達が決定する最低0.3秒前には脳が判断しているそうです。

中には3〜7秒前には既に脳が決定しているとか。

これは世界中の脳科学者も認めています。

中には反論する人もいるでしょう。

俺(私)は自分で考えて行動しているんだ!

と叫ぶ人もいるでしょうけどその0.3秒前には既に脳が決定しているのです。


それもそのはず

脳は人間の五感を使って電気信号の速さで計算しているのですからね。

私達が自由にゆっくり考える時間とは速さが違うのです。


んな訳無い!?


では車を運転していて何かが前方へ飛び出て来たとします。

あ〜避けなきゃぶつかる〜と考えるでしょうか?

こう考える人はぶつかるでしょうね。

通常は体が勝手にブレーキ踏んで、避ける為にハンドルを右か左にきって最大限に努力しているのではないでしょうか。

そこに考える時間など存在しません。

時速300キロで走るレーサーはこの決定し筋肉に電気信号を流し筋肉が収縮する回路が強化されていると思います。

電気回路は長年使用すると内部抵抗が増えて動作に支障が出る様になるのですがそれが昨今の暴走老人に繋がるのではないでしょうか?


人生で自由を感じる時間を邪魔しているのは

労働です。

仕事している俺ってカッコいいだろ?

仕事に一生懸命な私って素敵でしょ?

など勘違いしている人は自由を感じる時間など無いか無いに等しいかで、気が付いたら老いて脳の電気信号も遅くなり信号を受け取って動く筋肉も骨も衰え、自分が仕事を教えて来た部下にも見限られ、記憶も薄れ去り老後は生きた屍となりお迎えを待つのみになる。


そこに自由を感じる瞬間はあるのか?


 

 

 

 

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