「もう、本当は歩けるのよ松葉杖なしでも」 

幸一がトイレに行こうと、部屋のドアを開けたら、電話で話す母さんの声が聞こえた。

 (そんなこと言われても、、、) 幸一の脳裏に、サッカーの試合で、相手チームの全国レベルの選手のドリブルをカットしようとスライディングしたが、相手の威力の方が数段上で、自分との違いをまざまざと見せつけられてしまった。   幸一のスライディングカットは、その威力に及ばず、はね除けられ、幸一の右足まで大けがをした。その時の痛みと恐怖、それから、何度も、松葉杖なして歩こうとリハビリをしたが、思うように歩けないもどかしさ。それに同じ四年生なのに、自分は、、、?という焦燥感。 これでは、サッカーなんてとてもできないという絶望感がぐるぐるどす黒い渦のように回っている。大人ならば、気力で乗り越えられるかも知れないが、まだ小学四年生の幸一には、思い出したら、ただただ、恐怖でしかなかった。 




「幸一、おやつよ」 母さんの声で、幸一は我に返った。 「ほら、幸一が大好きなプリンよ」 幸一は、大好きなプリンが目の前にあっても、何だかむしゃくしゃした。 「いらない!」 「でも、幸一、プリン大好きでしょ?」 「いらないったら、いらない!! 早く出て行ってよ!! プリン持って出て行かないと、これ、投げつけるよ!!」 と、幸一は、机の足下においていた、サッカーボールを指さした。その時の母さんの悲しいような困ったような顔を見て、幸一は、益々自分が嫌になった。 



こちらは、エンジェル界。 



「荒れてるね」 「荒れてますね」 二人の天使が、幸一が映った大玉水晶の前で顔を見合わせている。

 「あの子、サッカーしている時は、はつらつとして、とても元気だったのに、、、」 見習い天使が浮かない顔をした。 「先輩、あの子はまだ小さいのに、何であんなに無慈悲な目に遭わなければならなかったのですか? 

「試練だな」 「試練だけで済むことですか?」 と見習い天使が、怒り口調で言った。 

「神の御心はとても深いので、人間よりは近い我々天使でもわからないことだよ」 

「御心が深い? 本当にそうですか? あんなに元気だった子に、見るも絶えない想いをさせているのに!」 話をしているうちに、見習い天使の怒りが益々キツくなった。 「これ、神様のなすことに、我々天使風情がとやかく言えるものではない! 見習いよ、口を慎め!」 





「、、、、、、」 (こんなことでは、僕はダメになる、、、) あれから、幸一は、勉強机でうつ伏せになってうたた寝して、目を覚まして、気を取り直した。 (そうだ、これを見よう!) 幸一が机の引き出しから取り出したのは、タブレットとWi-Fiだった。、幸一が塞ぎ込まないようにと、母さんが渡してくれたものだ。 幸一は、自分にサッカーができなくなって、大好きだったキャプテン翼も見られなくなったが、母さんの名前で幸一のTwitterのアカウントを作ってくれたので、四年生だが、ツイートしたり、好きなワード検索をしていた。 

 



今日は、気を取り直して、久しぶりにキャプテン翼のワード検索をしてみた。少しでも、前進するためだ。

 Twitterツイート

 翼、人間じゃない! キャプテン翼 

 

 キャプテン翼の日向小次郎のような奴は、敵にするべきではない。 

 

 キャプテン翼の淳さまはまさに貴公子。病気でフルタイム試合に出られないなんて、酷すき😡😡etc、、、


 今日もいろいろツイートが出ているが、幸一は、三杉淳について呟いているツイートを見て、また、不快な気分になった。自分が元気いっぱいサッカーができていた時は、三杉淳に対して、がんばれ!とエールを送っていたが、松葉杖をついて、サッカーすらできないと思い込んでいる今の幸一は、 


 フルタイムじゃなくても、三杉淳は、サッカーできるだけ、まだ良いんだよ😡😡😡😡😡


 と末尾に怒っている顔文字を五つもつけて、ツイートして、速攻に、電源を切った。(見るんじゃなかった。余計に嫌な気持ちになったじゃんか) どうにも癒えない幸一のイライラは募るばかりだった。 



 またもや、エンジェル界


「あちゃー これは重傷ですよ。天使さま」 見習い天使が、もう見ていられないというように口を開いた。 「仕方ない。神の御子が地上へ降り立った日が近いから、特別、ヒントを与えよう!」 「なっ、何をするのですか?」 「まあ、見ておれ」 大天使は、何やら呪文を唱え、右手を、新体操のリボンを回すように、クルクル回した。 


 幸一が、タブレットの電源を切ろうとしたら、急に、タブレットが閃光のように光ると、一つの動画が出てきた。 幸一は、閃光に驚き、しばらくぼーっとしたまま、その動画を見ていた。 

 その動画には、小学一年生くらいと、保育園児くらいの幼い姉妹が出てきた。どうやら、その姉妹のお母さんは、ガンで亡くなったようだ。撮影したのは亡くなったお母さんの姉で、その姉妹のおばさんのようだった。 姉妹は、クリスマス前なので、お母さんが亡くなってもがんばっているお父さんに、プレゼントを贈ろうというものだった。 二人でプレゼントの相談しているところが映った。妹は、折り紙で鎖を造り、首飾りを、姉は、パンケーキを焼いて、ホイップクリームといちごでデコレーションするという小学一年生でも作れそうなものだった。動画は、そこで、次回へとなっていた。 

 大人ならば、世の中には、そういう境遇の子どもちは大勢いると、関心も示さないかも知れないが、幸一は、何だか、自分が恥ずかしくなった。自分は今は松葉杖なしでは歩けないけど、お父さんもお母さんもいる。妙に感銘を受けてしまった。(僕も、お父さんやお母さんを喜ばせたり、人に喜んでもらいたい。でも、何ができるだろう?) 



 幸一の部屋にきた大天使と天使見習い 


「幸一よ、よくぞ申し立た」 

「おじいさん、だあれ、急に現れて、それに羽なんかついてるし、、、」 もしかして、天使??? 「そうです。僕たちは天使です。こちらにおりますお方は大天使さま、僕は天使見習いです」 「大天使さま???、天使見習い???」 「エンジェル界で幸一君の憔悴ぶりを見て、いてもたってもいられずに、、、 「アニメじゃあるまいし、そんなことあり?」 幸一は目を白黒させた。 「ありじゃよ。神の御子が地上へ降り立った日が近いからのう。人間界の大人がいう恩赦のようなものじゃ」 「お言葉ですが、大天使さま、恩赦では、幸一君にはわかりずらいと思いますが」 「おお、そうじゃった。恩赦とは罪が赦されることだが、幸一の場合は苦しみを取り除くというか、なんというか、」 「えっ? そんなことできるの?」 「幸一の才覚次第なので、詳しくは言えんが、人間界の弥勒、つまり、幸一がしているTwitterで、人を喜ばせなさい。このエンジェルパウダー画像を親しい人に送って、言葉を添えること。今の幸一には、ピッタリで簡単にできることじゃろう」 そう言い残すと、二人の天使は幸一の目の前から、急にピタッと消えた。 






 我に返った幸一は、 「夢?、、、」 と目をこすってまた開けたが、そこには何もいなかった。 (エンジェルパウダー? 確か、おじいさん天使が、Twitterとか言ってたな) 幸一が再びTwitterを開くと、自分のタイムランに、匂い袋のような画像が出てきた。 (もしかして、これ? 何か簡単すぎる展開) 幸一がその画像を開くと、金色と桃色の光の粉が画面いっぱい広がった。「確か、エンジェルパウダーって、おじいさんが言っていたっけ。でも、何に使うんだろう?」 と、幸一が頭をひねったところで、 「幸一、何してるの?」 と母さんがドアを開けて幸一の部屋に入ってきた。 



「母さん、さっきは、ごめんなさい。僕、あんなことして、、、」「そんなこと良いわよ。それより、幸一、何だか嬉しいそうね。」 「そ、そう?」 幸一は、天使たちのことを言っても良いかどうか迷ってたので無口になった。 「嬉しい結構! 今日の夕ご飯は、幸一が大好きな母さん特製ハンバーグにするわよ」 「えっ、ハンバーグ!!」 幸一は、昼間のようなどんよりが嘘のように歓声を上げた。 「どうやら、元気になったみたいね。母さん、心配して損したわ。何かあったの?」 「べっ、別に何も、、、」 幸一は、やっぱり、天使たちのことは言わないようにした。 母さんが部屋から出て行くと、幸一は一息ついた。そして、大きく伸びをした。 (待てよ、エンジェルパウダーって、ハンバーグ?、つまり良いことが起こるってこと???) 母さんの特製ハンバーグはとても美味しい。美味しそうな肉の匂いがして、食べたら、肉汁があふれてくる。それに、ハンバーグに添えているポテトサラダとブロッコリーとプチトマトを一緒に食べたら、とても美味しい。そうだ、きっと、そうだよ。天使さんたちが出してくれたから、エンジェルパウダーの画像を開いたら、良いことが起こるんだ。 


次の日、幸一は、学校から帰って来ると、早速、勉強机に向かい、タブレットを開いた。Twitterの画面にすると、返信欄を開いた。すると、昨日、幸一が呟いた三杉淳のツイートに対して、何件か返信が来ていた。 


淳さまのことをそんな風に言うなんて鬼畜! 


三杉君の大変さがわからないなんて、なんて奴だ! 


珍しい意見だ!君、大丈夫?、何かあったの?etc.・.・・ 


(何?これ?) 幸一はTwitterが大変なことになっていることに驚いた。 (そうか、昨日、僕が自棄になって、あんなこと書いたから、、、でも、Twitterって怖っ!) 幸一は、10件くらい着ている返信を見て呆然とした。 (どうしよう、、、? ) 幸一はしばらく考えたが、どう返信して良いやらわからない。(ん、、、そうだ、エンジェルパウダー!) 幸一は天使たちがくれたエンジェルパウダーの画像を思い出すと、後は、どのように返信したら良いのか、スルスル浮かんできた。 


すみません。昨日の僕はどうかしていました。この画像はエンジェルパウダーといって、クリックするとティンカー・ベルのような光の粉が出ます。それを見たら、良いことが起こるかも知れない。おわびに。 


 と、幸一は、この文面と似たようなものを返信をくれた一人一人に送った。 (これって、誰かを喜ばせることになるのかな?) 幸一はよくわからなかったが、とりあえず、昨日の自棄ツイートのおわびはできたと思った。 



それから数日後のクリスマスイブの日。 

 幸一は、あれから、エンジェルパウダーの画像を送ったことへの返信が何もなかったので、母さんの特製ハンバーグが晩ご飯だった日のことは、自分の早とちり解釈だと思い初めていた。 でも、サッカーができなくなって、何もすることがないので、今日も惰性でTwitterを開いた。 すると画面下のベルのお知らせマークが、エンジェルパウダー画像を送った分の数だけ返信が着ていた。早速開いてみると、 


なんかスゲー!エンジェルパウダーだっけ?あの画像を開いて、しばらくしたら、ケンカしてた恋人から連絡があった。ありがとな☺ 


あの巾着みたいな画像開いた次の日に、探しても中々なかったマンガが見つかった!サンキュー、いじけたサッカー少年! 


エンジェルパウダークリックしてから、競争率が高いコンサートのチケット取れたよ。ありがとう。


など、みんな、感謝の返信ツイートばかりだった。 幸一は、それらのツイートをすべて読んだら、何だか、サッカーでゴールを決めた時みたいに、嬉々として体が軽くなって、タブレットを持って、居間にいたお母さんのところへ走って行った。 


 「母さん、見て見て!」 幸一は満面の笑みで母さんにすり寄るが、母さんは、びっくりしたような目で幸一を見た。 「幸一、あんた、松葉杖は?」 「へっ?」 幸一は松葉杖なしで母さんがいる居間まで行ったことにようやく気づいた。 「えっ、やった! 僕、何にもなしで歩けたよ。こんなことって、、、」 幸一は、今まで落ち込んでいたことや不機嫌な自分を思い出したが、そんなことよりも、歩けたことがジャンプしたいほど嬉しく、嬉し泣きで涙が出てきた。 「幸一、良かった、本当に良かったわ」 母さんも幸一をぎゅっと抱きしめて、涙を流して喜んだ。 



 こちらはエンジェル界


「大天使さま、、、」 見習い天使も大粒の涙を流しながら、幸一が映った大玉水晶を見ていた。 「こういう仕掛けだったのですか?」 見習い天使は、尊敬のまなざしで大天使を見つめた。 「いや、なに、私は、エンジェルパウダーを与えただけじゃよ」 見習い天使は、本当に困っている地上の子どもたちにこんな奇跡を何回でも起こしたいと思ったが、それが安易な方向に流れる心配も考えなければと思った。

 

 でも、今夜は、クリスマスイブ。 幸一を初め、地上の子どもたちがみんな幸せであるように、空中の神殿がある方を見て、お祈りした。 


「大人も、幸せにのう!」大天使。 

 星空のTwitter。