この作品は、本当に素晴らしく、かつ今後の地球の未来を鮮明に描いているように思いました。こうなってほしくは決してありませんが、昨今のaiの発展はめまぐるしい超速で進化しており、人間の知的好奇心の探求、進化したい欲求の潮流は、もはや止めることは出来ないと思われます。
イーロン・マスクさんやダリオ・アモディさんら、超天才を呼ばれる方々の話や警告は、私のような超凡人が考えるよりも遥か先の速度で訪れると思われます。しかし、この世に絶対はありません。超自然現象のようなaiでも防ぐことの出来ない、地球自身の自浄作用によって、全てが御破算になってしまう可能性も否めないと思います。
私たちは①今すぐaiの進化を破壊するのか?、もしくは②aiとの共存共栄を目指すのか?という、最後の岐路に立たされているのかもしれません。そこで凡人の私が、恥ずかしながら仮設立ててみたいと思いました。なお、この仮説に対しては、チャットGPTやジェミニなどの、aiツールに質問したものをコピペしたものではありません。ですので、ツッコミところ満載だと思います。
私は、自分の頭脳で考えることがとても大切だと思いました。ですので、私のような低スペック脳で、時間的にも眠い時間帯に記載するので、申し訳ありませんが、ご了承お願い申し上げます。
多くの方々は、②を選択した方が良いと思われるのではないか?と私は考えてしまいます。けれど、aiとの共存共栄は、私は難しいのではないか?と思ってしまいます。理由は、人間がツールであったはずのaiを、制御できなくなるからだと思うからです。
はい、ガッカリしましたよね?、その程度の意見しか、あなたの頭脳は想像できないのか?と。だからあなたは凡人中の凡人ですね。はい、その通りです。申し訳ありません。
あまりにも便利過ぎる世の中で、全てが最適解された世界。完璧な世界は、地球自身からみたら、とても歪な世界に映るのかもしれません。あらゆる生物の世界は、残酷であり、生存競争に懸命になり、辛いことの方が多いと感じることが多いのではないかと私は思います。ただ、その苦しみを乗り越えた時の達成感、困難に打ち勝ったという成功体験からくる自信感、家族や友人などの周囲から認められることによる自尊感などの、喜びの感情も得られることがあります。けれども苦しみの方が多いと感じるのが、あらゆる生命体の人生ではないかと私は思います。
その競争に敗れたり、自ら離脱することを選んだりなどで、結果的に自然淘汰され、その各生物の競争社会で勝ち抜いたもしくは強運のDNAが、次世代となり未来へ繋いでいく。これが地球に生命体が誕生してから、連綿と続いてきた事象だと思います。
食物連鎖の頂点に立っているとされている人間にとって、最適化された完璧な世界。それは一か所に溜まった水たまりのように最初は澄んだ透明な、なんて素晴らしい世界なのだと歓迎されるかもしれません。けれど、そこには水の流れがなく、淀みが生じます。するとその水たまりは、やがて腐敗してしまいます。
ラットの楽園実験が有名な事例としてありますが、この実験の結果を人間に置き換えると、現在の日本の姿と重ならないでしょうか?。もちろん、私もその中の一人に入りますので、偉そうなことは言えません。
該当しない人もおられるとは思いますが、私の独断&偏見的主観感なのですが・・・。敗戦後の日本は、とにかくお腹いっぱいご飯を食べたい、雨風凌げかつ衛生的な家に住みたいなど、まぁ他にもあったと思いますが・・・。
何が言いたいのかと言いますと、基本的な衣食住が満たされることが最も大切な欲求だったと思うのです。
私たちの先人の方々の懸命な頑張りにより、現在は多くの方が、ギリ健康で文化的な最低限の生活以上を送っているのではないかと思っています。そのような状況でない方々ももちろんいらっしゃると思いますし、価値観は十人十色異なりますので、あくまで私の独見主観です。
先人たちの頑張りにより戦後復興を経て、現在は美味しいものが多く誕生し、あらゆる便利なものが溢れかえるように増えました。
テクノロジーなどあらゆる分野・業界の進化もめまぐるしく、私たちはその進化を当たり前のように享受させてもらい、これがいつの間にかデフォルトであるかのように生活しているように私は思ってしまいます。
蛇口を捻れば清潔な水が出る、スイッチをポンと押せば、コンロの火が付く。動物たちの肉は残酷さを感じないように、食べやすいように料理しやすいように清潔かつ加工された状態で店頭に置かれているなど。
人々はもっともっと便利な世の中を追及し、刺激を求め、出来るだけ安全でかつ出来る限り楽をして生活できるようになりたいと追求するという、戦後復興と共に、欲求の内容がグレードアップしてきたと思います。
その結果、ブルーワーカーよりもホワイトカラーの職を希望する人間が増えたのは、当然の流れでした。ホワイトカラーが楽な仕事だと決めつけている訳ではありません。かつ私がホワイトカラーから現在のブルーカラー職に転職したから述べている訳ではありません。私は長くなるので割愛しますが、色々あってブルーカラー職を選択するという結果になりました。
現在ホワイトカラー職のある分野の人手は(もちろん職種にもよりますが)溢れかえり、ブルーカラー職は人手不足に陥っています。ホワイトカラー職、ブルーカラー職、どちらを選んでも、人間の醜さや理不尽、だれがどう見てもおかしいと思われる決定や、達成が自分の精神を蝕むような無理難題計画が、何故か採用されるという、みんなアタオカじゃねーかと理解しているが、決して口外できない暗黙の了解という、小学生低学年の子供をもし持っていたとして、どう説明したら納得されるのか、大人になったらわかるよ等という訳のわからない説得力のない説明しか出来ない、連綿と続くように感じられる残酷で狂った社会の姿が、現在の日本だけではなく世界の姿ではないかと。
そのような状況下であっても、一凛の華のように、人生でぱっと幸せを感じる瞬間はいくつもあると思います。けれどその瞬間は、なぜか長くは続かないと感じる方が多いかもしれません。私はそのように感じてしまいます。ですので、私は、反出生主義とは少し異なるのですが、自分の子供がこのような経験をしたことで、自〇を選択してしまったり、辛く悲しい気持ちから、良からぬ方向へいってしまった場合に、私自身が責任を持てない、私の精神が崩壊してしまうと思うから、自分の子供は持ちたくないと思ってしまいました。もちろん私は、このようにこねくり回して物事を考えてしまう超ヘンコ人間なので、結婚できないという自覚はあります。
①今の世の中はおかしいと感じるので、自分の子供を持つことによって、このような残酷で辛いことの方が多い世界を、経験させたくないという理由。
②自分の幸せ(子育てなんてしたくない、自分の時間がなくなるから等)や欲求を第一に考えたいという理由。
③嫌なことはしたくない、そしてそれが今の日本では、まかり通ってしまう世界戦があり、真面目にしてたら馬鹿を見るという風潮がまかり通ってしまっている理由。働けど働けど、一向に生活は楽にならない感。非常に理解しずらい、私よりも遥かにこねくり回された、どう考えてもおかしい各種税金や社会保険料の抜け穴などの矛盾した制度設計など。
①~③のような理由から、出生率が急激に低下しているように思います。このような流れは、特に先進国で起こっているというのは、単なる皮肉ではないでしょう。みんな奴隷になるのは嫌ですし、自分の子供が奴隷になるかもしれないと思うなら、だれが自ら望んで子供を持ちたいと思うのでしょうか?。これはある意味、静かな怒り・抵抗なのではないかと思ってしまいます。
ただ私の場合は、私自身の努力不足なのでは感は、決して否めません。確かに就職氷河期世代ですが、私は『逃げてきた分だけ距離があるのさ、愚痴るなよ自業自得だろ』というBumpさんの歌詞を聞くといつも涙が出てしまうのは、その自覚があるからです。
そして人々は、心身が疲弊し、FIREを目指すような傾向に欲求がさらに変容してきました。
仕事行きたくねーなぁ、働かずに遊んで暮らしていけたらいいなぁ、そもそも俺は私は、何のために生まれてきたんだ?苦しむためなのか?と思考チェンジが起こってきたのではないか?と思います。
先進国の世界各国で急速に進行している少子化問題という喫緊の課題と、多くの人間の欲求である、労働しなくても好きなことだけしていて生きていく社会を形成するにはどうすれば良いのか?という問題に対応するため、aiの開発は目まぐるしい速度で発展しました。アンソロピック社の某ツールによって、ホワイトカラーからブルーカラー職の方が稼げる時代へとゲームチェンジが起こりつつありますが、これはイーロン・マスクさんのお言葉をお借りすると、労働からの解放の初期段階の副作用である痛みの段階だと私は思います。
これからはブルーカラーの時代だと歓喜の声を上げる方々もいらっしゃるかもしれません。しかしASIの進化が目まぐるしく、あらゆるホワイトカラー職のみならず、あらゆるブルーカラー職の仕事、はたまたこの世のあらゆる仕事というカテゴリーが、ヒューマノイドによって奪われる未来が現実味を帯びてきました。私たちが予想するよりも、遥かに速く・・・。
このまま行くと、シンギュラリティが起こる未来はもはや必然の流れであると容易に考えられます。そうなると人間では制御できず、全世界はどのような社会を形成していくのか?、誰にもわからないと思います。
パッと思いつくのは、SF映画のような人類滅亡などや、私たち人間は、今後なにを生きがいとして生きていくのか?、自室にこもる哲学者的な人々が増えたり、逆に楽園実験のような、人間同士がやはり争いを起こし、自滅の道を辿るのか?と私は思いました。
そこでタイトルに書かせていただきましたが、火の鳥・未来編はすごいアニメだと感心させられました。私は火の鳥・未来編のような、古代から現在まで破壊と創造を繰り返し、文明が地球自体を滅ぼしかねかい危機に瀕するまでに進化し過ぎた時に、発展し過ぎた文明は全て一旦全て消し去られ、長い年月を経て、もう1度0から進化をし → 進化が地球限界ギリまで成熟 → 全て進化を消去 → もう1度0から・・・以後繰り返しという、都会でいうところの、繰り返し再開発(スクラップ&ビルド)が地球でも繰り返されているのではないかと思いました。
だいぶ前置きが長くなってしまいましたが、そこで上記で記した②のaiとの共存・共栄は、私たち人類を自滅に追いやるキルスイッチとの諸刃の剣であり、やがて制御不能となる未来が否めないことから、無理なのではないかと思います。
では①の今すぐaiの進化を破壊するのか?というのが正解かというと、今の世界の流れでは、無理だとも思います。では何が正解なのかというと、シンギュラリティは止められない、止めようとしても、人間の知的好奇心・探求心という欲求からaiのさらなる進化は止められないのが正解なのではないかと思います。
私の本音は、シンギュラリティが起こらない、人間が制御できる範囲でaiの進化を止め、人間の存在意義、aiの存在意義、双方の面から考え、どうすれば共存・共栄し、この地球を次世代へあらゆる面で美しい状態で繋いでいくにはどうして行けば良いのか?、協力しあえる世界になってほしいと願っています。たとえ綺麗ごとだと言われても、それが私の願いです。
では私に何ができるのか?正直わかりません。
正直わからないけど、毎日出来るかわからないけど、この当たり前のように暮らさせてもらっている日々に感謝しながら、常に自分の頭で、いま私にできることは何かを考え、例えそれがいまの時代遅れのやり方であっても、それが私にとって良いこと・やろうと思うことであるならば、恐れずに行動していこうと思いました。
ここまで長文をお読み下さった方々、誤字脱字、変な文章や言い回しがあったかもしれません。本当に申し訳ありません。そして本当にありがとうございます。
火の鳥・未来編、本当に素晴らしいアニメなので、ぜひ多くの方々に観ていただきたいと思います。