【内観(4)】から続く〉

 

 先に述べたオウム真理教時代を反省する総括文書は、2008年7月にまとめ上げて公表したのですが、ちょうどそれと前後するように、私はある方とお知り合いになる機会をいただきました。

 それは、Mさんという女性です。

 Mさんのご主人は、地下鉄サリン事件の被害者でした。Mさんいわく、ご主人は幸いにも軽傷だったそうですが、それがきっかけとなって、Mさんご自身は、サリン事件被害者のケアを目的とする活動に従事していらっしゃいました(なお、Mさんご自身もご主人の病院に駆けつけて以来、化学物質過敏症のような症状を呈するようになり、二次被害を受けた可能性があるとのことです)。

 また、Mさんは、こうして被害者を支援するだけでなく、被害者と反対の立場の加害者――つまり、犯罪を犯した人を更生させる「保護司」でもいらっしゃいました。保護司とは、保護観察処分を受けた犯罪者等を社会復帰させるために働く方のことです。

 それだけに、Mさんは、オウム事件以降、被害者のみならず加害者側のオウム信者にも心を向けてこられたのです。Mさんは地下鉄サリン事件が発生した1995年に大学院に社会人入学し、「宗教と犯罪」をテーマに修士論文を作成していますが、その中で、オウム信者に関心を持った動機について、次のとおり書いていらっしゃいます。

 「彼ら(オウム事件の実行犯ら)も、見方を変えればマインド・コントロールによる被害者であるようにも思われてくるのである。
 何故ならば彼らが生まれながらにして凶暴な性格の持ち主であったり、極悪非道な人間であったという話は聞かない。
 それよりはむしろ『将来は人のためになりたい』と医学へ道を進んだ被告人、あるいは、細菌兵器開発に携わったことを告白した元信者のように、『一人でも多くの衆生を救済するために入信した』と、云う人も多いのである。
 また、地下鉄サリン事件の、主導的役割を果たしたとされる被告人は、『尊師の指示の実践は、まったく救済になっていない』と証言しているが、無差別殺人行為がなぜ『救済』になるのか、については何も説明されていない。
 とはいえ、彼らをして、地下鉄にサリンを発散させる行為が人類救済に繋がるという思想的確信を持つに至らしめたのが、いわゆるマインド・コントロールなのであろうか。
 その多くは最高学府で学び、合理的、理性的であるはずの人間が、何ゆえに犯罪行為を正当化するような思想にコントロールされていったのであろうか。
 そしてまた、実行犯を背後から操ったとされている教祖麻原は、一体何の目的で信者に犯行を行わしめたのか、という点にも疑問が残るのである。
 将来は立派な社会資本にもなり得た彼らが、現世利益を捨ててまで赴いた宗教教団の犯罪であることに、やり切れない憤りを覚えると同時に、二度と再びこのような悲惨な犯罪が繰り返されないことを願い、本論文では三つの問題に沿って対策を検討していきたいと思うのである。」

 そして、Mさんは、この論文の中で、なぜ宗教団体の信者が犯罪を行ったか、マインド・コントロールとは何か、マインド・コントロールから脱けることはできるのか、という三つの点について仔細に論じていらっしゃいます。

                                   (【内観(6)】に続く)