原告と被告の医師意見書に相違、最高裁に判断仰ぐ

2013年4月26日 橋本佳子(m3.com編集長) 

 「判決は、私どもの主張をよく理解し、認めていただいた。私どもの協力医の鑑定意見書をほぼそのまま採用していただいた。満足すべき内容の判決になっている」(死亡女児の両親の代理人弁護士の澤藤統一郎氏の記者会見でのコメント)

 「重症大動脈弁狭窄症は稀な疾患で、新生児での心雑音は、音量も小さく、聴取は容易ではない。聴取できないことが産婦人科医の過失に結び付けられることには、大きな憤りを覚える。今回の判決が残されると、産科医は今後の診療に重大な支障を来す」(被告医師の代理人弁護士が記者会見で公表した、埼玉医科大学産婦人科教授の亀井義政氏のコメント)

 生後1カ月余りの女児が急性左心不全で死亡した事案で、東京高裁は4月24日、被告の清水産婦人科クリニック(東京都江東区)の控訴を棄却し、同クリニックの過失を認めた一審の東京地裁判決を支持、5880万円の損害賠償の支払いを命じた。控訴審判決を受け、同クリニックは同日、最高裁判所に上告受理申し立てをしている。

  「医療過誤訴訟が診療体制の向上に」

 24日の控訴審判決後、女児の両親は会見。父親は、「クリニックのレベルの低い診療や改ざん行為は絶対に許されない。新生児に対する知識がないだけでなく、ずさんな診療が子どもの命を奪った。改ざん、虚偽の証言をした医師は社会的制裁を受けるべき」とコメント。母親は、「クリニックで、最後までまともな診療を一度も受けなかったために、子どもは命を失った。院長はカルテを改ざんし、法廷では自分が診察してカルテを書いたという虚偽を述べ、責任逃れの隠ぺいを図ったことは、とても許されない行為」と涙を流しながら語った。

 両親が言及したように、原告は、診断・転送義務違反はあったことに加え、女児のカルテの改ざんがあったと主張していた。この点について、東京地裁判決は、「改ざんがあった」とは認めていないものの、「(カルテの)信用性は極めて乏しいものというべき」と指摘、判決の判断の際には「重きを置くことはできない」としており、東京高裁判決もこれを支持している。

 代理人弁護士の澤藤統一郎氏は、本判決の影響について、「控訴人代理人は、原審判決について、『とんでもない判決。医療現場の能力や体制を無視した不可能を強いるもので、こんな判決が出るようでは、産科、新生児科はやっていられない』などという極論を述べていた。しかし、私は全くそうではないと思う。現在の体制でやるしかないのか。そうではなく患者の意向をくんで、患者が納得する、患者のためになる治療体制に一歩でも近づけることができるかという問題だと思う」と述べた上で、次のように付け加えた。「患者にとって朗報の判決が出るたびに、『医療を荒廃させる』『不可能を強いるもの』などという医師側からの反論は随分あった。しかし、時が経つにつれ、判決の水準を全うすることが当然の医療水準になっていく。一つひとつの医療過誤訴訟が、現場の診療体制の向上につながるものだと思っている」(澤藤氏)。

 「重症大動脈弁狭窄は極めて稀」

 被告となった清水産婦人科クリニックの代理人弁護士は、控訴審から井上清成氏、小野英明氏らが担当。

 控訴審判決後の記者会見で、小野弁護士は控訴審の経過を説明。被告側は、前述の埼玉医科大学の亀井氏のほか、3人の小児循環器専門医の意見書を提出、それらを基に、(1)カルテ改ざんは一切ない、(2)本件の新生児は、重症大動脈弁狭窄症という極めて稀な先天性疾患(おそよ新生児9万6000人に1人)、(3)新生児の心雑音は聴取不能あるいは極めて困難、(4)重症大動脈弁狭窄症による突然死の可能性があり、1カ月健診で新生児の非特異的な心不全症状などをもれなくすくい上げるよう産婦人科医に求めることも、実践不能な規範を課すもので許されない――と主張していたという。

 本裁判では、出生時および1カ月健診で、清水産婦人科クリニックが重症大動脈弁狭窄症を診断し、専門病院に転送する義務があったか否かが問われたが、控訴審判決後の原告側と被告側、双方の関係者の受け止め方は大きく異なっていた。これは事案をめぐる医学的判断が双方で異なっていることを物語るとも言える。

 「経験が浅い医療者でも心雑音の聴取は可能」

 本件で死亡した女児は、2007年9月29日に清水産婦人科クリニックで出生、10月5日に退院している。10月29日に、同クリニックで1カ月健診を受けた。11月5日の夜に大量に嘔吐、その翌日に呼吸停止になり、救急搬送先で死亡した。東京都監察医務院での行政解剖により、直接の死因は急性左心不全であり、大動脈弁狭窄兼閉鎖不全症が原因で、さらにその原因は二尖弁大動脈弁があるとされた。

 新生児の両親は、翌2008年4月に証拠保全、同12月に提訴、2012年10月25日に東京地裁が一審判決を言い渡している。

 争点は、(1)出生直後の心雑音の聴取、(2)1カ月健診における全身症状診察――により、大動脈弁狭窄症を診断し、専門病院に転送できたか否かだ。

 控訴審判決は、ほぼ原告側の主張を認めた一審判決を支持した内容だった。女児の体重変化や解剖の所見などから心不全の進行の状況を判断、(1)出生時から生後23日目までは十分な心拍出量があったものと推測され、たとえ経験が浅い医療者であったとしても、実際に聴診を行う、あるいは真剣に心雑音を聞こうとすれば、心雑音の異常を聴取することができたものと認めるのが相当、(2)遅くても1カ月健診時においては、体重増加不良とその他の全身症状の精密な観察によって、全身症状の悪化を把握して、心疾患を診断すべきだった――とし、清水産婦人科クリニックには、大動脈弁狭窄症の診断と専門病院への転送義務を怠った過失があると認定した。

 なお、カルテ改ざん問題について、小野弁護士は、「一審判決を受けた報道の一部には、同判決が『カルテ改ざん』を認定していないにもかかわらず、裁判所が改ざんを認めたとするものがあり、医師の名誉が不当に棄損された。控訴審判決でも、改ざんがあったという認定はなされていない」と述べ、否定している。

 「臨床現場の感覚から逸脱している」

 さらに、代理人弁護士で医師でもある、山崎祥光氏も、医学的観点を踏まえ、「判決のポイントは、一つは、重症大動脈弁狭窄症という疾患の特殊性を理解していない点。もう一つは、新生児の心疾患を退院時まで、また1カ月健診でいかにしてスクリーニングするかを全く考えずに出されたという点が挙げられる」と指摘する。

 「大動脈弁狭窄では、非特異的でやわらかい雑音しかせず、特に重症例では心雑音が消えたり、全く聞こえないこともあると教科書には書かれている。しかし、裁判所はどんなに経験が浅い医療者であっても、注意して聞けば聞こえたと判断している。これは全く現場感覚から逸脱していると言わざるを得ない。また臨床症状についても、呼吸状態の異常や、ミルクの飲みが悪いなど、他の病気でも出るような、また健康な子どもでも多少は見られるような非特異的な症状しか見られない」(山崎氏)。

 控訴審は、2013年2月27日に口頭弁論が開かれ、1回で結審した。井上弁護士は、裁判所が控訴審で十分な医学的な検討がなされなかったことを問題視、「当方の医学的知見に基づく主張を顧みることなく、再び誤った判決を下した」と指摘。新生児スクリーニングを担当する産科医や小児科医など、控訴審判決が医療の現場に混乱を来すことを懸念し、最高裁での判断を求めるために、上告受理申し立てをしたと説明している。