東京医科歯科大学、研修医セミナー第23週「漢方」─Vol.2
2013年4月9日 研修最前線  カテゴリ: 一般内科疾患・投薬に関わる問題・その他

漢方は「足し算の結晶」と語る新見正則氏。
マウスの心臓移植で漢方の実力を探る。
西洋薬にはない作用機序も魅力だ。
まとめ:山田留奈(m3.com編集部)

漢方で新型インフルを予防

新見 じゃあ、漢方薬って本当に効くのか――。ラムネと変わらないのではないの。僕はそう思っていました。

 僕は、「補中益気湯の新型インフルエンザに対する予防効果」という研究をしました。2010年の第107回日本内科学会総会プレナリーセッション、つまりベスト15演題に選ばれて講演しました。新聞でも報道されました。

 どういう研究か。漢方を飲んでいると風邪を引かない。そんなこと信じられないですね。でも多くの漢方を処方した経験がある医師は、漢方を飲んだ人は風邪を引かないという印象を持っている。その印象が本当かということを検証したかった。

 3年ぐらい前、新型インフルエンザが流行した。ウイルスが原因で風邪を引くと分かったのは20世紀です。その昔は急性発熱性疾患だから、漢方の知恵で言えば、風邪を引かないならインフルエンザにもなりにくいはずだ。当然、新型インフルエンザもなりにくいはずだというのが僕のストーリーだった。

 そこで、僕が週1回アルバイトに行っている病院で、補中益気湯という気力、体力がつく漢方を飲んでよと言ったら、たまたま半分の人が飲んだ。半分は漢方なんか効くわけがないと言って飲まなかった。0、1、4、8週に全員を診察した。そうしたら、飲んだ人は1人、飲まない方は7人がH1N1に罹った。

  ただ、これってくじ引き、ランダム化していませんよね。漢方を飲もうという人はバイアスが入っている。手も洗う、うがいもする。よく寝る、よく食う。「差が出るのは当然です」と言われる。いいじゃない、それでも。「漢方は安い、不快な作用もない。漢方を飲んで、うがいして、手を洗って、寝て、食えば、たった1人」。これで僕的には納得したわけです。幸い『British Medical Journal』という雑誌のオンライン版に載せてもらいました。

 僕としては、漢方が効いていると思います。

漢方は「足し算の結晶」

 新見 じゃあ、漢方が効いているとして、何が効いているんですか。その答えは「漢方薬はあえて生薬を足している」ということ。漢方は「足し算の結晶」と覚えてほしい。例えば葛根湯は生薬7つで出来ている。でも1個ずつに切り分ければ、それぞれは民間薬。ハトムギって皮膚にいい、アロエって切り傷にいい、センナって便秘にいいみたいな、そんな知恵は当時からあった。漢方はそれを足していったのです。

 まず民間薬1個を調べた。民間薬で有名な「熊胆」。本当に熊の胆嚢です。それが、「癪」という急性の上腹部痛、今で言うと多分、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胆石発作あたりにすごく効いたらしい。「らしい」って言っているのは、本当かどうか分からないから。僕が知っている情報は、熊胆が同じ重量の金貨と交換できたということ。効かなきゃ交換しないよね。

 では、熊胆の中から効く成分を見つけよう。1927年に岡山大学の正田先生により主成分は見つかり、ウルソデオキシコール酸と命名した。その後、薬理学の先生が亀の甲羅構造を同定。そうすると次には、熊を殺さなくても石油から化学合成できるようになる。それが現在のウルソという薬です。

 僕のライフワークの1つは、移植免疫学。マウスのお腹に心臓を移植すると、一定期間は動いているけど、通常は10日ぐらいで止まる。移植心臓が止まってもマウスは自分の心臓があるから死なないです。この心臓移植マウスに、ウルソを1回だけ打つと、移植した心臓が止まらない。なるほど、熊胆の主成分は移植免疫にも効果があるぞと。

 ただ、これは「引き算の考え方」なんです。胆嚢の中に効く成分があって、ウルソという薬になりました。移植にも効きました。大切なことは、もしこの中で急におなかが痛くなった人に、ウルソを飲んでもらっても効かないことです。ウルソは慢性肝炎や肝機能改善、胆石に効く薬だから。熊胆から様々な成分を除いたから、癪に効いた成分がどこかにいってしまったということ。誰もウルソと金貨は交換しないでしょう。

 漢方の併用は何が起こるか分からない

新見 六君子湯は食欲がない人に食欲を出します。これを10年前の僕に売り込んでも、「僕は漢方嫌いだよ、サイエンスがないから」と返事をしていたでしょう。実は、六君子湯にはサイエンスがある。六君子湯に含まれる陳皮にはヘプタメトキシフラボンという純粋な物質があり、これが食欲増進ホルモンのグレリンの抑制を抑えて食欲を増す。

 じゃあ、薬剤としてヘプタメトキシフラボンを作ればいい。そう思いますよね。ただ、それじゃあ漢方の魅力を説明できない。だって、陳皮ってミカンの皮ですよ。ミカンの皮を食えばいいのか。昔から何でわざわざ六君子湯という、陳皮以外に、蒼朮、茯苓、人参、半夏、甘草、大棗、生姜という8つの組み合わせが残っているのか。漢方薬は足し算だから、いろいろなものが治る可能性がある。六君子湯のターゲットの一つは食欲増進。その機序が一番上にあるということに過ぎない。

 漢方の組み合わせは本当に意味があるのか。それを証明するために、今度は心臓移植マウスにゾンデで漢方を直接飲ませました。そうしたら、一番効いたのは柴苓湯。100日以上止まりませんでした。柴苓湯というのは、小柴胡湯と五苓散の足し算です。小柴胡湯は全然効かないが、五苓散と小柴胡湯を足したらすごく効きます。これから分かることは、純粋なワンピークだけが有効なのではない。少なくとも複数のピークが有効なのだということです。

 ただ、僕はこれでは不満です。小柴胡湯は7つの成分からなっています。どれを1個ずつマウスに飲ませても心臓は最大18日で止まります。五苓散は5つの成分で出来ており、どれも1つずつ飲ませると効きません。少なくとも12全部足したものの名前は柴苓湯といいます。それはものすごく効きます。

  少なくともと言ったのは、要らないものが入っているかもしれないから。それをどうやって調べるかというと、1個抜けばいいのです。12の柴苓湯から1個足りない柴苓湯を作ればいい。柴胡がない柴苓湯を作って、それが100日以上だったら柴胡は不要という意味です。そうやって12個調べればいい。

 そうすると答えは、茯苓を抜けば全然効かない。黄今を抜いたら全然効かない。大棗、生姜あたりは抜いても少しは効くけれども、100日にはならない。やっぱりお前、いなきゃ困るよと。つまり、みんな必要なのです。これが漢方の魅力だと思っています。

 次に、心臓移植マウスには6つの生薬から成る当帰芍薬散が効きました。これは47日まで心臓が保ちます。でも、先ほどとは違い、その中の2つ、芍薬と川弓だけを選び出した方が効きます。茯苓がいると足を引っ張る。つまり、漢方薬の中には効果を抑えるものが入っているということが時々あります。


12ある成分のどれかを抜くと、移植心臓の拒絶が早くなる。クリックすると大きな画像を閲覧できます。
 漢方を使おうと思った場合に注意がいるのは、西洋薬は効く薬と効く薬を足したらもっと効きます。でも漢方は、場合により足を引っ張る成分が入っていることがあるから、一番効く薬と2番目に効いた薬を足すと効かなくなるということが起こり得ます。歴史的に相性がいい漢方はいいけれど、勝手にどんどん使うとかえって効果が落ちることがあると、覚えてもらえればいいかと思います。

 なお、茵陳五苓散を投与しても38日になります。これは西洋薬っぽく、茵陳蒿だけで効く。「何が効いているのか」という今風の質問に答えるときには「茵陳蒿という生薬が効いている」と説明しやすい漢方薬です。

においでも効く漢方

新見 師匠の松田邦夫先生がなぜ漢方にハマったかというと、お父さんが漆塗りの人間国宝で、天皇陛下と親交が厚かったらしいです。「天皇家は漢方だぞ」と言われ興味を持ったと聞いています。

 松田先生は、東大を辞めて漢方を勉強するのに大塚医院に行きたかった。そのため、4年間はある商社で、今で言う産業医になった。著書にはこんなことが書いてあります。「私は以前に商社の診療所に勤務していた。神田の問屋街の一角の8階建てのビルである。診察室の隅に漢方の調剤コーナーをつくった。そして調剤には、結婚退職をしたけれども妊娠しないという人に来てもらった。ところが、半年ぐらい過ぎて一通りできるようになると妊娠する。そしてまた別の人に来てもらって同じ講義をしたら、また妊娠した」――。こんなこと信じられないよね。だって、妊娠させる漢方というのは当帰芍薬散が有名ですが、薬剤師は当帰芍薬散を飲んでない。粉末が飛ぶか、においを嗅いで妊娠したという意味だから、信じられない。

 松田先生は「これはさすがに思い込みだろう」と思って実験をしました。何をするかというと、心臓移植マウスに飲ませて効いた順は、1番は柴苓湯、2番目は当帰芍薬散。飲まさず、漢方のにおいだけを嗅がせたら、柴苓湯は無効だけど、当帰芍薬散は有効。少なくともマウスでは当帰芍薬散のにおいでも効くことが分かった。さらにマウス前頭葉を壊して、嗅覚を無くすと、当帰芍薬散もにおいでは効かない。つまり、においが大脳に働いて末梢の免疫系に何かしているというところまでは言えます。

 ということで、少なくともマウスを使った移植免疫という領域だけでも、漢方の作用機序は4つあります。(1)すべての生薬が必要なパターン(2)作用を減弱する生薬が必要なパターン(3)一つの生薬で効くパターン(4)吸入で有効なパターン。