術後ミス、償いの決意は今も

骨粗鬆症の時代─Vol.2(失敗の研究)

2012年4月25日 星良孝(m3.com編集部) カテゴリ:リウマチ・一般外科疾患・整形外科疾患

治療成功からさらなる患者の回復を実現しようと動いた矢先に想定外の事故。
患者は寝たきりとなりそれ以降、回復しなかった。脳裏から離れない失敗。
骨粗鬆症を治し、回避できる骨折は防ごう。何とか償いたい。決意は今も。


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宗圓聰(そうえん・さとし)氏。近畿大学医学部奈良病院整形外科教授。1952年生まれ。78年京都大学医学部卒業。80年近畿大学医学部整形外科学教室助手、88年、米国ハーバード大学に留学、98年近畿大学医学部整形外科学教室助教授。2004年近畿大学医学部奈良病院整形外科・リウマチ科教授に就任、現在に至る。
 近畿大学医学部奈良病院整形外科教授の宗圓聰氏は、自らの臨床観を変えた失敗までの経緯を前回までに語った。

 70代の女性の人工膝関節置換を成功させた後、リハビリで歩けるようにしようと、さらなる改善を図っていた。リハビリを次の段階に進めようとした矢先、患者の6カ所もの椎体骨折を一気に起こしてしまった。

 患者はそれ以来、寝たきりの状態になった。良かれて思って実施した積極的なリハビリが裏目に出てしまった。

目に見えていなかった
 「関節に目を向けるばかりに、私には骨折のような関節以外の問題にはなかなか目はいかなかった。骨には関心がほとんどなかった」と宗圓氏は反省の思いを述べる。関節のみならず、背骨や四肢の骨を含む骨格系全体への気配りが足りなかったという。

 宗圓氏が経験した椎体骨折の発生は、背景に骨密度の低下と骨質の劣化の存在があった。

 骨密度や骨質の悪化による骨粗鬆症化は、関節の摩耗はもちろん、背骨や四肢の骨折を発生しやすくなる。患者が高齢になるほど、問題は大きい。閉経後の女性ではなおさらだ。

 なぜ骨粗鬆症へ目がいかなかったのか──。

 理由は介入手段がなかったことが関係していた。

 90年代の前半、骨粗鬆症の問題は関節の問題以上に治療法がなかったのだ。関節疾患への治療法が人工関節の登場で目覚ましく発達していたのとは対照的だった。

 宗圓氏は「骨粗鬆症に対する治療手段は、内科的な方法としての活性型ビタミンD投与くらいしかなかった。医師にとってはなすすべがない状態が続いていた」と振り返る。

 1996年に骨粗鬆症治療薬としてエチドロネートが登場してようやく手だてが増えてくる。2000年代に他のビスフォスフォネート、SERM(選択的エストロゲン受容体調節薬)、最近になって副甲状腺(PTH)ホルモン製剤が登場。骨粗鬆症の薬物療法の歴史はまだ浅い。

 そんな時代背景の中で、宗圓氏の関心が関節へと向いていったのは前回に示した通りだ。人工関節という外科的な治療手段を得て、精力的に関節置換を進めてきた。治療は有効で、高齢者の活動度を引き上げるのに大きく貢献した。適応症例は最初、比較的に若年にとどまったが、だんだんとより高年齢でも適用だと分かってくる。

 年齢が高くなれば、治療が従来と同じように適用できるかといえば、実はそうではなかった。関節治療の成功に目がとらわれて、治療が追い付いていない骨粗鬆症という部分は盲点となっていた。

 90年代前半は高齢化の到来に伴い、骨医療の変化の波頭が遂に到着したところだったかもしれない。関節ばかりを見ているのでは足りない時代に入ろうとしていた。いわば「骨粗鬆症の時代」。宗圓氏は、失敗を機にその変化に気が付く。

 そして骨粗鬆症の問題へと本格的に取り組み始めた。

10年で急増した疾患
 言うまでもなく、現代の医療にとっての重大な治療対象となっている高齢者。高齢者が抱える問題の中でも、骨、関節、筋肉などを含む「運動器」の問題が占めるウエートは高まっている。いわば「エンジンの性能が上がったために、足回りの故障が目立つ」。そんな例え話に近いことが現代の高齢者に起こっている。この事実はデータ上も裏付けられる。

 厚生労働省の最新の患者調査によれば、2008年までの10年間で2割以上増えたのは、精神疾患、神経疾患、そして筋骨格と結合組織にかかわる整形外科疾患だった。

 それは、癌や循環器疾患、消化器疾患ではなかった。心血管疾患や癌といった「内臓の疾患」の予防や治療方法は発達。内臓の疾患の増加は抑制された。

 内臓というエンジンの性能が上がり、骨や関節、筋肉といった足回りへの負担が高まった。具体的には、脊椎疾患、関節リウマチ、肩の障害、骨粗鬆症などが問題として大きくなった。

 中でも骨粗鬆症は、ほかの疾患を促す重大な課題だ。運動器疾患の患者数を押し上げた要因の一つは骨粗鬆症の増加だ。骨粗鬆症があるがために、思わぬ大腿骨頸部の骨折や椎体骨折が起こってしまう。宗圓氏がかつて招いた椎体骨折は今でも最も注意しなければならない疾患の一つであり続けている。

 宗圓氏は噛みしめる。「日本人は椎体骨折が多い。65歳以上では特に多くなる。根にあるのが骨粗鬆症である」。

 椎体骨折の3分の2は無症候性で、「いつの間にか起こっている」という点は注意すべきだ。「痛みはないにもかかわらず、X線写真を撮ると、椎体がつぶれてしまっているケースが珍しくない。坐高が低くなって、円背になってしまっている。無症候とはいえ、QOL(生活の質)は確実に悪化している。圧迫骨折は生命予後を下げる結果をもたらす」(宗圓氏)。

 介入の対象として、骨粗鬆症はますます注目度を高めている。

 2011年末、「骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン」が5年ぶりに改訂された。高齢者、とりわけ女性にとって骨にかかわる診療は高度になった。骨粗鬆症を巡る診断と治療の環境変化に対応したものだ。

 作成したのは、日本骨粗鬆症学会、日本骨代謝学会、骨粗鬆症財団。宗圓氏は日本骨粗鬆症学会と日本骨代謝学会の理事として改訂の中心にいる。

答えは「全体」に
 大きな変更点は、治療開始基準の内容が細分化されたところだ。この判断基準として今回、椎体骨折が付け加わった。

 骨折の場所を区別しない考え方から区別する考え方に変わった。従来は男女ともに50歳以上では、医師が「脆弱性既存骨折」の有無を確認し、骨折があれば治療開始と判断するように決まっていた。改訂版では、骨折の部位を区別して、医師は「大腿骨頸部近位部骨折または椎体骨折の有無」または「その他の部位の骨折の有無」のどちらかを判断する形になった。大腿骨頸部近位部骨折と椎体骨折の場合をより重く見て、骨折部位が2カ所に該当した場合だけ直ちに薬物療法を開始することにした。より骨粗鬆症の進行を反映していると判断できるというのが理由だ。

 日本人に多い椎体骨折の問題。宗圓氏はそれを考えた時、自らの原点で経験した、70代女性の患者の椎体骨折という痛恨の記憶が蘇る。

 骨粗鬆症の臨床を前に進めること、その根底には術後のミスを挽回したい、厳しい状況を強いられた患者の苦しみに報いたい、失敗を償いたい、そんな思いはある。

 宗圓氏の経験は外科に限ったことではないだろう。ある疾患とばかり思い込んで診断を進め、後で別疾患だと判明する。誤診のような問題とも根は通じている。

 人を診るときに一部分ばかりにとらわれていけない。全体を見なければならない。そんな教訓と見れば、どんな医師も胸に手を当ててみた時、通じる記憶はあるに違いない。今回の失敗の研究はそういう話だ。(終わり)