2012年04月24日

 医療分野の個人情報の保護に関する個別法制定に向けた議論が、厚生労働省の検討会でこの4月からスタートしました(検討会の資料は、厚労省のホームページに掲載)。同省は、今夏までに議論を取りまとめ、2013年の通常国会への法案提出を目指しています。

 2005年4月の個人情報保護法の施行直後、外来では名前ではなく、番号で呼ぶ方式に変更するなどの動きも見られ、各医療機関では患者情報保護の体制の見直しが進められました。法施行直後の4月25日に発生したJR西日本の福知山線脱線事故では、医療機関では搬送患者の氏名一覧の公表について対応が分かれ、市民にとっては家族が事故に巻き込まれたかどうか確認に時間を要する事態も発生しています。

 個人情報保護法の施行から7年目。同法が議論された2000年代前半よりも医療におけるIT化は進展、地域での連携も進み、災害時に備えた情報の共通化が議論される中、「厳格な情報保護措置を図るために医療等分野に閉じつつも、必要な利活用が適切に行えるようにするため、医療等分野の法整備を目指す」(厚労省)。

 政府では現在、「社会保障・税番号制度」、いわゆるマイナンバー制の導入が進められ、今通常国会に法案が提出されています。しかし、医療の関連では、高額療養費の手続きなどでの活用に限定されています。

 また医療分野では、厚労省の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」が定められています。しかし、民間の医療機関には個人情報保護法、自治体立の病院には各自治体の個人情報保護条例、独立行政法人立の病院には独立行政法人等個人情報保護法がそれぞれ適用されるため、ITベンダなどは約1800の法・条例に併せて仕様を考える必要があり、ネットワーク化に支障も生じています。今回の個別法制定に向けた動きの背景にはこうした事情もあります。

 では医療分野では、どんな情報の利活用が考えられ、同時にどんな保護体制が必要なのでしょうか。こうした視点から研究を進めている、NPO法人デジタル・フォレンジック研究会と東京大学政策ビジョン研究センターは4月20日、「医療情報の利活用及び保護とデジタル・フォレンジック」をテーマに講演会を開催。

 特別講演した中医協会長で、学習院大学法学部教授の森田朗氏は、医療提供体制は主に診療報酬による経済的誘導で構築されてきたものの、財源難、医療資源の偏在と不足などが起きている現状では現行制度が限界に来ており、これまでとは異なる改革の必要性を指摘、次のように述べています。

 「規制か、市場化の推進かなどの議論はあるが、大きな改革の前にやる前に、もう少し医療を効率化できる余地があるのではないか。なぜその点数なのか、効果はどれくらいなのかなど、エビデンスに基づく実態把握を行い、最適な医療資源の配分を進める必要がある。そのためにはIT化を図っていくことが有力な選択肢」。森田氏は、レセプト情報を活用した政策立案も、考え得るとしています。

 しかし、「エビデンス」「実態把握」と一口に言っても、どんなデータを取り上げるかによって見方や結果が変わってきます。東京大学政策ビジョン研究センター教授で医師の秋山昌範氏は、政策立案においても、また医学研究などにおいても、ITを用いた全数把握を行い、悉皆性のあるデータの整備、俯瞰的な物の見方をする必要性を強調。

 「私が医学部を卒業した1983年当時は、患者の多くはシングル・イシューだったが、今はダブル、トリプル・イシュー、つまり超高齢社会においては、複数の疾患を持つ患者が大半を占める。疫学研究における患者の多様性、複雑性は、母集団全体を把握しないと分からない」と指摘。さらに、「医療の特殊性、複雑性を踏まえると、今まで正規分布と考えられていたものが、否定されるようになっている。したがって、従来のようなランダムサンプリングによる調査では、合意形成は難しい。このことが中医協の議論を難しくしている要因ではないか。視点の相違が生み出す『すれ違い』を防ぐためにも、全数把握し、可視化することが重要」との見方も示しました。

 厚生労働省の検討会では、個別法により可能になる例として下記を挙げています。カルテ等の患者情報の保護を担保しつつ、どこまで利活用を進めるか、議論の動向が注目されます。

 【医療分野の個人情報保護の個別法により推進される例】(厚労省検討会資料による)
(1)医療機関等の役割分担と連携を通じた切れ目のないサービス提供
急性期をはじめとした医療機能の強化、病院・病床機能の役割分担・連携の推進、在宅医療の充実など。
(2)公衆衛生や医療水準の向上に資する医学研究等のより一層の推進
レセプト・健診データの活用、地域がん登録や難病研究等に資するデータの蓄積・活用の促進など。
(3)医療保険者機能の強化
地域の医療費等分析、保健指導の効果的な推進、医療の利用に関する情報提供など。
(4)国民すべてを漏れなくカバーするための皆保険制度の効果的運営
保険資格の取得・喪失事務の効果的・効率的運営、オンライン資格確認の実現など。