明治大学名誉教授・入江隆則 有害な核アレルギー打ち破ろう
2012.4.19 03:08

 北朝鮮が長距離弾道ミサイルの発射に失敗した。藤村修官房長官は当日の声明の中で、「わが国を含む地域の平和と安定を損なう安全保障上の重大な挑発行為」だとしたうえで、さらに、「今回の発射は、わが国として容認できるものではなく、北朝鮮に対して厳重に抗議し、遺憾の意を表明する」と付け加えている。

 この藤村長官の発言には、むろん賛成だが、日本のこういう言葉だけの抗議と、それに伴う各種の〈経済制裁〉だけですませてしまって、それでいいのかという疑問が残る。

 ≪北核武装で「核の傘」不安に≫

 北朝鮮は、今回はミサイル発射に失敗したものの、次回は成功するかもしれないし、同時に核実験も積み重ねているのだから、数年後には、彼らが最終目標としている、アメリカの諸都市を直接、核攻撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を保有するに至るであろう。

 そうなったら、北朝鮮が日本を核攻撃すると威嚇したり、万に一つ、実際に核攻撃を仕掛けてきたりしたとしても、アメリカは自国都市に対する北朝鮮の核による反撃を恐れて、日本のために北朝鮮に核攻撃をすることなどできにくくなるだろう。中国については、すでにそれに似たような状況も出現しており、アメリカのいわゆる「核の傘」は、日本に関しては怪しくなってきているのである。

 筆者は過去数十年ほど、「比較新世界論」というテーマを、自身の研究対象に設定してきた。「新世界」とは、いうまでもなく、近代西洋諸国の植民の結果として生まれた、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、中南米諸国などを指している。

 その中で、北米のアメリカ合衆国だけがなぜ、やたらに元気が良くて、好戦的かつ攻撃的で、20世紀前半から今日までの短期間ではあるにせよ、「世界の警察官」の役割を果たすことが可能だったのか、という疑問に答えたかったのである。

 ≪日本だけが「丸裸」になる≫

 たどり着いた結論は、アメリカ合衆国だけに「建国の理念」があったからだという、ごく平凡なものだった。同時に、今やその「建国の理念」が薄れて、アメリカの哲学者アラン・ブルームが、ベストセラーとなった著書、『アメリカン・マインドの終焉』の中で、とうの昔に指摘していた通り、財政赤字のために軍事費を大幅に削減するしかない今のアメリカは、昔のアメリカではなく、また、人種的にもヒスパニックの人口比率が増大しているせいもあって、他の「新世界」国家と同じような、歴史も文化もない、ただ退屈なだけの国にならざるを得ないということだった。

 20世紀前半の日本人は、そのアメリカと戦争をして敗れ、足かけ8年間の占領期間中に完全に教化されてしまい、憲法も皇室典範も教育制度も歴史観もアメリカ主導で作られ、かつまた、それを押し付けられて、いまだに、それを改革する気概さえ持っていない。

 世界の2000年の戦争史を見ても、敗戦国民がこれだけ戦勝国民に教化された例は、他には全く見ることができない。その結果として、何とまあ60年もたっているのに、日本人はいまだに自国を自国で防衛しようともせず、負けた相手のアメリカに頼り切っているという状態である。そのアメリカが先に書いたように、「普通の国」になろうとしているのだから、日本だけが「丸裸」で、置いてけぼりを食っているとしか言いようがないだろう。

 ≪核武装諸国と対等な口利けず≫

 日本人には〈核アレルギー〉があり、核を論ずることは〈タブー〉になっているとよくいわれる。広島、長崎に原爆を投下され、大量の人々がそのために死んだのだから、日本人の間に核に関する〈アレルギー〉と〈タブー〉が生まれたのも分からないではないが、普通の大人なら、ロシアと中国に加えて北朝鮮までが核武装国になって、その3カ国に取り囲まれている現在、日本だけが核武装をしていなければ、彼らと完全に対等な口が利けなくなるのは、分かり切ったことである。

 中国は、古典の『戦国策』や『韓非子』などを読んでみればすぐ分かる通り、あらゆる側面で虚偽と謀略に満ちた恐ろしい国である。したがって、北朝鮮のようにいきなりミサイルを撃ち込んだりはしないが、中国の属国になって支配されるという、あってはならない状況に陥ったら、どんなに不幸になるかは、現在のチベットやウイグルの例がよく示している。絶対にそうならないために、日本が少数の核を保有するのは、当然すぎるほど当然なことだと、筆者には思えるのである。

 しかし、なぜか日本の政治家には、そういう議論をする人が少ない。保身と大衆受けのために愚かな〈タブー〉に従っているだけだとすれば、何という頼りない人々だろうかと思う。どうか、若い政治家の中から、この有害な〈アレルギー〉と〈タブー〉を打ち破る人々が出てきてほしいと思う。(いりえ たかのり)

(msn産経ニュース)