レポート
東北大、医学部定員の20人増目指す、10年間限定

「財源を見いだせない国民皆保険下での増員は致命的」との意見も

2011年6月13日 橋本佳子(m3.com編集長)


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 文部科学省の「今後の医学部入学定員の在り方等に関する検討会」の6月13日の第6回会議で、東北大学医学系研究科・医学部の研究科長・医学部長の山本雅之氏は、東日本大震災後の医療復興に向け、10年間限定で、同大学の医学部定員を現在の120人から20人増員することを検討していることを明らかにした。

 山本氏は、「医療人の流出による被災地の医療崩壊をいかに食い止めるかが問題」と指摘。その上で、地域医療の復興のために、今後5年間に、(1)地域医療システムの再構築(医療施設の復旧)、(2)医師・医療系人材の育成(医師のほか、専門看護師をはじめ高度医療人の育成)、(3)研修医マッチング制度の改善――などを進めることが重要だとした。

 その一環として打ち出したのが、医学部の時限付き定員増。医学部新設ではなく、既存の医学部、大学の重点化が必要だとした。(1)有事の際には、既存医学部を臨時に増加させた方が合理的、即効的であり、医学部定員を減らす際にも対応しやすい、(2)諸外国の医学部定員は150~200人の例が多く、医学教育・研究の高度化・効率化の面からも定員増に伴い、基盤強化を図ることが必要――などが理由だ。また、過去7年間の東北大学の入学者のうち、東北地方出身者は約3割であるのに対し、卒業生のうち東北地方の臨床研修病院で初期研修を行うのは約65%、後期研修の時点では70%を超える現状も踏まえ、東北大学の医学部定員増が宮城や東北地方全体の医師確保につながると見ている。

 「20人」の定員は、次のような試算がベース。2011年度の場合、東北地方の人口は、日本の総人口の8.4%。2011年度の医学部定員は8923人で、人口比で考えれば、その8.4%に当たる750人の医学部定員が東北地方にあってもおかしくはない。しかし、実際には730人であり、その差が20人となる。

 「東北全体で増員する必要があるのではないか」(京都大学医学部附属病院長の中村孝志氏)との質問に対しては、山本氏は、「他の大学は既にギリギリのところまで定員を増やしている。我々が最大限、努力して可能なのが20人」と答えた。



  「医学部定員増には賛成できず」、北原氏

 第6回会議では、山本氏のほか、東京都八王子市で、北原国際病院などを運営する、医療法人KNI理事長の北原茂実氏(『「今の医療システムは完全に崩壊している」- 医療法人KNI理事長・北原茂実氏に聞く』などを参照)へのヒアリングも実施。

 北原氏はまず、「今後、社会のあり方などが変化すれば必要な医師数は変わるかもしれないが、医学部定員増は、今の体制下では賛成できない。やり方によっては少ない医師数でも対応」との結論を述べた。

 北原氏が手厳しく批判したのが、今の医学部定員をめぐる議論の進め方。「現状をきちんと分析し、論理的な対策を講じることが必要。その上で、初めて戦術を立てていかないと、大きな過ちを犯すことになる」と北原氏は指摘、その手順を踏まず、場当たり的に医学部定員が議論されているとした。

 さらに、北原氏は、(1)医学部定員を増やすことは可能か、(2)そもそも増員は必要か、と問いかけた。(1)についての北原氏の答えは、現状では「No」。「財源を見い出せない国民皆保険下での増員は致命的」とする北原氏は、「何らかの形で財源を持ってくる必要があるが、医療や保険制度が分からない国民が圧倒的に多い中で、それを説得できるのか」との見方を示した。

 (2)に関し、長寿を誇った沖縄やコーカサスを例に上げ、「医療、ましてや医師数と健康寿命に直接の因果関係はない」とした。さらには、少子化時代にあって、医師のなり手が確保できるかという問題、医師の仕事は合理化の余地が大きいことなどを挙げ、北原氏は、「財源が無制限であればいいが、そうではない」とし、「医学部の定員を考える前に、医療、社会のあり方をもう一度、考えるべき。その上で、必要な医師数を考えていくことが重要」と主張した。

 北原氏は、医療保険制度改革にも言及。(1)現在の保険は、既に無保険者がおり、「皆保険」ではないため、現在の制度は廃止することが必要、(2)医療法の見直し、医療法人制度の廃止、経営主体の株式会社への一元化――など、問題提起はわたった。


3人の委員が資料を基に意見を表明。日本医師会副会長の中川俊男氏は、「持ち時間5分」と区切られたことを不服とし、次回会議で改めて時間を取り、説明することに。

  「医学部定員のさらなる増員を提案」、医科研・今井氏

 そのほか、第6回会議では、3人の委員も、資料を基に医学部定員をめぐる考えを述べた。

 東京大学医科学研究所附属病院長の今井浩三氏は、従来通りの主張を展開、「2035年の日本の医療予測を行い、現在の医学部定員のさらなる増員を提案する」を主張。その根拠して、(1)人口の高齢化、人口構成の変化により、2035年の医療ニーズは、2010年に比べ、少なくても20%増加、(2)2010年から2035年までに、医師は37%増加、60歳以上は142%増加するが、60歳未満の医師数は18%増にとどまる、(3)医師の過重労働緩和に向け、週60時間勤務にするには、2010年から2035年までに59%増、週48時間勤務には120%増が必要――などを挙げた。

 今井氏の予測に対し、日本医師会副会長の中川俊男氏は、「論理的に無理がある。医学部定員はここ数年増やしたため、今後、医師数は増加する。今の問題は偏在をどう解消するかだが、その点に関する提案がない。歯科医師のように過剰になった場合にどうするか、その提案がない限り、この議論はできない」と問題視した。

 これに対し、今井氏は、「歯科医師の話をしているわけではない。今後、医療ニーズが増えるため、その根拠を挙げて、医学部定員増が必要だと提言しているにすぎない」と反論した。

  「2025年には医師の給与は今の80%になる」との推計も

 「この場合、医療費がGDP比10%増にとどまり、約50兆円であるとすれば、単純な想定で、2025年には医師の給与は今の80%になる」。こう提示したのは、国立社会保障・人口問題研究所所長の西村周三氏。「この場合」とは、政府の「社会保障に関する集中検討会議」が議論のたたき台をしている、自公政権時代の「社会保障国民会議」が2008年11月に最終報告書をまとめた際のシミュレーション。しかも、このシミュレーション自体は、「経済成長率2%」と見込んでいるが、その実現はかなり難しいとした。さらに、2050年には、「居住地域の2割には無居住化する」などのデータも提示し、必要医師数の推計に当たっては、経済の動向、人口の高齢化や地域社会のあり方などを総合的に勘案することが必要だとした。

 東京都立多摩総合医療センター産婦人科部長の桑江千鶴子氏は、「国民が求める良質な医師を教育養成するためには、良質な教育環境および一定数の疾患が必要。また将来にわたって、経済的に持続可能な医療制度であることも求められる。結局、人口比にして医師数を一定割合にすることが現実的」との考えを示した。その上で、「医師不足は、病院勤務医、少数医師で24時間365日の医療を担う現場の医師の不足」であり、この点を踏まえた対応をしないと、たとえ医師数を大幅に増やしても、こうした現場の医師は充足しないと指摘した。

  医師の役割分担の必要性を指摘する声は多数

 北原氏が医療保険制度の話まで展開したため、ディスカッションは多岐にわたったが、複数の委員の間で意見の一致を見たのが、医師の仕事の効率化、あるいは他職種との役分担を進めるなど、見直す余地があるという点。

 北原氏は、「例えば、電子カルテに主訴などを入力すれば、診断や必要な検査などの推定が可能であり、医師の仕事は合理化できる」と指摘。さらに医療職の養成課程を医学部(医・歯・薬学科)と、保健学部(看護科をベースに、看護師以外にも保健師・助産師、救急救命士などのほか、『麻酔師』など高度な資格を取得可能とする)にし、例えば薬剤師にも処方権を当たるなど、医療職の役割分担を考えるべきだとした。

 「医師がやらなくてもいいことを、高度な専門性を有する職種がやることで、医師不足に対応していくことが必要」(山本氏)、「医療職の養成課程の見直しは、厚生労働省も関係する問題だが、必要。従来のピラミッド型の医療ではなく、地域でシームレスに医療を行っていくためには、従来の業務分担を見直すことが求められる」(独立行政法人国立病院機構理事長の矢崎義雄氏)などの意見も出た。

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