レポート
「がんワクチンはプレリミナリーの段階」、国立がん研究センターでシンポ

研究から製剤化の各段階で障壁、オールジャパンでの取り組み必要

2010年11月18日 伊藤 淳(m3.com編集部)


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 「日本では『がん難民を救う』という甘い言葉につられて、がんワクチンを求める患者がクリニックに押し寄せている。患者はまだプレリミナリーな段階にあるがんワクチンを1コース約150万円もの自費診療で受けている」

 11月16日に開催されたシンポジウム「がんワクチンの実用化に向けて-入口から出口まで-」(座長:嘉山孝正・国立がん研究センター理事長)において、国立がん研究センター中央病院副院長の藤原康弘氏は、がんワクチンの現状をこう指摘した。がんワクチン療法は革新的ながん治療になることが期待され、日本でも国家的なプロジェクトで研究が進められているが、まだ地道な臨床開発の段階にあることを改めて強調した形だ。

 さらに藤原氏は新しい治療法が日常診療で用いられるためには、プラセボ対照第III相比較試験の実施が不可欠とした上で、「代替医療を批判した日本学術会議は、高額な自費診療としてがん免疫療法を実施している医療機関をなぜ批判しないのか」と医療界の自律性に疑問を呈した。

 「がんワクチン療法の現状と課題」について解説した久留米大学医学部免疫・免疫治療学講座教授の伊東恭悟氏も、「免疫療法は時代の流れの中でメインになっていくのではないか」と述べつつ、現状については「まだ日常診療では利用できず、進行がんに対し、それほど強く効く治療法ではない」と指摘。「第I、II相試験による安全性検証や用法・用量の確立はメドが立ってきた。今後、本格化する第III相試験の結果が重要」と解説した。

 藤原氏によると、世界を見ても日常診療で使えるよう承認されているがんワクチンはほとんど存在しないという。欧米ではEU(欧州連合)で肉腫に対するMEPACT(IDM Pharma社)、米国で前立腺がんに対するProvenge(Dendreon社)がそれぞれ承認されているだけだ。この2つにしても、申請が一度は却下されるという、「不幸な転帰をたどっている」(藤原氏)。

 承認がスムーズに進まない理由の一つとして、がんワクチンの臨床効果が従来の抗がん剤と異なる点が挙げられる。それは臨床効果の発現に時間がかかるということ。そのため、試験初期には大きな腫瘍縮小効果が見られず、試験後期になるに従い生存曲線の改善(対照群との分離)が見られると考えられている。伊東氏は「ワクチン群は抗がん剤群に比べ長期生存例が多い。免疫が保持されていることが、長期生存につながっているのではないか」と指摘。国立がん研究センター研究所所長の中村祐輔氏も同様の見解を示し、「米国では2009年9月に製薬企業向けの『がん治療用ワクチンのための臨床学的考察』というガイダンス案を公表し、ワクチンの臨床効果について新たな評価法が必要と解説している」と紹介した。

 この点について、承認審査を行う立場から参加したPMDA(医薬品医療機器総合機構)上席審議役の三宅真二氏は、「がんワクチンは従来の抗がん剤と異なる特徴を有することが報告されていることから、品質、非臨床試験、臨床試験の評価を行う上で注意すべき点について整理する必要がある」との問題意識を示した。

 もう一つ、臨床の面から重視されるのがバイオマーカーの開発。現在、がん治療では個別化治療の流れが急速に進められているが、「ワクチンの有害事象は注射部位の皮膚反応がほとんどだが、進行がんでは重篤な有害事象が出ることもある」(伊東氏)ことから、予後予測因子の開発は必須といえる。第一三共株式会社癌研究所長の赤羽浩一氏も企業の立場から、「臨床研究の段階から予測因子を明確にして、診断薬を開発できることが重要」と個別化医療の必要性を強調した。


産官学、それぞれの立場の関係者が集まって行われたシンポジウムは約3時間に及んだ。

 臨床試験と治験の乖離、オールジャパン体制が必要

 本シンポジウムでは、がんワクチン実用化に向けた制度の問題点についても取り上げられた。その一つは臨床試験と治験の間に乖離があること。国立がん研究センター中央病院血液腫瘍科・造血幹細胞移植科の平家勇司氏は、「米国では一つのパッケージとして、FDA(米医薬食品局)が関わり、臨床試験と治験がシームレスに進行する。一方、日本では臨床試験と治験が全く違うフレームで行われており、無駄な手間がある。第I、II相試験を臨床試験で、第II、III相試験を治験で、という形が理想だが、現状は臨床試験と治験が別々に管理されている」と指摘した。

 この点について、三重大学遺伝子・免疫細胞治療学分野教授の珠玖洋氏は、試験薬製造に関わる問題を強調。治験のためには試験薬を治験薬のGMPに沿って製造する必要があるが、通常の研究用のスケールの製造では数十万円から数百万円のコストで済むが、GMP製造だと数千万円から数億円と大きく跳ね上がる。臨床試験から治験への移行を容易にするために、珠玖氏は「GMP製剤を研究者の手の届くところに置くことが重要」と述べた。

 さらに「今の制度を受け入れた上で、どうワクチン開発を促進していくか」(平家氏)という視点から、珠玖氏は、開発資金支援、共同利用施設の拠点構築、専門領域のコンサルティング提供、製薬企業との早期のアライアンス、の4点の充実を通して、オールジャパン体制の構築を訴えた。同様に平家氏も全国規模のがんワクチン探索的臨床研究支援基盤「がん免疫療法ネットワーク」を立ち上げ、研究者主体の臨床研究を支援し、企業治験を誘導する流れを作る必要があると意見を述べた。

 特許がなければ製剤化困難

 「No patent、No care」(特許がなければ病気を治せない)。この言葉を出して特許の重要性を指摘したのは、脳腫瘍や種々の固形がんに対するWT1ペプチドワクチンの臨床開発を進めている大阪大学大学院医学系研究科機能診断学教授の杉山治夫氏。杉山氏は「独占できる権利がないものに、リスクを取って企業は手を出さない。研究者として特許を取得すると製剤化の邪魔になると思っていたが、むしろ特許がなければ製剤化は難しい」と経験を踏まえて発言。また、WT1ペプチドワクチンの開発に関して、「1992年に基礎研究をスタート、2018年頃に製剤化が見込まれている。ここまで26年という時間を必要とする計算」と臨床開発の長い道のりを強調した。

 特許の問題について、株式会社東京大学TLO代表取締役社長の山本貴史氏は、「特許制度のことを考えても、日本の研究者は怒らなくてはいけない。日本は米国に比べ、高コスト、出願に要する時間が必要で対応が遅くなりがち、認められない学会発表があるなど不利な点がある。国際的なイノベーションにおいて特許の出願ルールが違うことは大きな問題。違うルールでスポーツをするようなもの」と問題提起した。

 また、山本氏は大学の技術移転を進める立場から米国の産学連携の現状を紹介。「米国では大学が知的財産の生産工場の役割を担っている。大学の技術移転は中小企業の支援につながっている。大学のロイヤリティ収入の約7割はライフサイエンス分野であり、東大でも同じ傾向」(山本氏)。

 最後に本シンポジウムの座長を務めた嘉山氏が、「日本の理系は強いが、社会制度が弱い。産学をつなぐ『のり』の役目を果たす人材が不足している。国家戦略としてインフラ整備、事務局組織をつくり、このような弱点を補っていけば、グローバルでも十分戦っていける。国民に責任がある国立がん研究センターとして、患者のためにワクチン実用化に向けて取り組んでいきたい」とまとめ、シンポジウムは終了した。

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