レポート

医師不足への処方せん

「医学部新設は、百害あって一利なし」、民主党に要望書

「医師不足、地域医療崩壊を加速」と問題視、全国医学部長病院長会議
2010年2月22日 橋本佳子(m3.com編集長)

 全国医学部長病院長会議は2月22日、記者会見を開き、「新たな医学部の増設と急激な医学部定員増に対する慎重な対応を求める請願について」と題する要望書を公表した。本要望書は既に2月19日に民主党幹事長室に提出している。その後、22日までに内閣総理大臣のほか、文部科学省、厚生労働省、総務省の政務三役にも提出した。

 要望書は、OECD平均の医師数(人口10万人当たり300人)を目指すことは支持したものの、「この時期、新たに医学部を増設することは、歯学部、薬学部、法科大学院の先例で経験したように、『百害あって一利なし』であり、後世に大きな禍根と負債を残すことになる」と、医学部新設に強く反対した内容になっている。

 要望書では、まず過去3年で医学部定員は1221人増加、今後も十分な財政的支援の下、定員増には協力するという前提を提示。その上で、医学部新設に反対する理由として、(1)質を担保した医学部運営には相当数の臨床教員が必要であり、医学部の新設に伴い、臨床現場から教員を招くことになり、地域の病院の医師不足は加速、(2)医師養成数を1.5倍にすると、学生卒業後の6年後にはOECD平均に達し、その後、10年を待たずに、人口10万人当たり400人の「世界一」になる、(3)OECD平均に達した後は、定員を減らす必要があるが、いったん増やした後は容易ではない、ことなどを挙げた。

 会見した会長の小川彰(岩手医科大学学長)は、「昨日(2月21日)の朝日新聞でも大きく取り上げられたように、医学部新設が社会問題になっている。医療崩壊を食い止めるために医学部新設という議論になったが、急激な制度変更には様々な弊害もある。我々は質の高い医師養成という国民の付託に応える必要がある上、地方の大学では地域医療を担うという役割もある。しかし、医学部を新設すれば、医師の質の低下、医師不足を招き、地域医療の崩壊が起きかねない。この請願は、全国80大学の医学部長、病院長、計160人の総意」と説明。

 民主党に対しては、副幹事長で文部科学省担当の広野允士議員に提出したが、「内容は十分に理解していただいた。『ただ単に医師を増員してもダメで、地域偏在、診療科偏在も解消しなければならないことは承知している。医師養成については長期的な視点に立って考えていかなければならない。民主党としては、こうした考えがあれば、十分に検討する』ということだった」(小川氏)。


左から、吉村博邦・顧問、小川彰・会長、馬場忠雄・常任理事。
 「医学部新設で、30代、40代の医師が地域からいなくなる」

 会見では、(1)この時期に要望書を提出した理由、(2)医学部新設に反対する場合、今の医師不足をいかに解消するか、という点に質問が集中した。

 (1)の点について、小川氏は、「昨年10月にも民主党に要望していること」と述べ、新聞報道などとは関係がないとした。

 さらに、(2)について小川氏は、「過去3年間で医学部定員は1221人増えている。今の定員でも、10年で人口10万人当たりの医師数は約250人になる。30代、40代、50代前半の病院勤務医が大学教員の候補になるが、教員を増やせば、地域の病院も苦しくなる」と述べ、「地域偏在、診療科間偏在については、総合的な施策を取っていただかなくては困る」と、医師数増以外の施策も必要だとした。

 顧問の吉村博邦氏(北里大学名誉教授)も、「医学部の新設は、短期的には地域の医師不足を招き、中長期的にはいったん養成数を減らすと容易には減らせないという問題がある。18歳人口が減る中で、医師の数を増やせば質の低下も懸念される。医師数だけが議論になっているが、医師の地域偏在や診療科偏在などについても議論すべき。後期研修などもセットで考えていただきたい」とコメント。

 常任理事の馬場忠雄氏(滋賀医科大学学長)は、「単に学生数を増やせばいいという問題ではない。女性医師が増えている中にあって、今の医師をいかに活用するかなどという視点も含めて、長期的に、数字に基づいて戦略を立てた上で考えていただきたい」との考えを示した。

【全国医学部長病院長会議の要望書】
 新たな医学部の増設と急激な医学部定員増に対する慎重な対応を求める請願について
 全国国公私立の医学部・医科大学80大学は、「医師養成増への政策転換」を大英断であると真摯に受け止め、この3年間で1221名の医学部定員増に協力して参りました。定員増以前の医学部定員は1大学当たり平均95名であり、今般の1221名もの医学部定員増は12~13大学の医学部を新設したこと同義です。従って、16%もの医学部・医科大学増を達成したことになります。
 私どもは、当面、経済協力開発機構(OECD)平均(300人/10万)に医師数を目指す政策に大いに賛同します。定員増に関してもマニフェストに明記されている「十分な財政的支援」のもと、今後とも定員増に協力してゆく所存です。
 しかし、一方では、新たな医学部の新設と急激な医学部定員増は、以下に述べる理由から「医療崩壊」をかえって増悪し、国民福祉の後退をもたらす可能性がある事を強く危惧致します。この点、慎重な対応を切にお願い申し上げる次第です。
1.医学部新設の地域医療への影響
 医学教育の質を担保し一つの医学部を運営するのに必要な臨床教員(臨床医)数は、既存の1大学当たり647.5人です(基礎医学・付属施設他除く2007年データ、全国医学部長病院長会議医学教育委員会調査)。厚生労働省三師調査(平成20年12月31日現在)では大学病院を除く病院勤務医は全国で10万人当たり95.8人です。従って、人口100万人規模の都道府県の病院勤務医はその10倍にあたる960名程度です。一つの医学部を新設することは100万人規模の都道府県の勤務医を3分の2以上現場から連れ去る事になり、都道府県一県の地域医療を崩壊させることになります。
2.急激な定員増により危惧される地域医療への影響
 マニフェストには医師養成の「質の拡充」が挙げられております。国民が求める良質な医師の養成には、医師養成増に応じた教員の確保が必須です。臨床系教員の候補となる者は、現時点においては地域医療の中核として働いている30~40才代の病院勤務医以外にはおりません。教員確保のため地域病院のこれらの有能な医師を医療の現場から教員として招くことは、地域病院の医師不足を加速し、むしろ医療崩壊をさらに悪化させることになる事が危惧されます。
3.医師数増加の現状 
 現時点でも、毎年約4400人ずつ医師は増加しています(年10万人あたり3.5人の増)。医師養成数を1.5倍とすると、入学後学生が卒業する年のわずか6年後にはマニフェストの目標値である経済協力開発機構(OECD)平均の10万人当たり300名に到達します。また、その後、約10年を待たずに世界一の10万人当たり400名に達し、その後も急激に増え続ける事になります。
現時点でも、毎年約4400人ずつ医師は増加しています(年10万人あたり3.5人の増)。医師養成数を1.5倍とすると、入学後学生が卒業する年のわずか6年後にはマニフェストの目標値である経済協力開発機構(OECD)平均の10万人当たり300名に到達します。また、その後、約10年を待たずに世界一の10万人当たり400名に達し、その後も急激に増え続ける事になります。
4.医科大学数
 必ずしも米国にならう必要はありませんが、現在の米国医師養成大学は130校です。これを日本の人口当たりに換算すれば49校であり、80校の医師養成大学を擁する日本で、多大なる経済的また人的負担をかけて医師養成大学を新たに増設する意味はありません。むしろ、既存の医学部を活用し、ハード、ソフト、スタッフ面の拡充強化で対処する方が、社会的影響も少なく、財政的にも有利です
5.マニフェスト通り医師を目標数に到達させた後の医師養成
 マニフェストの目標の医師増を達成した後は、医師の安定供給を目指す必要があります。現在、毎年医籍から抜けてゆく医師数は約3500名です。従って、目標とする医師数の増員を達成した後は、一校当たり約50名弱の定員で充足する事になります。設備投資に多大な資金を投入し、教育者を雇用した後の定員削減は容易ではありません。
 この時期、新たに医学部を増設することは、歯学部、薬学部、法科大学院の先例で経験したように、「百害あって一利なし。」であり、後世に大きな禍根と、負債を残すことになります。この意味でも新たな医学部の設置については慎重な対応を切にお願い申し上げる次第です。

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