レポート

委員から積極的な取り組み求める意見相次ぐ、年末までに方針取りまとめ

2010年7月6日 橋本佳子(m3.com編集長)

 日本医療機能評価機構が運営している産科医療補償制度の「再発防止委員会」(座長:池ノ上克・宮崎大学医学部附属病院院長)の第1回会議が7月5日に開催され、再発防止に関する基本方針を議論した。事務局が提示した案に対し、委員からは再発防止策の検討から、その周知徹底に至るまで、積極的な姿勢で臨むべきだという意見が相次いだ。

 同制度は、2009年1月からスタート、一定の基準を満たした脳性麻痺の子供に対し、医療者の過失の有無を問わず補償を行う仕組み(日本医療機能評価機構のホームページを参照)。6月18日現在、全分娩施設の99.4%が同制度に加入している。補償のほか、原因分析、再発防止の三つが事業の柱。2009年7月の申請受付を開始以来、補償件数は46件、そのうち原因分析報告書の作成を終えたのは5件。

 事務局が提示した再発防止に関する事業内容は、年1回の報告書作成(脳性麻痺に関する数量的・疫学的分析、個々の事例についてのテーマ別分析)と、年数回程度の産科事例情報(仮称)の提供(より早く情報提供することが同様の事例の再発防止に有用であると考えられる場合、随時実施)、など。提供する情報としては、(1)分娩機関において再発防止の取り組みにつながる情報、(2)学会等におけるガイドラインの検討等の議論につながる情報、(3)調査研究の契機となる情報、(4)国民の関心の対象となる情報――を挙げた。

 これに対し、隈本邦彦・江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授は、「産科医療補償制度の再発防止の仕組みが、今の医療事故情報収集等事業とほとんど同じような形を想定しているので、私は不満。この事業の報告書をむさぼるように読んでいる人はあまりおらず、同事業により日本の医療安全が劇的に進んでいるとは思えない」と問題視。勝村久司・連合「患者本位の医療を確立する連絡会」委員も、「この委員会は、本来防ぐことができたはずの事故の再発は絶対に防止する、その責任を負うくらいの覚悟を持つ必要があるのではないか。単に再発防止のための報告書を作成することが委員会の目的ではない」と指摘。

 報告書作成という形式にとどまるだけでは、実効性のある再発防止策を講じることができず、より踏み込んだ取り組みが求められるという主張だ。

 「再発防止委員会」は、今年末までに3回程度会議を開催して、再発防止に関する基本方針を決定、今年末までに公表された原因分析報告書についてまず分析等を行い、報告書をまとめる予定になっている。


産科医療補償制度の「再発防止委員会」の第1回会議は、午後4時から約2時間にわたって開催された。委員は14人で、厚生労働省からもオブザーバーが出席。
 産科医療補償制度と医療事故情報収集等事業では情報量に格差

 隈本氏が指摘した、医療事故情報収集等事業も、日本医療機能評価機構が実施しており、医療事故やヒハリ・ハット事業などの収集分析を行っている。その結果を月1回「医療安全情報」として提供しているほか、年4回の報告書、年報などを発行している(同機構のホームページを参照)。

 医療事故情報収集等事業は、大学病院や国立病院機構の病院など、医療法による報告義務等がある医療機関が一定のフォーマットに入力したデータで原因分析するのに対して、産科医療補償制度では、診療録や助産録、検査データなど詳細なデータの提出を求めている。さらに、原因分析委員会では産婦人科医がメンバーに入っており、時には当事者の了解を得て追加情報も求めながら、全例について原因分析を行っている。

 こうした点を踏まえ、隈本氏は、「産科医療補償制度では、専門家が全例について医学的分析を行っているのだから、医療事故情報収集等事業とは根本的に違う」と述べた上で、(1)誰が見ても明らかな事例については再発防止策を提言、またテーマ別に分析する必要がある事例については研究班を設置、産科医療補償制度がその研究助成を実施、(2)標準レベルから下回る(技術等のレベルが低い)事例については、(責任を問うのではなく警鐘的意味合いから)その具体例を公表、(3)「産科事例情報(仮称)」ではなく、「警鐘的産科事例情報」など形での積極的な姿勢の情報提供、などを提案。

 「今回上がってくるのは、すべて産科医療のレベルが低いことによる事例、あるいは医療事故による事例だと思っているのではないか」との指摘があったが、隈本氏は、「あら捜しなどをしようとしているわけではない。名医であっても、脳性麻痺は起こり得る。原因が不明な事例もたくさんある。ただ、多くの事例の中に、やはり同僚の医師が見てもおかしい事例がある。何か問題ある事例について再発防止策を提言することを求めている」と回答した。

 「再発防止策は、“二段構え”で実施」と座長

  医療関係者側からも積極的な取り組みを求める声が相次いだ。

 田村正徳・埼玉医科大学総合医療センター小児科学教授は、「アカデミックでもまだ判断がつかない部分については、研究班で研究していくことが必要。一方で、“ビギナーズ・ミス”については、日本産婦人科医会や日本産科婦人科学会などが責任を持ち、教育・研修するよう、リコメンデーションすることが必要なのではないか。報告書を作ることが目的ではない」と指摘。

 鮎沢純子・九州大学大学院医学研究院医療経営・管理学准教授も、「これまでの幾多の事例が再発防止につながっているのか、という思いがある。再発防止策については、医療安全の体制なども含めて具体的に踏み込んで提言する必要がある。また学会などだけではなく、教育機関への働きかけも必要。問題のある事例についてはそれを提起するなど、この再発防止委員会は、本当に社会にとって必要なことを柔軟にできる会にすべき」と求めた。

 川端正清・同愛記念病院産婦人科部長は、「医会と学会は出版物も共同で発行している。再発防止に関する情報などは、全産婦人科医に伝えられるシステムを作るべき」と述べ、単にホームページ上などで公開するだけにとどまらず、積極的な情報提供が求められるとした。

 もっとも、日本医療機能評価機構理事で、産科医療補償制度事業管理者の上田茂氏は、やや消極的で、「まずは私どもとしては、再発防止策について提言していくことが基本になると考えている。『あれもやる』『これもやる』のではなく、再発防止報告書を作る枠組みからスタートしたい」と述べ、その上で、「仮に研究などを行う場合には、運営委員会に諮ることが必要」とした。確かに産科医療補償制度では、再発防止策の研究に資金を出す設計にはなってはいない。

 座長の池ノ上氏は、「誰が見ても問題が明らかな事例、また今すぐできることであれば、迅速に提言していく。一方で今の医学的知識では判断できず、アカデミックエビデンスを必要とするものについては、研究を進める。この二段構えでやらないと再発防止は進まない」との見解を述べた。また、研究事業については、「学会、医会にアプローチすれば、アカデミックな議論はできる。いろいろな関係機関に働きかけていくことが必要ではないか」とし、さらには再発防止策の提言についても産科医療の現場に届くルートを作るべきだとした。

 無過失補償制度は、産科医療以外にも広げるべきとの意見があり、産科医療補償制度の動向が注目される。ただし、原因分析の報告書作成が現時点で5件まででとどまっている現状から分かるように、原因分析、さらには再発防止策の検討には相応のコストと人手がかかるのも事実。現実性かつ継続性のある制度設計が求められている。

http://www.m3.com/iryoIshin/article/122457/