シャープペンシルのお話
昨日、創志塾に行く電気の中で、シャープペンシルの
発明者、早川徳次様のお話を、読みました。
ホンマに今の豊かな日本を創って下さった方の一人
だと思うと共に、今の僕に生き方の手本とすべき人
だと、感じました。
早川徳次様は、裕福な家庭に生まれ育ったのですが、
母親が、結核で倒れ2歳のまだ物心つかない時に里子に
出された先の、ママ母が児童虐待の極みで、
食事はたくあんの切れ端や塩をふりかけたご飯
殴る蹴るは当たり前、極寒の中便所の肥壺の
中に突き落とし、学校から、帰ると寝るまで内職
勉強出来る時間はなく、義務教育の途中で学校を
やめさせられて、仕事をさせられた。
かわいそうに、思った近所の方が丁稚奉公先を紹介
してくれてここで、金具製造職人として腕っを磨かれました。
お礼奉公を2年半したのち、時間を見つけては、
開発を続けて発明したのが、穴のいらないベルトのバックル
でしたこのバックルが、ヒットして、朝4時に起きて夜の10
時まで働いたて、空いた時間ができたら、
新製品開発したそうです。
そんな中発明されたのがシャープペンシルで、世界中の
どこにも無い画期的な発明でしたが、開発当時は全く売れなかった
そうですが、海外から認められると、たちまち日本で売れ出し、
事業も軌道に乗って、資産は増え結婚し子供もでき、子供の頃の
不幸が、幸せになって返ってくると思っていた29歳の時に
関東大震災で、妻と子供工場を失ってさらに借金を返すように
迫られもちろん返すあてもなく、シャープペンシルの特許権
と製造機械を売却して返済に当てたそうです。
会社更生法や自己破産の選択肢もあったのですが、
商売に甘えが出るとこばんだそうです。
そのわずか1年後、徳次様30歳新天地大阪で、早川金属工業研究所の
看板を掲げ、国産ラジオ1号の開発、国産テレビ1号開発など
家電開発の1号を連発ところが市場のシェアは、東芝や松下が1位に
松下は、マネしたで、早川は、ハヤマッタと言われても
昭和34年に太陽光発電の研究を開始その後も、世界初の電卓など開発して
77歳の時に社長を退かれ、社名もシャープ株式会社に変更
実は大阪で会社を始めたのも9月退かれたのも9月関東大震災も9月
早川徳次様はあえてこの日を選ばれたそうです。
辛くても諦めず前進すれば道が開ける
言うのは簡単ですが実践するのは、たいへんです。
でもこれから、日本で、会社経営するにこの覚悟が必要だと
早川徳次様から、教えてもらった気がします。
発明者、早川徳次様のお話を、読みました。
ホンマに今の豊かな日本を創って下さった方の一人
だと思うと共に、今の僕に生き方の手本とすべき人
だと、感じました。
早川徳次様は、裕福な家庭に生まれ育ったのですが、
母親が、結核で倒れ2歳のまだ物心つかない時に里子に
出された先の、ママ母が児童虐待の極みで、
食事はたくあんの切れ端や塩をふりかけたご飯
殴る蹴るは当たり前、極寒の中便所の肥壺の
中に突き落とし、学校から、帰ると寝るまで内職
勉強出来る時間はなく、義務教育の途中で学校を
やめさせられて、仕事をさせられた。
かわいそうに、思った近所の方が丁稚奉公先を紹介
してくれてここで、金具製造職人として腕っを磨かれました。
お礼奉公を2年半したのち、時間を見つけては、
開発を続けて発明したのが、穴のいらないベルトのバックル
でしたこのバックルが、ヒットして、朝4時に起きて夜の10
時まで働いたて、空いた時間ができたら、
新製品開発したそうです。
そんな中発明されたのがシャープペンシルで、世界中の
どこにも無い画期的な発明でしたが、開発当時は全く売れなかった
そうですが、海外から認められると、たちまち日本で売れ出し、
事業も軌道に乗って、資産は増え結婚し子供もでき、子供の頃の
不幸が、幸せになって返ってくると思っていた29歳の時に
関東大震災で、妻と子供工場を失ってさらに借金を返すように
迫られもちろん返すあてもなく、シャープペンシルの特許権
と製造機械を売却して返済に当てたそうです。
会社更生法や自己破産の選択肢もあったのですが、
商売に甘えが出るとこばんだそうです。
そのわずか1年後、徳次様30歳新天地大阪で、早川金属工業研究所の
看板を掲げ、国産ラジオ1号の開発、国産テレビ1号開発など
家電開発の1号を連発ところが市場のシェアは、東芝や松下が1位に
松下は、マネしたで、早川は、ハヤマッタと言われても
昭和34年に太陽光発電の研究を開始その後も、世界初の電卓など開発して
77歳の時に社長を退かれ、社名もシャープ株式会社に変更
実は大阪で会社を始めたのも9月退かれたのも9月関東大震災も9月
早川徳次様はあえてこの日を選ばれたそうです。
辛くても諦めず前進すれば道が開ける
言うのは簡単ですが実践するのは、たいへんです。
でもこれから、日本で、会社経営するにこの覚悟が必要だと
早川徳次様から、教えてもらった気がします。