生きるまでいきたらば、死ぬるでもあらうかと思ふ | おしんの俺様風流記

生きるまでいきたらば、死ぬるでもあらうかと思ふ

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以前は生まれ変わりたくなんかなかった。
仲の良い友達が一人、大好きだった先輩が一人、大親友が一人、同級生が二人、事故で死んだ。

凄く苦しくて、一時期、欝っぽくて、こん時は、死んだら俺の存在も綺麗になくなるんだと思ってた。死というものが怖くて眠れない日が続いた。

その後、東京に行って、北区の飛鳥山公園で見た桜の海。桜の美しさ、艶やかさ、潔さに感銘を受けたんだよね。

そして、そん時出逢った前田慶次が書いた無苦庵記の一節。心が洗われたっての?
あれを読んで俺の生き方は変わったんだよ。

俺を無間地獄から救ってくれた飛鳥山公園の桜の海、そして、前田慶次、無苦庵記に感謝。

     「無苦庵記」より抜粋

 抑も此の、無苦庵は、考を勤むべき親もなければ、憐れむべき子もなし
 心は墨に染ねども、髪結ぶがむづかしさにつむりを剃り、手のつかひ不奉公もせず
足の駕籠かき小揚やとはず
 七年の病なければ三年の蓬も用ひず


 雲無心にして岫を出るもまたをかし
 詩歌に心なければ月花も苦にならず
寐たき時は昼も寝、起きたき時は夜も起る
 九品蓮台に至らんと思ふ欲心なければ八萬地獄に落つべき罪もなし

生きるまでいきたらば死ぬるでもあらうかと思ふ

(合掌)