今まで、ここが世界の中心だと思ったことは一度もない。
けど、ここが世界の果てになるとも思ってなかった。


15年前、僕は大切にしていたものを一瞬にして失った。
絶望して路頭に迷った僕に、
手を差し伸べてくれたのは、
捨てたはずの故郷だった。


ただただすがったその手は、とても暖かく、
時間はかかったけど冷えた心は溶けていった。


もちろん、その後も別れがあったり、無くしたものはあったけど、
ちゃんとさよならも言えたし、けじめもつけられた。


でも?
だから?
ここは最後まで守りたい。
ここで生きることが僕なりの戦いなんだろう・・・




そら雨漏りしてきたので部屋を移動

ここは婆さんを介護していた部屋だ。

布団を引いて仰向けに寝てみる。

婆さんが最後に見ていた「空」があった。

天井の染みや木目が星に見えたり魔物に見えたりしていたんだっけ。

どんなこと考えてこの空を見てたんだろう?


介護が終わってすべきことがわからなくなって、

なんとなく死ぬにはうってつけの環境が整ってて

僕はなにをしていいのかまだわからない・・・


死ぬまで生きるって大変なことなんだな。

何も失う前に自分が失われるか
色んなものを失って行き続けるか
何にも無くなって自分だけ残るか
思案中


ま、逃げるすべはもうないんだけどね

朝がまた来た。


あといくつ朝は来るんだろう?


捨てるものと残すものの区別が曖昧。

今まで生きて築いたもの、

どこにでもあって些細で当たり前でそして大切なもの

僕はどこまで捨てればいいんだろう?

どこまで残るんだろう?





震災から6日目。

原発の状況は徐々に悪くなっている。

もうちょっとで自宅も避難圏内に入る。

多分時間の問題・・・


大学卒業してこっちに戻って十数年、

多分ここで生きてここで死ぬんだろうなあとはずっと思ってた。


去年まで婆さんの介護をしてて、

それが終わって、残ったものは死の影だった。


死ぬってなんだろう?

僕はどんな死に方するんだろう?

なんていうか死が身近になっていた。


そして、それは現状もっと身近なものになっている。


多分、僕は間もなく死ぬかもしれない。


避難・・・なんかとても面倒だ。

逃げ切れても、その後の自分が見えない。


でも、それは震災前もというかこの一年感じていたことで、

それが、間もなく現実になるのかもしれない。


それだけのこと・・・だったつもりだったのに、

恐怖はまだ感じている。


死ぬのが怖い、いやどんな死に方をするのかが・・・怖い。


でも、死ねば皆に会えるのかもしれない。


僕には生きてる人間より失ってしまった人間のほうが多い。

会えるとしたらそのほうがいい。

母親や婆さんや課長はおそらく受け入れてくれるだろう。

ちょっと早いけどお前も来たかって・・・


それならそれでちょっと楽しく思う。


でもやっぱり問題は「早さ」であって、

もう死ぬのかと思うと、やっぱり怖い。


怖い怖い怖い。


逃げて助かってこれからも生きることができたとしても、

逃げることによって失ってしまうものが僕にはまだある。

それはとてもかけがいのないもので、もう一度作ることは不可能だ。


だとしたら・・・?


なにもわからない。


ほんとうにわからない。


おろおろしてるだけでまったく無力。


そんな最近の生。


やるべきことはまだある。

でも気力がない。

諦められないこともある。

でもちょっとどうでもいい。


ここで生きてここで死ぬ。

たったそれだけの望みですら、

叶わないのかな?


生きるのも恐怖、死ぬのも恐怖・・・


どうしようもないね。