一帯一路の罠。


 あなたの国が、西アジア、中東、あるいは東欧の、発展途上国だとしよう。


 ある日、中華●民共和国の習さんが、声をかけてきた。

 「あなたの国に、新しい港と空港を造りませんアルか? 最新の設備の港や、空港があれば、外国の船や航空機が、あなたの国にたくさんやってくるアルよ。そうすれば、あなたの国は、豊かになるアルよ。」

 「ええ? でも、うち、そんなモノ造るお金、ないですよ。」

 「お金? そんなもの、心配いらないアルよ。 中華●民共和国が、ご融資するアルよ。」

 「でも~、返せるかしら・・?」

 「心配いらないアル。この国は、アジアとヨーロッパの中間にあるアル。貿易の拠点になるアルよ。立派な港や空港が出来れば、貨物船や旅客機がいっぱいいっぱいやってきて、稼げるアルよ。借金なんて、あっという間に返せるアルよ。」

 「そう・・ですか・・? じゃぁ・・、お願いしようかしら?」

 「うんうん。私にまかせるアル。よろしアルね!」

 

 で、あなたの国には、立派な港と空港が、中華●民共和国から借りた資金によって、出来上がりました。


 
 が・・・、新しい港が出来たからといって、今まで寄り付かなかった船が、来るわけではない。

 新しい空港が出来たからといって、何の用事もないのに、旅客機が来るわけでもない。


 維持費ばかりがかかり、あなたの国は、豊かになるどころか、ますます貧しくなっていきました。

 しかも、中華人民共和国に、多額の借金を返さなければならない。


 「さぁさぁ、今月分、利子だけでも返してもらおうアルか?」

 「すみません。港も空港も、これっぽっちも稼げなくて・・。もう少し待ってもらえませんか?」


 「アアッ!! 借りたもん、返すんは、どこの国でも常識ちゃうんかいアル!! 稼がれへんのは、アンタの国が商売が下手やからやろアル!! さっさと、耳をそろえて、借金返さんかいアル!!」

 (泣く  シクシク・・)


 「ま・・、そないに泣かれたら、我が中華●民共和国が、悪者みたいやないかアル? わしらは本来、弱いものの味方アル。 そや。ええ考えがあるアル。」

 「ええ?なんでしょうか?」

 「港と空港の管理権を、我が中華●民共和国に渡すっちゅうのはどうやアル?」

 「ええ?管理権を?」

 「そうや。そうすれば、アンタの国は、維持費を一銭も払わんでええアル。」

 「はぁ・・、期間はどのくらいでしょうか?」

 「99年間アル。」

 「ええ?! 99年間?!」

 「そうや、99年間アル。 ついでになぁ、港と空港の周辺の土地も、99年間貸してくれアル!」

 「ええ?! 周りの土地も・・? いや、今、住んでる人もいるし・・」

 「・・そうか。 ほな、今すぐ、借金返してもらおかアル。」

 「そ・・そんな・・」

 

 こうして、あなたの国は、新しい港と空港の管理権、そして周辺の土地を、99年間、中華●民共和国に貸す契約をしてしまった。


 
 数日後、港に、中華●民共和国の軍艦がやってきた。 連日のように、何隻も何隻も・・。

 空港には、中華●民共和国空軍の戦闘機が・・。

 周辺の土地には、軍人たちの宿舎や、軍事施設が続々と建てられていった。

 
 あなたの国は、完全に、中華●民共和国の前線基地になってしまいました。

 中華●民共和国としては、ヨーロッパの入口に、基地を持てたのだ。

 

 あなたの国は、それ以降も豊かにはならず、若い娘のなかには、生活のために、中華●民共和国が建てた風俗施設で働く者も・・。

 中華●民共和国の兵士たちは、あなたの国の人々を見下し、街中でタバコやゴミを捨てたり、痰を吐いたり、立ちションしたり、酒に酔って乱暴したり、商店で代金を支払わなかったりと・・、蛮行の限りを尽くした。


 あなたの国は、中華●民共和国の植民地と化してしまったのだ。

 

 一帯一路・・・。

 恐ろしい罠である。


 (この話、前半部分は、実際、スリランカで起きていることです。)


 
 

 
 

 


『キングコング:髑髏島の巨神』 を観てきました。

怪獣大好きのワニだが、基本的にキングコングは好きじゃない。だって、ただの巨大な猿だから・・。
だが、このキングコング、3年後には、ゴジラと闘うことが決まっているので、どんな奴なのか、観ておかなくちゃ、と・・。


ワニの近所の映画館、平日の午前中(1回目の上映)は、1,300円なので、上映時間の10分前に急いで家を出ました。(それほど近いのです。^^)


結果的に、観てよかった。面白かった。

まったく退屈しなかった。

皆さんに観てもらいたいので、あまりネタバレになるようなことは、書かないでおきます。

映画のファーストシーンだけ、紹介します。

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1944年、南太平洋のどこかの島。

上空からパラシュートで降下してくる米軍航空兵マーロウ。 そして墜落して、砂浜に突っ込むP-51戦闘機。
その直後、火を噴き、墜落するゼロ戦。そして、マーロウの目の前にパラシュート降下してきた日本海軍航空兵イカリ・グンペイ(MIYAVI)。

二人は、速攻、殺し合いにかかる。
ピストルの弾が切れ、ジャングル奥地に逃げるマーロウ。 日本刀を振りかざして追うグンペイ。
崖の上で取っ組み合いになり、グンペイの軍刀がマーロウの首に迫った、その時・・。

巨大な猿が二人の目の前に・・・。


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映画は、それから三十数年後の世界にとびます。


この映画、製作陣が、昔の東宝の怪獣映画をよく知ってるな・・と思いました。
東宝作品に対するオマージュが、いくつか観られました。

キングコング(映画では、そういう呼び方はされていない。ちなみに、原題でも「キング」は付いていない。ただの「コング」である。)は、映画の前半で、アメリカ兵を殺しまくるのですが、別に悪い奴ではないです。
自分の棲家に爆弾を何発も落とされたら、誰だって怒るでしょう。

コングはむしろ、この島の守護神なのです。

あれ? この前のゴジラも、確か正義の味方だったよね?
じゃぁ、3年後の『ゴジラ対コング』は、正義の味方同士の対決になるのかな?

この映画、島に行く探検隊の中に、中国人のかわいい娘(ジン・ティエンという女優らしいが、ワニはまったく知らない)が参加しているのだが、まったくいらない存在です。
「何しに、いるの?」と首をかしげたくなります。
これは、いわゆる『大人の事情』というやつでしょう。と、いうのは、この映画、中国人プロデューサーが関わってます。
そのプロデューサーの意向で、「中国で今、売り出し中の、この娘を使えよ。」ってなことでしょう。

ちなみに、この娘、かすり傷ひとつ負わず、最後まで、服も綺麗なままです。 ありえない・・。

 

さぁ、もう寝なくちゃならないから、最後に大事なこと、言いますよ。

この映画、もし観にいったなら、最後のエンドロールが終わるまで、じっと我慢していてください。
なぜなら、エンドロールが終わってから、まだ話が続くのです。

次回作『怪獣王 ゴジラ』につながるシーンが、エンドロールの後にあります。

お子さんと観に行く方、英語の小さな字が続くエンドロールは、お子様には退屈でしょうが、我慢して座らせておいてくださいね。

 


P.S
『夏目友人帳 陸』 今晩から始まるにゃん!

 

 

 

  私は、中学生の時、TVで『荒野の七人』(1960年 米ユナイテッド・アーティスト制作)を観て以来、友人たちから「荒野の七人キ●ガイ」と呼ばれるほど、この映画に惚れ込んでいた。

 それが証拠に、私は、七人を金魚に置き換えた『黄金の七人』や、怪獣に置き換えた『七匹の怪獣』などを、SNSで発表している。


 『荒野の七人』は、俳優ユル・ブリンナーが、黒澤明監督『七人の侍』(1954年 東宝)を観て感銘を受け、その脚本の権利を買い取り(たった250ドルだったらしい・)、自らが主演した作品である。
共演は、当時はまだ駆け出しだった スティーブ・マックイーン、チャールス・ブロンソン、ジェームス・コバーン、ロバート・ボーンなど、10年後なら、共演するのは絶対無理だろう、と思われる豪華キャストである。

 その後。『続・荒野の七人』(1966年)、『新。荒野の七人』(1969年)、『荒野の七人 真昼の決闘』(1972年)と4作品、作られた。

 そして、このたび、45年ぶりに『マグニフィセント・セブン』(1960年の『荒野の七人』の原題と同じ。「素晴らしき七人」とか「偉大な七人」という意味。)として復活した。


 この作品、宣伝文句として、
-原案『七人の侍』『荒野の七人』その魂を受け継ぐ-
 と謳われているが・・・、

まったく引き継いでいません!!

 この作品が『荒野の七人』とは無関係で、まったく違うタイトルであれば、それなりに楽しめたし、お勧めの映画となったであろう。
アメリカ版のゴジラが、「ゴジラ」という名前を使わず、まったく違う怪獣の話なら、面白いと思ったであろう・・という感じと一緒だ。

 だが『荒野の七人』のリメイクなら、まったく不満である。

 では、何が不満なのか?

  以降は、ネタバレになるので、これから観ようと思う人は、観るまで読まないでください。




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 まず、どうして「素晴らしき七人」なのか?「偉大」なのか、今回の製作者はちゃんと考えたのか?

 

『七人の侍』では、ただ、「飯を食える」 というだけで、なんの縁もゆかりもない百姓のために、侍たちが、命を懸けて戦う。
 『荒野の七人』でも、たった20ドルという少額の報酬で、アメリカの白人が、メキシコ人のために戦う。

 だから マグニフィセント なのだ。

 なのに、今回の作品では、映画の最後の最後に、七人のリーダーであるサム( デンゼル・ワシントン)が、悪党のかしら ボーグに、個人的な恨みを持っていることが判明する。

 これは、『七人の侍』や『荒野の七人』の精神に反する。

 穿ったものの考え方をすれば、サムは、自分の恨みを晴らすために、他の六人を利用したことになる。

 ちっとも マグニフィセント じゃない。

 死んだ4人の仲間が知ったら、なんと言うだろうか。「おまえ、綺麗ごとを言って、俺を騙したのか?!」と・・。



 7人のうち、生き残った3人は、黒人、メキシコ人、先住民族(インディアン)である。
 これも、なんか、気を遣い過ぎじゃないかな?と・・。

 死んだ4人の中には、謎の東洋人(イ・ビョンホン)もいるので、7人のうち、白人は3人。

 『荒野の七人』は、今までに何度もリメイクの計画があったが、今までは、すべて白人の出演者が予定されていた。
 でも、時代がそれを許さない。
 今、アメリカで、映画やTVドラマを作ろうと思ったら、出演者の中に、一定の割合で、黒人やヒスパニック系、アジア系などを入れないといけない。

 それにしても、『七人の侍』の魂を引き継ぐなら、ナイフ使いの東洋人の役は、日本人にして欲しかった。なんで韓国人なんだ・・。




 最後に、監督のアントワーン・フークワの言葉を紹介しよう。

「重要なのは『七人の侍』のDNAに忠実であること。クロサワが生きていれば、現代版のこの物語を観たいと思ってくれると信じている。



どこが、『七人の侍』のDNAに忠実なんだろう?
映画としては、面白かったけどね・・。



 

2月6日ブログの日記念スタンプ

ブログの日スタンプ

 ブログの日 ってあったんですね。

 記念スタンプ、いただきました。



 2月6日

 年に一回の、和食屋でのお食事会。

 大好きな姪っ子と一緒に、親戚の方に、御馳走になってきます。

 テッサ、食べてきます。

 (=^・^=)


  清原選手、いや、清原元選手、清原容疑者と呼ばなきゃならないのか?


  今から、22年か23年くらい前だったかなぁ?
  お正月の事。

  新幹線の新神戸駅の近くに、ホテル兼ショッピングセンターみたいなとこがあってね・・。
  その中にゲームセンターがあって・・。
 
  ワニが、学生時代の友達と一緒にゲームで遊んでいると、背が高くガッチリした体格の若い男性が、かわいい女性と、3人くらいの若者と一緒にゲームセンターに入ってきた。

 「あれ?清原っぽいなぁ・・。」
 そう思ったが、特に気にもせず、ゲームを続けていた。


 やがて、その一団が、ワニの隣のゲーム機にやってきた。
 それは早撃ちゲームで、前方の画面に、西部のガンマンが現れて、腰のベルトから銃を抜いて、撃ってくる。 プレイヤーは、その前に銃を抜き、そのガンマンを撃つ・・というものだ。


 その若い男性の連れの、かわいい女性は
 「え~、これ、どうやるの~?」 と・・。

 で、ワニが、「これはねぇ・・・」 と、銃を手に取ったりしながら、ひととおり、ゲームの内容を教えてあげた。
 
 ワニはね、ちょっと心配した。
 「俺の女に、なれなれしくするな!!」 とか、言われないかな? って・・。

 でも、そんな様子は全くなかった。
 その若い男性は、終始、ニコニコして、その様子を見ていた。

 ちなみに、その女性が、その若い男性の「彼女」なのか「友達」なのか「親戚」なのか、わからなかった。


 すると、ワニの友達が、ワニの服を引っ張り、小声で
 「ワニガマさん、ワニガマさん、横の男・・、き、清原ですよ。」 と・・。
 「あ、やっぱり。そうだと思った。」
 「え?ワニガマさん、気づいてたんですか?」
 「うん。でも、今、プライベートだから・・。あえて、声、かけなかったんだけどね・・。」


その後も、本人には、声をかけなかった。

 これが、大阪のミナミあたりのゲームセンターだったら、どうかはわからないが、ここでは、みんなが、ギャーギャー騒いだり、とかは、なかった。
 
 

 それまで、特に清原選手のファンではなかったけど、こういうことがあってから、少し、彼のファンになった。


 彼は、その時、すでに、西武ライオンズの大黒柱とも言えるほどの大スターだったけど、彼は、偉そうな態度は、これっぽっちもなかった。


 連れの女性がゲームをしているのを、ニコニコしながら見ていた清原選手。
 ワニには、そのイメージしかない。


 阪神ファンのワニは、彼が、フリーエージェントで、阪神を選ばずに、巨人にいった時は、とてもガッカリしたけどね。


 オックス在籍時代は、グリーンスタジアム神戸(当時はスカイマークスタジアム、現在はほっともっとフィールド)に、一度だけ、試合を観にいった。
 彼は、その時、ホームランを打ってくれた。
 立ち上がって、手を上に挙げて拍手したなぁ・・。

 

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 清原さん。

 今回のことは、大変、残念です。

 更生して、また、あの時のような、ニコニコしていた姿を、見せてください。
 
 
 


 ワニの家は、「全壊」状態だったが、「崩壊」はしなかった。
 ワニは、母親と共に、その壊れた家に、4か月住んだ。

 避難所には行かなかった。なぜなら、避難所は、もっと悲惨なめに遭った人たちでいっぱいだったから、我々は遠慮しておこう、と・・。
 だから、配給とかも、もらいに行かなかった。

 雨が降ると、家の中に、滝や川ができた。雨漏りを避けて、体をくねらせて寝た。
 部屋の扉や、ふすまなどは、閉まらないので、開けたままだった。

 とはいえ、家は建て直さなければならないので、5月に、母親は、灘から遠く離れた北区の仮設住宅(山の中で、店とかもほとんどない所)に・・、ワニは、東灘区の山の手の職場近くの学生向けワンルームマンションに、それぞれ引っ越した。

 ワンルームマンションの家賃は、かなり高かった。 大家さんも同じ被災地の人間なのに、敷金も礼金も、一切まけてくれることなく、しっかり取られた。

 東灘区といえば、下町では、ものすごい数の人が亡くなったが、山の手は、まったく被害がなく、大家さんも、被災者に同情とか、考えもしなかったのだろう、きっと・。
 

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 従兄弟が、物置や雨戸などを扱う仕事をしていたので、大阪の住宅会社を紹介してもらった。 

 ワニは、その従兄弟が大嫌いだったが、住宅関係のことは何もわからないので、仕方なく頼ることにした。今のように、個人でインターネットとか、しない時代だったから、その専門の知識を持ってる者を頼るしかなかったのだ。

 太●住宅という酷い会社を紹介された。 その会社、その後、倒産して、今は似たような名前で、また営業している。
 
 見た目はきれいだが、壁も床も薄っぺらな安モンの家を建てやがった。
 1階と2階で、音はつつ抜け、トイレの水を流すと、家じゅうに聞こえる、冬は凍えるくらい寒く、夏は灼熱・・。
 しかも、バリアフリーにしてくれと言っていたのに、段差だらけの家だった。
 もちろん、事前に設計図とかを見せてもらったが、素人のワニに、その詳細がわかるわけない。間取りくらいしか確認できなかった・・。

 費用は高かった。 ぼったくられた。
 後から知ったんだが、営業と建築の担当の奴らは、母から、しょっちゅう、金を巻き上げていたそうだ。

 そして、営業の担当の奴は、ワニの家と同時に、大阪の自分の家を建築していて、本来、ワニの家に使われるはずの資材を、自分の家にまわしていたらしい。
 
 苦情を言うと、「あの状況で一所懸命に建ててやったのに・・。」と、恩着せがましいことを言われた。

 あの兵庫の地震は、大阪の建設会社にとっては、とてもありがたいことだったようだ。
 ワニのように、ぼったくられた人は、かなりいたらしい。


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 職場には、かなりの数の、おにぎりやパンが届くようになった。
 毎日、たくさん捨てられた。

 ワニが、「避難所にいるパートさんに持って行ってあげよう」と提案すると、上司や同僚から「あのパートのおばはんと、デキてるのか?」 とか 「自分の印象をちょっとでも良くしようとしているのか?」 とか言われた。 

 レベルの低い奴らだ・・。


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新築した家は、6年後に、売ってしまった。
 6年間は、震災特例で、家のローンを払わなくて良かったから、まだ我慢したが、こちらの希望とはかけ離れた家のローンを払う気にはなれなかったからだ。
 
 母は、中古の3LDKのマンションに・・、私は、UR(当時は住宅公社)の賃貸マンションに・・。
 ちなみに母は、3LDKのマンションに引っ越してから14年間、ずっと、愚痴ってる。
 「日当たりが悪い」「夏は西日で暑い」「一番北の端の部屋なので冬は寒い」「換気扇が役に立たない」「エアコンの利きが悪い」「階段が辛い」「管理費が高い」「こんなとこ人間の住む所じゃない」と、私の顏を見るたびに、愚痴る・・というか、私を責める・・。 「だったら、買う時に言えよ・・。」と思うのだが・・。
 (ちなみに、そのマンションの前に、大きなマンションが建ってしまったので、今では、六甲山も見えないし、秋冬の沈む夕陽も見えなくなった。)
 

 とにかく、震災後、母親と私の関係は最悪になった。
 何かと私に食って掛かってかかるようになった。
 地震の半年前に父親が死んだのだが、父親がいれば、状況も、また、違ったのだろうが・・。

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 震災後の義援金の配り方のも、大いに疑問が残る。

 昨年、同じ職場の、神戸の違う区に住んでるオッサンに、聞いたのだが、そのオッサンは、地震時、賃貸住宅に住んでいながら、100万円貰ったという。
 なんで、持ち家が全壊した私が15万円なのに、賃貸に住んでる人が100万円なんだ??
 「区が違うと、義援金の支払いも違うんじゃない?」と、そのオッサンは言っていたが、ほんとだろうか?

 また、何百万円も、市(県?)から騙し取った奴の話も聞いた。震災後の混乱があったとはいえ、そいつの所に、いまだに取り立てが来ないのも不思議だ。
 そいつは、その金で家族旅行を満喫したらしい。

 家族を亡くした方に、けっこうな金額の見舞金が支払われたが、亡くなった方より、これから生きていく人に、その金を渡してほしかった。
 自分の母親を亡くした、ある男は、「やっかいものが死んでくれた上に、金が入った。」と喜んでいた。


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 地震の2か月後、東京で、地下鉄サリン事件が起きた。

 その日から、新聞からもテレビからも「震災」の文字が消えた。「サリン」一色となった。
 新聞やテレビだけじゃない。 首相をはじめ、政治家たちの頭からも「地震」は消え「サリン」のみになった。

 そりゃそうだろ・・。地方の一都市で起きた天災より、首都で起きた毒ガステロのほうが、国家の危機なんだろう・・。

 そういった意味でも、私はオウムの奴が許せない。

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 我々、阪神大震災の被災者の体験は、その後の災害対策には、かなり役にたったようだ。

 自衛隊は、要請がなくても、被災地に行けるようになったし・・。
 家を失った方には、義援金に関係なく、もっと貰えるようになったらしいし・・。
 避難所で役に立つ商品も、いろいろ開発されたようだし・・。
 あと、いろいろ、さまざまなことが改善されたようだし・・。


 「神戸は復興した。あんな災害があったなんて嘘のようだ。」なんて、言われているが、そんなことはない! 見た目だけ復興しているだけだ。
 「震災前より、今のほうが幸せだ。」なんて人は、ほとんどいない。


 私が夜、夢の中で、現れる家は、震災前の家だ。
 二階に、ちょっとしたバルコニーがあって、その床には、茶虎猫さんのトラちゃんの足の肉球の跡型が・・。 猫さんって、固まりかけのコンクリートの上を歩くのが好きだからね・・。^^
 そこで、陽に当たって、寝転んでいると、サビ猫さんのクロコさんがやってきて、私の足を甘噛みする。 やがて、私の横で、一緒に昼寝を・・。
 今でも、想い出す・・。

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 私は 『to U』という歌が好きだ。

 災害の被害者の心に響く歌詞だ。

 ミスチルファンのある女の子が教えてくれた。
 「ワニガマさん、to U は、阪神大震災の被災者に対しての唄でもあるんだよ。」と・・。
 で、You Tube で、真剣に聞いてみた。
 二番以降の歌詞を聞いて、泣けてきた。
 いい歳したオッサンが、パソコンの前で、声を上げて泣いた。


 ♪自然の猛威が 安らげる場所を奪って 眠れずにいるあなたに 言葉などただ虚しく・・・(中略)
  悲しい昨日が 涙の向こうで いつか微笑みに変わったら・・・(中略)
  人を好きに もっと好きになれるから 頑張らなくていいよ
  今を好きに もっと好きになれるから あわてなくていいよ♪

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 読んでくださって ありがとう。


 生きているだけで、感謝しなければならないのですよね。



 


 お菓子や、おにぎりを自転車に積んで、売りに来ている者がいた。
 カルビーのポテトチップ1袋が、1000円。 おにぎりも、1個500円。
 安売りで有名な八百屋も、通常の3倍、4倍の値段で売っていた。
 人の弱みにつけこみやがって・・・。
 それでも、空腹な子供のために、買う人がいた。


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 地震の2日後、上司から電話があった。
 「職場を片付けに、出社しろ。専務の命令だ。」と・・。

 東灘区の山手にある職場に、出社すると、出勤してきたのは、その上司と私だけ・・。
 道路、鉄道が復旧していないので、家からバイクで通勤可能な二人だけが出勤できたのだ。

 専務は「今が、儲けるチャンスや!」などと、人間性を疑われることを言ってたらしい。

 自分の家が壊れて、この先が心配な私が出勤してるのに、遠方の被害が何もなかった同僚たちは「道路が渋滞して出勤できない。」と、思わぬ休暇を楽しんでいたらしい。
 

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 学生ボランティアが、手伝いに来てくれてたのに、上司が彼らのことを『アルバイト』と伝えてきたので、私は、偉そうに命令してしまった。悪いことをした。本当に申し訳なかった。
 彼らは、お菓子屋やカップラーメンなどを片付けながら、「まさか、これ、売る気じゃないだろうなぁ!」と怒っていた。最もなお怒りだ。


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 地震から、どれくらい経ってからだったか・・・、JRが復旧してすぐに、大阪まで、お風呂に入りに行った。
 義理の兄の会社の寮が大阪にあり、そこで、そこの会社に勤務する社員の家族や親戚は入浴させてくれた。

 大阪に行って、びっくりした。別世界なのだ。
 ネオンが燦々と輝き、ハイヒールを履いた女性が歩き、飲食店も普通に営業している。
 すぐ、お隣なのに・・。
 いや、別に、大阪の人に何の罪もない。 いつもどおりの生活をしてくれれば、いいのだ。
 ただ・・・、目と鼻の先で、この違いは何なんだ? と・・。


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 夜はほんとに、怖かった。
 真っ暗なので、バイクで走っていたら、突然、目の前に倒れた家が・・なんてことは、よくあった。
 気が付けば、いつの間にか焼け野原の真ん中にいて、そこからどうやったら引き返せるのか、わからなくなったこともあった。


 住民がいなくなった家や店に、わざわざ遠方から、盗みに来る輩がいた。
 レイプ目的で、やって来る輩もいた。
 灯りもなく、警察官も無力な街では、盗みやレイプは容易いことだったのだろう。
 単なる噂だといいのだが、被災者にレイプされたボランティアの女性もいたとか・・。

 
 テレビ局や新聞社のヘリコプターが火災を大きくしたことをご存じだろうか?
 また、テレビ局のクルーが投げ捨てたタバコで火災が起こったことをご存じだろうか?


 そういうこと、マスコミは一切伝えないですよね。 いや、伝えられないか・・。


                        つづく。
 
 
 

毎年、この時期に、この話を書いています。
 過去に読んだことがある方、お許しください。
 

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1995年1月17日 午前5時46分52秒  神戸市灘区

 キングコングが、私の家を掴んで揺さぶった。
 いや、まじめに、そう思ったのだ。

 とっさに、布団の中で身体を丸めた。
 
 テレビやタンス、何百本ものビデオテープが、私めがけて飛んできた。

 揺れてる時間が、かなり長く感じた。

 揺れが収まり、身体を起こしたものの、まわりに、いろんなものが散乱し、土壁がはがれて、床はザラザラ、素足で歩くには危険な状態だった。

 しかも真っ暗で何も見えない。


 私の部屋は2階なのだが、1階には、母と姉、4歳の姪が寝ていた。

 1階から、まったく声がしない。

 「まさか・・、3人とも・・」

 
 私は、姪の名前を叫びながら、手探りで暗い階段を降りた。

 1階に降りると、母や姉が、「しっ!静かに!寝てるから」と・・。

 なんということだ。あの激しい揺れの中、姪は寝ていたのだ・・。


 仏壇、テレビ、タンス、冷蔵庫・・・、すべての立っているモノが、すっ飛んで、倒れていた。
 ただ、奇跡的に、母も姉も姪も、かすり傷ひとつ負ってなかった。



 しばらくすると、会社の上司から電話がかかってきた。
 「大丈夫か?」
 「はぁ。家の中がめちゃめちゃなので、片づけたいので、今日、遅刻してもいいですか?」

 こんな呑気な話をしていた。
 
 と、いうのは、この時点では、街が火の海になるような大惨事が起きてるとは、思ってもいなかったからだ。

 大阪のラジオ局も「大きな地震がありましたねぇ・・」くらいのことしか言ってない。
 (すぐ隣の大阪でさえ、神戸の惨事に気づいてなかった。)

 また、この時点では、暗かったので、自分の家が酷いことになっていることすら、気付いてなかった。



 しばらくすると、義兄(姉の夫)が、東灘区からパジャマ姿で、走ってきた。
 
 義兄の実家(灘区)は、1階部分がペシャンコに潰れたらしい。
 義兄のご両親は、2階で寝ていたので、なんとかご無事だったようだ。

 姉と姪が、昨晩から我が家の一階に寝ているのを知っているので、ここも、一階が潰れたら・・・と思って、走ってくる間、心配で心配で仕方なかったようだ・・。
 

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 いつまで経っても、日が昇らない。

 おかしいな? そう思って、窓を開けると・・・。

 いつまでも暗いはずだ。
 黒煙のため、太陽が見えないのだ。


 私は、外に出てみた。

 私の家の少し南に、山手幹線という道路があるのだが、その南側は、火の海だったのだ。

 道路沿いに、焼け出された人たちが、パジャマ姿で呆然としていた。

 「どこの国だ? どこの国が、どんな爆弾を使ったんだろう?」
 「きっと、東京や横浜もやられたんだろうなぁ・。」
 「大阪は無事らしいよ。」
 知らないオジサンと、こんな会話をした。
 戦争が起きたと思ったのだ。
 神戸で地震が起きるなんて、考えてもみなかったからだ・・。


 突然、一人の男が、私の腕を掴んで、「わぁ~~!」と大きな声を上げ、泣き崩れた。

 以前、私が雑貨屋をしていた時、商品を卸してくれていたF君である。

 聞けば、F君は、崩れた家から、なんとか這い出したものの、ご両親は「熱い!熱い!」と悲鳴をあげながら、生きたまま焼かれて、亡くなったらしい。

 「俺は、親を殺した! おやじもおふくろも助けられなかった!」

 そういって泣くF君に、かける言葉はなかった・・。

 近くで、車が爆発した。
 ガソリンを積んだ車は、火災現場では、爆弾になる・・。


 F君の叔母さんが、兵庫区にいると聞いて、私は、車でF君を送ることにした。
 おふくろに、近所の惨状を伝えるため、そして、車のキーを取りにいくため、急いで家に戻った。
 途中、「おい!手を貸してくれ!」 と、声をかけられたが、申し訳ないが無視した。

 駐車場に行くと、私の車は無事だった。


 下町は、火の海だったり、倒壊した家で、道がふさがれていたので、兵庫区まで、山の手の道を走った。

 阪急電車の線路より上は、家の倒壊もなく、コンビニの前には、行列が出来ていた。


 車の中で、冗談を言って、F君を笑わせた。
 こんな状況でも・・、親が死んだ直後でも、笑う。
 これが、後に復興の力として顕れる、関西人のパワーなのだ。


 兵庫区でも、あちこちから火の手が上がっていた。

 「叔母さんも焼け死んでいるかも・・」
 F君はそう言った・・・。

 
 F君の叔母さんの家の近くで、彼を降ろした。
 悪いが、一緒に叔母さんを探している余裕はない。
 今頃、灘区の私の家にも、火が迫っているかもしれない。
 近所にガソリンスタンドもあるし・・。

 無一文になったF君に、2万円と、テレホンカードを渡すと、私は、灘区の家まで急いだ。

 道は大渋滞になっていて、家にかえるまで、かなり時間がかかった。
 被災地のど真ん中に、年寄りの母を置いて、遠く離れた自分を責めた・・・。



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 幸い、家のほうまでは、火は迫ってきてなかった。


 午後、バイクに乗り換え、東灘区にある職場に向かった。

 道端で、毛布にくるまって震えている老人。
 顔から血を流している女の子。
 泣いてるオッサン。

 途中、見たくないものばかり見た。


 職場は、食堂である。
 1階には、パンやお菓子を売っている売店もある。

 外国なら、こういう状況では、ガラス窓を破られて、商品はからっぽになっていただろう・・。
 だが、さすが、日本だ。
 店は荒らされてなかった。


 食堂の中を点検していると、何人かの若者が、窓から入ってきた。

 「1階の売店を開けてくれ」 と・・。

 だが、私は、売店のカギを持っていない。

 「なら、食堂にある食べ物をわけてくれ」と・・・。


 そこで、私は、その後、ずっと後悔し続ける対応をしてしまったのだ・・。

 「私の一存では決められない。それはできない。」と・・。

 なんと、馬鹿なことを・・。

 今から思えば、ポテトサラダとか、かまぼことか、卵とか、食べられるものは、なんでも、分けてあげればよかった。 どうせ、数日後に、すべて捨てることになったのだから・・。


 それに、その時の私は、まさか、まさか、日本政府が、何日もの間、我々被災者をほったらかしにするとは、夢にも思っていなかったからだ。

 当日中にでも、食糧や生活必要品を、政府が配給してくれるだろう、と思っていたからだ。


 若者たちを追いだしておきながら、私は、かまぼこと牛乳を持って、家に帰った。
 最低な奴だ、私は・・・。


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 家に帰って、改めて、家のあちこちを見てみたら・・・。

 私の家は、かなり古い木造の家屋なのだが、つくづく、「昔の大工さんはいい仕事をしている。」と思った。
 大黒柱はしっかり立っているのだ。
 が、何十年もの間に、何回も、増築、改築していて、その部分の損傷が激しかった。

 私の部屋は、後から増築した部分が、本体から離れてようとしていて、壁には大きな亀裂ができていた。

 どこの部屋の扉も引き戸も、閉まらなくなった。

 家全体が、歪んでしまったようだ。

 瓦は、ほとんどが落ちたため、後日、雨が降った時は、家の中に川が出来るほど、雨漏りがした。

 

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 夜・・・。

 私の一生のうちで、一番寒くて暗い夜だった。

 すぐ近くに小学校があり、近所の焼け出された人たちは、小学校で、もっと寒い夜を過ごしたことだろう・・。

 いや、それ以上に、その時点でまだ、倒壊した家屋の下敷きになって、救助を待っている人もいたのだ。その人たちが一番辛かったろう・・・。


 デマが飛んだ。

 家を失った人たちが、食べ物や女を求めて、襲いに来る、と・・。

 私は、バットと、ライフルのモデルガンを抱えて寝た。

 余震が起こる度に飛び起きた。


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 翌朝、知人が、おにぎりを持って、訪ねてきてくれた。

 おにぎりという食べ物が、こんなに美味しいものかと思ったものだ。


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 以上は、地震当日の私の行動を簡単に書きました。


 腹が立つのは、結局、誰ひとり、救えなかった、いや、救おうとしなかった自分自身。
 何万人もの人が苦しんでいる最中、いつもと変わらぬ生活をしていた村山首相や、燃えさかる街を見ながら、自宅前で何時間も迎えの車を待っていた貝原兵庫県知事。
 「空母で負傷者を運んでやる」という米軍の申し出を断った神戸市。
 その他、もろもろの、役人ども・・・。
 テレビで、燃える街の様子を見ながら、思わぬ休暇ができたことを喜んでいた職場の同僚ども・・・。

 他にもいろいろ、許せないことが・・・。


                             続く

 12月14日は、「忠臣蔵」でおなじみ、赤穂浪士の討ち入りの日ですね。



 神戸にあるY神社の蔵には、ワニの先祖について書かれた文献が納められています。


 それによると、ワニの先祖は、討ち入りには参加しなかった赤穂の武士なのです。

 
 なぜ、参加しなかったか?


 それは、あの討ち入りが、正しい行いでは、なかったからです。



 松の廊下での出来事ですが、吉良上野介は悪くありません。
 
 そりゃ、浅野内匠頭に、あれやこれやと、言ったかもしれません。


 今のワニの職場でもそうですが、できない奴には「あれ、ちゃんとやったか?これはもう済ませたのか?」と、いろいろ確認の意味も込めて言いますよ。


 ワニも、仕事のできないジジィに、そういうこと言いました。
 すると、そのジジィ、「ワニガマに苛められたから辞めます。」と・・。



 浅野内匠頭も、そんな感じで、逆恨みでもしたのでしょう。
 もともと精神に異常をきたしていた、という説もあります。


 
 物語の「忠臣蔵」は、話を面白くするために、吉良がいろいろと陰険な意地悪をしたことにしているのです。


 だから、吉良への敵討ちなんて、ナンセンスなんです。



 ワニの先祖は、仇討ちを拒否しました。
 もちろん、お家断絶(お家取り潰し)です。
 そのため、赤穂には、いられなくなりました。


 ワニの先祖は、同じように仇討ちを拒否した仲間と共に赤穂を去り、現在の神戸市灘区にやってきて、農民となりました。



 「切腹するのが怖かっただけだろう!」
 そういうこと言う奴もいました。

 そうかも知れませんね。 まぁ、それでも、いいですよ。



 
 この赤穂浪士にまつわる一連の事件ですが、「赤穂の塩」の利権がからんだ、幕府による陰謀である、という説まであります。



 つい70年前に起きた戦争についてさえ、まだまだ知らないことが多いのですから、313年前の事件の真相なんて、わかりませんよね。
 
 


 ま、そういうことで、この日になると、先祖のことを想います。 
  (=^・^=)


日本3大ジーンズメーカーといえば、
 

  エドウィン  (EDWIN)
  
ビッグジョン (BIG JOHN)
  ボブソン   (BOBSON)


 エドウィンの名前の由来は、先日お話ししましたね。
 
 本日は、残り2つの名前の由来を・・。


※ビッグジョン  BIGJOHN

 創業者の名前が、小太郎。

 これを、アメリカ風に言うと、「小」 は 「リトル」
 「太郎」 というよくある名前は、アメリカなら 「ジョン」

 で、リトルジョン。

 ワニが好きだった、アメリカの戦争TVドラマ 『コンバット』 にも、リトルジョンという名前の大男が出ていた。

 でも、どうせなら、リトル より ビッグ のほうがいいだろう・・っていうことで、

  ビッグジョン  となったそうです。

 


※ボブソン  BOBSON

 日本のメーカーが頑張って、ボブ(アメリカでよくある名前)が、損(ソン)するように・・、という願いが込められて、

  ボブソン  となったそうです。


 じゃ、コンビニのローソンは、ローが損するように・・、な、わけないか・・。 (=^・^=)