もやもや病と診断され、そのころはもやもや病なんて看護師の私だって聞いたことがない病名だったのですが、そんな私を置いてけぼりにして病名だけ独り歩きを始めた感じでした。
先生からは、運動、ストレス、寝不足禁止、頑張りすぎない、職種も考え直して、と。
そのころ私はバリバリの4~5年目で、仕事も面白く、小さいころから習いたくて、でも習わせてもらえなかったバレエを始めて一年で…。
先生から病気の説明を受けた後、両親に報告の電話をした時。
両親はもう聞いていると知っていましたが、知らなかったふりをしました。
「もやもや病って、なんだか脳の動脈が細くなる病気なんだって。でも、今は何の症状もないし、運動とかに気を付ければ大丈夫みたい」
と…。
母は「それで、聞いて、あんたはどう思ったの?」と聞いてきました。
「別に…まぁ、バレエはやめなくちゃならないみたいだけど、あとは日常生活は普通で構わないみたいだし、大丈夫だよ」
そう答えた私に、母がその時なんて言ったか、覚えていません。
そうそう、その時、あれほど毎日あったTIAの発作がなぜほとんど消えていたか、後で先生に聞いたら、甲状腺機能が安定したせいだろう、と言われました。
恐るべし、バセドウ病…。
診断がつき、すぐ退院しました。
でも、もう少し落ち着くまで仕事はお預けでした。
結局一か月くらい休んだのですが…。
私、仕事人間じゃなかったし、休みは大好きだったし、働き始めたら、こんな長期の休み取れないな~なんて思ってましたが…。
休んでみると、結構焦るもんですね。
いつ仕事に戻れるか、そればかり考えていました。
でも、仕事先では…。
私の勤める病棟の師長が、以前小児病棟に勤めていて、小児のもやもや病の症例を見たことがあったらしく、私の診断名を聞いたとたん顔がこわばりました。
あれ?と思って、
「小児のもやもや病って、どんななんですか?」と聞いたら…。
「それは先生から聞いて」と…。
あとで調べると、小児は予後があまりよくないようですね。
重度の後遺症が残ったり…。
その間にも、外来では特定疾患の手続き、神経内科と脳外とのカンファレンス、などと、私がぼーっとしている間にいつの間にか私は難病患者になっていました。
そのころはもやもや病の歴史も浅く、検査などもそれほど普及しておらず、もちろん、治療なども確立していませんでした。
脳外では今症状が落ち着いているなら、オペまでしなくても、ということで手術はしない方針になりましたが、結局その時手術をしなかったことで、後々の脳梗塞などを起こすことになってしまったのです。
でも、それは仕方ありません。
今でこそ、もやもや病は脳外の病気。
治療は虚血例ではオペが推奨される、となっていますが、そのころは神経内科でも普通にフォローしていました。
そして、たまに起こるTIAもパナルジン(抗血小板薬)の内服でコントロールされ、私のもやもや病は、コントロール良好とされました。
続く。