ELぐんまよこかわ号で横川駅に到着後、「横川のまち歩き」の無料ツアーに参加させて頂きました。
ボランティアガイドによる横川駅周辺を約1時間掛けて歩くツアーです。
横川駅周辺には鉄道遺産を中心に多くの見どころがあります。
それをゆっくりと見学していきます。
まずは駅前の鉄道遺産から。
駅前にある道路を横断する様に設置されている排水溝。
実は、これは鉄道遺産なのです。
碓氷峠(横川~軽井沢)に鉄道が開業した当時、レールの真ん中にラックレールと言う特殊なレールを敷き、機関車の歯車と合わせて急こう配を走行していました。
この排水溝はその時のラックレールが使われています。
拡大すると御覧の通り。
ギザギザの部分に歯車を絡ませて走行していました。
続いて「御嶽山座王大権現の碑」を訪れました。
江戸末期1864年に建立した石碑です。
当時、死後の霊魂が安住する場が木曾の御嶽山だとする、御嶽山信仰が全国的に広がっていました。横川村でもグループが結成され、白装束で御嶽登山に出掛けていました。
ボランティアガイド曰く、「横川のパワースポット」との事です。
次に訪れたのは鉄道遺跡、横川駅の貯水槽です。
横川駅まで鉄道が開業した当初は蒸気機関車による牽引だったため、水と石炭を補給する必要がありました。
壁の真ん中の丸い穴から鉄パイプを通し、高低差を使って横川駅に停車中の機関車に給水していたそうです。
写真右端の鳥居は諏訪神社です。
貯水槽の次に訪れたのが街歩きの目玉となる碓井関所跡です。
江戸と京都を結ぶ中山道上に存在した碓井関所。
現在は東門が当時使用されていた門柱、門扉を使い復元されています。
東側から西側を望む。
西側から東側を望む。
関所の門柱には焦げた跡が残っています。
明治2年(1869年)、日本全国の関所が廃止されました。横川の関所でも解体し、焼却する様、命令されました。実際に焼却が行わましたが、その時に役人が懇願し、東門の門柱と門扉を救い出し、隣村に隠しました。
廃関から実に85年経過した昭和30年に、隠された門柱と門扉が旧松井田町に譲渡され昭和35年に復元されました。
この焦げ跡1つとってもドラマが隠されているのですね。
また、当時、処罰される事も覚悟の上で門柱と門扉を救い出した役人には感謝の言葉しかありません。
ツアー最後に訪れたのは鉄道建設時の殉難者の招魂碑です。
高低差が激しく、険しい地形の碓氷峠に鉄道を敷設するのは大変な苦労がありました。
26のトンネルを掘り、18の鉄道橋をレンガ造りで建設されました。
建設当時に亡くなった方の為の招魂碑が残っています。
碓氷峠の建設では遠く、兵庫県から来られた方が多い様です。
招魂碑を訪れた後、ツアーは解散。
この場を借りて、ボランティアガイドの方に感謝を申し上げます。
最後までご覧頂きありがとうございます。
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旅と鉄道2018年5月号 雑誌 – 2018/3/20











