自分が「自分で十分だった」と感じたとき、
何にも考えずに「自分は十分だった」と感じたとき、
日本にいてよかったな、と思いました。
海外旅行をして帰ってくると、日本のトイレの美しさ(まずここ。)や空気の美しさ、
どこか凛とした雰囲気、人々の品行方正さ、ごはんのおいしさにいちいち感動したものです。
日本ってすごい♪と思いましたし、日本に住めてよかった、と思いました。
けれども、わたしは日本人、日本国民ということに対して、それほど執着はありませんでした。
この時代、ここにいる理由はあるのだと知ってはいましたが、いまいちピンとこなかったのです。
ただ、無条件に生きていていい、好きに生きていい、好きなことができる、そういう「十分」な存在だ、
と、こころが満たされ、本来の自分に立ち戻ったとき、
日本の緑の鮮やかさ、清らかな水、ずっとずっと昔から変わらぬ日本古来の風土、土地の波動そのものが、
ダイレクトに自分と一体化して、ここを選んできたのだという意思を思い出し、
そのよろこびとなつかしさに涙が出るほどでした。
ダライ・ラマ(だったかな?)が、
「この時代、この地球に存在しているとひとたちは、
広大な砂漠に、湿らせた一本の指先をつけて、
その指先についた砂粒ほどの確率で存在しているのだ。」、
というようなことを言われたそうです。
(どこでそのことを知ったか、失念しました♪)
いまここにいるひとたちはみな、どんなひとであれ、いるべくして、いるのです。
自分の意思で、この土地に生きたい、と願ったのです。
そして、いるだけで、各自の波動がその土地に光をもたらしているのです。
ここに存在できている、という原初の喜び、
この土地に歓迎されている感覚を、思い出してみてください。
だからもののけ姫が好きだったんだ(笑)
『京都のぐり』
京都のぐりでやすらぎのひと時を♪
『インスピ・ヒーリング』
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