蟲師 アニメ 第5話 「旅をする沼」 より。
「もう、わたしは一度死んでいるのよ。
でも、この沼が、「生きていていい」と、言ってくれた。
だから、この沼はわたしにとって唯一の居場所なの。」
今朝、なんとはなしに、このことばがイメージで浮かんできたので、掲載(´∀`)
たとえ、だれかを憎もうとも、けなそうとも、ねたもうとも、自分は生きていていい。
たとえ、自分がひどく醜く、たいした才能も能力もなく、知識も常識もなく、
財産もなく、仕事もなく、パートナーもなく、
ヒトに迷惑を掛けてばかりでも、なんにも貢献できなくても、依存してばかりでも、ひどく矮小な人間でも、
生きていていい。
それはだれかに、「生きていていいよ♪」と許可されたから、というわけではないのです。
だれかに、「○○さんはこういうところがすばらしいから、存在することを許可しよう。」と言われて、
いま存在しているわけではないのです。
反対に、自分がだれかを「生きていてはいけない」と思ったとしても、
その人の存在を許可したのは本来の自分自身なので、
自分自身に「生きていてはいけない」と思っているだけです。
矮小な自分が、
「こんなわたしは生きていてはいけない、存在してはいけない」
と自分の肉体を傷つけても、自分の精神を傷つけても、
そう簡単に死ねません。
存在の力はどこまでもどこまでもあなたを存在にとどめます。
たとえ、いま肉体という幻想が死んでも、「存在」は永遠です。
「ただ生きていてよかったのだ」=許可
「生きていてよかったなあ」=歓喜
生きている理由を求め、生きていていいという安心感を求めて、
だれかに頼ったり、なにかに没頭したり、はまりこんでしまったりするかもしれないのですが、
本当は、なーーーーんにもできない、していない状態でも、「生きていたい」し、「生きていていい」のです。
だれでもない、自分が自分のことを大好き!で、生きて、存在していることがものすごくうれしいのです。
だれかやなにかが、「生きていていいんだよ♪」、「生きていてよかった♪」のスイッチを押してくれて、
その感覚を感じるかもしれませんが、
スイッチは気がつかせてくれたきっかけに過ぎません。
生きている、存在している喜び☆はずっと自分のおなかの奥底にあり続けているのです。
だから、だれからの許可も、条件も、なんにもいらないし、わざわざ求めなくていいのです。
気にしなくてもいいし、無視していいのです♪
はじめから自分は「生きていてよかった」、
「生きているだけでじゅうぶんだった」と気がついたのなら、
「生きていてよかった」という大安心、歓喜が肉体を駆け巡り、
意識が軽やかになります。
現実の世界がいままでとなにか違う風にみえ、視点が高くなります。
そして、新しいことに興味をもって、なにかを始めたいと思うかもしれません。
あるいは、いままでの頭の中の雑音が消え、穏やかに、落ち着くかもしれません。
そうやって変化していくと、「生きていてよかった」という現実がもたらされます。
「生きていてよかった」と思える支援、イベント、ギフト、モノゴト、お仕事、人間関係などなどの豊かさがもたらされます♪
自分の存在が豊かさであり、祝福そのものなのですから、あたりまえですよね。
唯一の居場所というのは、生を許可してくれるだれかやなにかの傍であってもいいのですが、
本当は、自分の中心、本質そのものです。
『京都のぐり』
どうぞ、お気軽に京都のぐりに会いにいらして、
やすらぎのひと時をお過ごしください♪
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