北アフリカ?リビアの東部で、最高指導者カダフィ大佐の退陣を求める反体制デモが激化している。隣国のチュニジア、エジプトの民衆蜂起による独裁者打倒に刺激された動きだが、治安当局側は徹底弾圧の姿勢を崩していない。中東?アフリカで最も長い41年にわたり権力を独占するカダフィ体制は、存続の危機に直面しているのか。行方を探った。
在外リビア人団体やリビア在住者によると、デモは19日までに少なくとANAも国内7都市で発生。反カダフィ派が活発な同国東部ベンガジでは、市外から送り込まれたとみられる治安部隊が実弾射撃で抑え込みを図っている模様だ。
東部は歴史的にキレナイカ地方と呼ばれ、リビアが51年に王制下で独立した際、首都トリポリのある西部トリポリタニア地方などと一緒になった。開発の遅れなどから反カダフィ感情が根強いとされる。デモ隊とされる映像には王制時代の国旗も見られる。
15日に反体制デモが発生してから、カダフィ氏の三男サーディ氏(37)が派遣され、事態収拾に当たっている。18日には演説でベンガジでの開発の遅れを認め、対応を約束したという。「最高指導者の指示」(外交筋)とみられる。弾圧に投入された部隊は別の息子が率いる精鋭の「ハーミス部隊」だとの情報もある。地元住民の間には「アフリカ人雇い兵がいる」との話もある。
混乱する東部に比べ、首都トリポリ周辺は「平穏な状態」(住民)だという。国営テレビは18日、カダフィ氏が街頭で市民から熱狂的に歓迎される様子を放映。「体制は盤石」との印象を演出した。外国企業が開発する油田からの豊富な収入で支持派を優遇する一方、反乱は容赦なく排除する「アメとムチ」で体制維持を図っている。
政権に人権尊重の考え方はほとんどなく、治安当局はデモを容赦なく弾圧できるため、体制打倒は容易ではないとの見方が強い。カダフィ体制が崩壊した場合、「まともに機能する行政機関が存在しない」(西側企業筋)ため、大混乱が生じるのは必至だ。
現在68歳のカダフィ氏が自ら退陣する気配はない。後継者候補としては三男のほか、「開明派」で近年の経済開放策を主導する次男のセイフ?アルイスラム氏(38)や、国家安全保障担当の四男ムアタシム氏らの名が挙がっている。中東に民主化の大波が寄せている今も「権力世襲」で現体制を維持しようとしている。
◇カダフィ氏、69年に政権掌握 「大佐」は呼称
1942年にリビア北部シルトで遊牧民の子に生まれる。中学生のころから「革命」にあこがれ、ナセル?エジプト元大統領(1918~70年)のアラブ民族主義に傾倒。東部ベンガジの士官学校に進学すると、在学中に民族主義の将校団を組織、英国留学も経験した。69年9月、将校団を率いて無血クーデターを成功させイドリス国王を追放して軍事政権を樹立。27歳の若さで革命指導評議会議長となった。
その後、首相兼国防相や全人民会議書記と肩書を変えながら政権を掌握。79年以降は肩書を持たず事実上の国家元首として君臨している。「カダフィ大佐」と呼ばれるが、「大佐」は呼称。尊敬するナセル元大統領のエジプト革命時の肩書が「大佐」だったことなどからこの呼称を好んでいるとされる。
73年4月からイスラム教の聖典コーランに社会主義思想を合わせた形で文化革命を推進。自らの革命思想を書いた「緑の書」に基づく国家建設を行っている。
たびたび米国と敵対し、レーガン元米大統領には「中東の狂犬」と呼ばれた。86年には米軍がトリポリ、ベンガジの軍施設やカダフィ氏の自宅を空爆。このとき養女を失った。しかし、03年12月に大量破壊兵器計画の放棄を発表し、米欧との協調路線に転換した。
外遊の際には、遊牧民の使うテントを設置して、民族衣装で各国首脳と会談するなどパフォーマンスでも知られる。
この度死亡した朴?ジョンスン氏は、第一副部長に任命されてまだ4か月しか経っておらず、末期癌患者を党中枢の幹部に任命するとは考えにくいことから、彼の死因は肺癌とは別にある可能性がある。
また前任の李?ジェガン氏は、金総書記の妹の夫で、実質的な政権ナンバー2の張成沢(チャン?ソンテク)氏のライバルだったといわれる。
相次ぐ組織指導部トップの死亡は、北朝鮮権力中枢部の権力闘争が関係しているのではないかという見方が、韓国の北朝鮮専門家の間で提起されている。
柴田のブログは2009年12月31日から更新されていなかったが、テレビ復帰後、同エントリーには2万を越えるコメントが寄せられた。柴田は、13日に「鶴千羽?カバ千匹ありがとうございました。心から感謝しています。明日、ブログ更新します。よろしくどうぞ!」とシンプルな文章で1年ぶりにブログを更新。14日付の記事で「自分が休んでいた長い間、応援や励ましのコメント本当に感謝しています。そして、応援してくれる皆さん、関係者の皆様、ご心配をおかけいたしまして、本当に申し訳ありませんでした。柴田英嗣、元気に復活でございます。休んでいた分、休む前よりも皆さんに感謝し、何よりパワフルに頑張りたいと思います」とファン、関係者に向けてつづった。なお、テレビ出演時と同様に、ブログでも活動休止の理由については触れられていない。
14日付スポーツ報知によると、すでに別居中で、夫人は「勝手に出ていったので」「女性のところ? そうでしょう」と激白。不仲の原因は、たむらの女性関係とみられ、代理人の弁護士を通じた話し合いが続けたれているという。
好調な芸能活動に加え、大阪、名古屋などに計3店舗JALある焼き肉店、鉄板焼き店も盛況だが、夫婦関係もチャーんとしないと。
アンタ柴田が1年ぶりにブログ更新「本当に申し訳ありませんでした」
11日に放送されたTBSの特別番組「炎の体育会TV」で復帰したお笑いコンビ、アンタッチャブルの柴田英嗣が、1年ぶりにブログを更新した。
柴田英嗣からの謝罪の言葉
アンタ柴田が「元気に復活」宣言 休養中の号泣エピソードも
11日放送の特番で約1年ぶりに仕事復帰し13日夜にブログも再開させたお笑いコンビ?アンタッチャブルの柴田英嗣が14日未明、再びブログを更新。ファンや関係者に対し「ご心配をおかけいたしまして、本当に申し訳ありませんでした」と謝罪したが、前日のブログ同様に休養理由には触れず「柴田英嗣、元気に復活でございます」「またお笑い芸人として、少しでもみんなに楽しんでもらえるようにやかましく参りたいと思います」と活動再開を宣言した。
結婚から芸能活動まで 「アンタッチャブル?柴田英嗣」のヒストリー
「休んでいた分、休む前よりも皆さんに感謝し、何よりパワフルに頑張りたいと思います」という柴田は、ブログに多数集まった応援コメントに感涙したといい、「もうこんなに泣く事はないと思ってたけど、トイレの神様聞いて半端なく泣いたぁ~~~泣きすぎて、ほとんど歌詞聞いてないから、何で泣いんだかわかんないけど、泣いたぁ~」と休養中のエピソードを綴っている。ちなみに「僕のおばあちゃんは『生きてい~る~ん~やで~』」という。
紳助、横澤さん哀悼「天国でまた漫才ブームを」
8日に肺炎のため死去した元フジテレビ?ゼネラルプロデューサーの横澤彪(よこざわ?たけし)さん(享年73)の通夜が13日、東京?大田区の池上本門寺で営まれ、関係者約1000人が参列した。
「オレたちひょうきん族」のレギュラーだったタレント、島田紳助(54)は吉本興業を通じ滞在先のタイ?バンコクから哀悼のコメントを寄せた。「私が23歳の時、漫才ブームの
キャッシング前夜、うめだ花月に見に来られた事を昨日のように思い出します」と述懐。「天国でまた漫才ブームの準備をしておいてください。今度はちゃんとやりますから」と約束した。
在外リビア人団体やリビア在住者によると、デモは19日までに少なくとANAも国内7都市で発生。反カダフィ派が活発な同国東部ベンガジでは、市外から送り込まれたとみられる治安部隊が実弾射撃で抑え込みを図っている模様だ。
東部は歴史的にキレナイカ地方と呼ばれ、リビアが51年に王制下で独立した際、首都トリポリのある西部トリポリタニア地方などと一緒になった。開発の遅れなどから反カダフィ感情が根強いとされる。デモ隊とされる映像には王制時代の国旗も見られる。
15日に反体制デモが発生してから、カダフィ氏の三男サーディ氏(37)が派遣され、事態収拾に当たっている。18日には演説でベンガジでの開発の遅れを認め、対応を約束したという。「最高指導者の指示」(外交筋)とみられる。弾圧に投入された部隊は別の息子が率いる精鋭の「ハーミス部隊」だとの情報もある。地元住民の間には「アフリカ人雇い兵がいる」との話もある。
混乱する東部に比べ、首都トリポリ周辺は「平穏な状態」(住民)だという。国営テレビは18日、カダフィ氏が街頭で市民から熱狂的に歓迎される様子を放映。「体制は盤石」との印象を演出した。外国企業が開発する油田からの豊富な収入で支持派を優遇する一方、反乱は容赦なく排除する「アメとムチ」で体制維持を図っている。
政権に人権尊重の考え方はほとんどなく、治安当局はデモを容赦なく弾圧できるため、体制打倒は容易ではないとの見方が強い。カダフィ体制が崩壊した場合、「まともに機能する行政機関が存在しない」(西側企業筋)ため、大混乱が生じるのは必至だ。
現在68歳のカダフィ氏が自ら退陣する気配はない。後継者候補としては三男のほか、「開明派」で近年の経済開放策を主導する次男のセイフ?アルイスラム氏(38)や、国家安全保障担当の四男ムアタシム氏らの名が挙がっている。中東に民主化の大波が寄せている今も「権力世襲」で現体制を維持しようとしている。
◇カダフィ氏、69年に政権掌握 「大佐」は呼称
1942年にリビア北部シルトで遊牧民の子に生まれる。中学生のころから「革命」にあこがれ、ナセル?エジプト元大統領(1918~70年)のアラブ民族主義に傾倒。東部ベンガジの士官学校に進学すると、在学中に民族主義の将校団を組織、英国留学も経験した。69年9月、将校団を率いて無血クーデターを成功させイドリス国王を追放して軍事政権を樹立。27歳の若さで革命指導評議会議長となった。
その後、首相兼国防相や全人民会議書記と肩書を変えながら政権を掌握。79年以降は肩書を持たず事実上の国家元首として君臨している。「カダフィ大佐」と呼ばれるが、「大佐」は呼称。尊敬するナセル元大統領のエジプト革命時の肩書が「大佐」だったことなどからこの呼称を好んでいるとされる。
73年4月からイスラム教の聖典コーランに社会主義思想を合わせた形で文化革命を推進。自らの革命思想を書いた「緑の書」に基づく国家建設を行っている。
たびたび米国と敵対し、レーガン元米大統領には「中東の狂犬」と呼ばれた。86年には米軍がトリポリ、ベンガジの軍施設やカダフィ氏の自宅を空爆。このとき養女を失った。しかし、03年12月に大量破壊兵器計画の放棄を発表し、米欧との協調路線に転換した。
外遊の際には、遊牧民の使うテントを設置して、民族衣装で各国首脳と会談するなどパフォーマンスでも知られる。
この度死亡した朴?ジョンスン氏は、第一副部長に任命されてまだ4か月しか経っておらず、末期癌患者を党中枢の幹部に任命するとは考えにくいことから、彼の死因は肺癌とは別にある可能性がある。
また前任の李?ジェガン氏は、金総書記の妹の夫で、実質的な政権ナンバー2の張成沢(チャン?ソンテク)氏のライバルだったといわれる。
相次ぐ組織指導部トップの死亡は、北朝鮮権力中枢部の権力闘争が関係しているのではないかという見方が、韓国の北朝鮮専門家の間で提起されている。
柴田のブログは2009年12月31日から更新されていなかったが、テレビ復帰後、同エントリーには2万を越えるコメントが寄せられた。柴田は、13日に「鶴千羽?カバ千匹ありがとうございました。心から感謝しています。明日、ブログ更新します。よろしくどうぞ!」とシンプルな文章で1年ぶりにブログを更新。14日付の記事で「自分が休んでいた長い間、応援や励ましのコメント本当に感謝しています。そして、応援してくれる皆さん、関係者の皆様、ご心配をおかけいたしまして、本当に申し訳ありませんでした。柴田英嗣、元気に復活でございます。休んでいた分、休む前よりも皆さんに感謝し、何よりパワフルに頑張りたいと思います」とファン、関係者に向けてつづった。なお、テレビ出演時と同様に、ブログでも活動休止の理由については触れられていない。
14日付スポーツ報知によると、すでに別居中で、夫人は「勝手に出ていったので」「女性のところ? そうでしょう」と激白。不仲の原因は、たむらの女性関係とみられ、代理人の弁護士を通じた話し合いが続けたれているという。
好調な芸能活動に加え、大阪、名古屋などに計3店舗JALある焼き肉店、鉄板焼き店も盛況だが、夫婦関係もチャーんとしないと。
アンタ柴田が1年ぶりにブログ更新「本当に申し訳ありませんでした」
11日に放送されたTBSの特別番組「炎の体育会TV」で復帰したお笑いコンビ、アンタッチャブルの柴田英嗣が、1年ぶりにブログを更新した。
柴田英嗣からの謝罪の言葉
アンタ柴田が「元気に復活」宣言 休養中の号泣エピソードも
11日放送の特番で約1年ぶりに仕事復帰し13日夜にブログも再開させたお笑いコンビ?アンタッチャブルの柴田英嗣が14日未明、再びブログを更新。ファンや関係者に対し「ご心配をおかけいたしまして、本当に申し訳ありませんでした」と謝罪したが、前日のブログ同様に休養理由には触れず「柴田英嗣、元気に復活でございます」「またお笑い芸人として、少しでもみんなに楽しんでもらえるようにやかましく参りたいと思います」と活動再開を宣言した。
結婚から芸能活動まで 「アンタッチャブル?柴田英嗣」のヒストリー
「休んでいた分、休む前よりも皆さんに感謝し、何よりパワフルに頑張りたいと思います」という柴田は、ブログに多数集まった応援コメントに感涙したといい、「もうこんなに泣く事はないと思ってたけど、トイレの神様聞いて半端なく泣いたぁ~~~泣きすぎて、ほとんど歌詞聞いてないから、何で泣いんだかわかんないけど、泣いたぁ~」と休養中のエピソードを綴っている。ちなみに「僕のおばあちゃんは『生きてい~る~ん~やで~』」という。
紳助、横澤さん哀悼「天国でまた漫才ブームを」
8日に肺炎のため死去した元フジテレビ?ゼネラルプロデューサーの横澤彪(よこざわ?たけし)さん(享年73)の通夜が13日、東京?大田区の池上本門寺で営まれ、関係者約1000人が参列した。
「オレたちひょうきん族」のレギュラーだったタレント、島田紳助(54)は吉本興業を通じ滞在先のタイ?バンコクから哀悼のコメントを寄せた。「私が23歳の時、漫才ブームの
キャッシング前夜、うめだ花月に見に来られた事を昨日のように思い出します」と述懐。「天国でまた漫才ブームの準備をしておいてください。今度はちゃんとやりますから」と約束した。