現代の中国の老年期の人々(略して以後敬意を込めて老人と呼びます)は、心配性で子供世代の生活に口を出さずにはいられないようです。どの友達に聞いてもこの問題は大なり小なり存在しています。
老人達の立場からしてみたら、自分達がしてきた苦労を子供達にさせたく無い。知っていることは全部教えてあげるから、苦労やトラブルから回避して欲しいと考えるようです。
その心理からウェイシン上でキュレーションサイトの健康情報や詐欺トラブルなどに関する記事をひたすら個人メールに転送してきて、お嫁さんを困らせているお姑さんもいます。
私も子供を産んで母親にはなりましたが、まだまだ経験が少ないからか、彼らのように「子供の全ての苦労を背負ってあげたい」とまでは思いません。なので時々自分は冷たい母親かなぁと感じます。
私は常々人の生命力とか人との出会いのご縁とか、人生には人がコントロール出来ない領域があると感じています。
前に流産を経験してから、なんであの子が亡くなったんだろうとずーっと考えてきました。今生まれた子供と一緒に寝ていると、時々心臓の音がドクドクと聞こえます。あの流産した子も、確かにあの時は心臓が動いていたのをこの耳で聞いたのです。
この子は生まれてきて、あの子は生まれなかった。
悲しいと思うことはもうありませんが、ただただ不思議に感じます。私の心臓も母親の子宮に居た時から今までずっと動いていて、人の体はとても簡単に死に至るけれど何故か今まで私が生きていて、この子が生まれてきた。
子供に出来ることはしてあげたいけれど、全て私が出来ると到底思わないし、そう思うのは一種の傲慢かなぁとも感じます。
とはいえ、中国では老人のお節介には笑顔で「知道了」と答えるのが一番良い方法だそうです。
今日雨降りそうだから傘を持っていくのよ。
寒いからセーターを一枚着て行きなさい。
お腹が空いたら何か買って食べなさいね。
インスタント食品は出来るだけ食べないように。
子供のお風呂上りには早く洋服を着せるのよ。
などなどなどなど、無限に出て来る言葉には笑顔で言いましょう。
「知道了!」
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