あんなに痛いことが世の中にあっても良いのだろうかと思うくらい痛かったです。
夫は出産に間に合わず、付き添ってくれた母親も何故か分娩台に登る頃には「私、邪魔やろうから一回家に帰るわ」と......。
何故か一人で産みました。
正直あまりに出産が壮絶すぎて、赤ちゃんと出会った感動とか、ダウン症のリスクとかどうでもよくなってました。
(産後すぐ貧血で倒れて一瞬意識不明になってました(>_<))
でも数日経って、じっと赤ちゃんを見ていると、ただただそこに存在していることになんだかありがたみがあって、お地蔵さんのように拝みたくなる雰囲気がありました。
お医者さんが見て下さった結果、しみちゃんはダウン症ではありませんでしたが、あの出産を乗り越えた後にはそれよりも自分が生きてることと、しみちゃんが元気だったことがありがたかったです。
しかし障碍を持って生まれてくる人(や、後天的に障碍者となってしまう方)は必ず存在します。
理想論かもしれませんが、「障碍」が一つの性格のようにアイデンティティとして自然に存在できるように、社会のシステム改善と雰囲気作りが大切だと思います。
そして産まないと選択された方々にも慰めが必要だと思います。産みたかったのに産めなかったその無念は、私には分かります。流産して良かったと思ったことは一回もありませんが、他人の痛みが少しは分かるようになったことがせめてもの救いです。
長文になってすみません。
以上です!
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