「裁断橋跡」の50mほど先にある「名鉄常滑線」のガードをくぐり約2分歩くと、「新堀川」に架かる「熱田橋」に着きました。この川がかっての「精進川」ですが、当時の「精進川」は曲がりくねっていたため、たびたび洪水の被害にあいました。そのため運河に改修する工事が行われ、明治43年に現在のような流れになりました。
「熱田橋」から約2分で東海道本線の踏切を渡り、国道1号線の殺風景な側道を歩きました。
踏切りを渡ってすぐ右手に、お地蔵さまが祀ってありましたが、この建物は何なのでしょうか?民家ではなさそうですし、地蔵堂でもなさそうでした。
東海道本線の踏切から約3分で、国道1号線と県道221号線との分岐点に着きました。旧東海道は国道1号線を直進です。
しばらく国道1号線の歩道を歩きましたが、途中「二宮尊徳」の石像がありました。金属製のものは戦争中溶かされて武器になってしまいましたが、石造りのおかげで残っているのでしょう。
国道1号線と県道221号線との分岐点から約4分、「松田橋」という大きな交差点に着きました。国道1号線はここで右に折れますが、旧東海道は直進して県道222号線となりました。この交差点は横断歩道を渡るしかありませんでした。
歩道橋を下りてすぐの歩道の脇に、さりげなくまだ新しい道標がありました。
「松田橋交差点」から6、7分、旧東海道は右にカーブしながら「山崎川」に架かる「山崎橋」を渡りました。
橋を渡ってすぐ左手に「道標」が立っていましたが、この道標もまだ新しそうでした。
「山崎橋」から3、4分、左手に先ほどと同じような道標があり、側面に「法泉寺」、その下に「宿駅制度制定四百年記念」と刻まれていました。ということは2001年に立てられた道標ということになります。
その少し先右側に「山崎城址 安泰寺」反対側に「山崎の長坂」と刻まれていました。山崎城は熱田の豪商加藤順盛の次男加藤弥三郎の居城として知られています。その後佐久間重盛の持城となりましたが、織田信長から追放された際には廃城となり、現在は「安泰寺」の境内になっています。ところでこの道標は旧東海道の南側に立っていますが、「安泰寺」は北側にあります。
さらに1分強歩くと左手に「村社 式外 熊野三社」の鳥居がありました。「県社」というのはよく見かけますが、「村社」というのは初めてです。また「延喜式内」の「式内」というのもよく見かけますが「式外」というのも初めてです。
社殿はこじんまりとした社殿でした。
鳥居の横には「東海道 宿駅制度制定四百年記念碑」がありました。
碑文によりますと
このあたり(呼続)は四方を川と海に囲まれた、巨松が生い茂る陸の浮島として、「松巨嶋(まつこしま)」と呼ばれ尾張の名所でした。東海道が南北に通り、これに「鎌倉街道」が交差していました。西側の磯浜は「あゆち潟」と呼ばれ、これが「愛知」の地名の起源ともいわれています。
「山崎の長坂」に接する「山崎の立て場」は、宮の宿への往還の地として賑わい、宮の宿より渡し舟の出港を呼び継いだことから「よびつぎ」の地名につながったとも言われています。
「熊野三社」から4、5分歩く交差点の右手角に道標があり、「鎌倉街道」と刻まれていました。ここで旧東海道と鎌倉街道が交差していたようです。
現在の鎌倉街道です。
反対側の角にも「鎌倉街道」と刻まれた道標があり、裏には「黄龍寺 地蔵院」と刻まれていました。地蔵院はその道標の横にありましたが、こじんまりとした寺院でした。
さらに2、3分歩き、広い交差点を渡ったすぐ先左手の石屋さんの道路沿いに、道標とともに戦前の兵士らしき像が立っていて、その隣に建つ石碑には「大正11年2月 石材商 鬼頭●三郎」と刻まれていました。また東海道の道標には、「名古屋市の依頼により製作建立した 三代目鬼頭」と刻まれていました。
2分弱歩くと右前方に「富部神社」の赤い鳥居が見えてきました。
ここにも先ほどと同じような石碑が立っていました。
「富部神社」の鳥居から約1分のところにある十字路の左右に道標があり、右手の道標には「富部神社 塩付街道」、左の道標には「桜神明社 塩付街道」と刻まれていました。
写真は現在の「塩付街道」です。
「塩付街道」は、南区星崎から東区古出来町まで名古屋市を南北に貫く道路で、星崎7ケ村で作られた塩を馬に乗せ古出来町まで運んだ道路です。古出来町に集められた塩はここで積み替えられ、長野などの奥地に運ばれました。
しばらく呼続の街を歩いていると、
旧東海道は左にカーしました。
曲がり角右手にあった道標には「是より北よびつぎ」と刻まれていて、反対側には「是より東かさてら」と刻まれていました。ここが呼続地区の南端でこれからは笠寺地区を歩くようです。
左にカーブした旧東海道はすぐに名鉄の踏切に着きました。
踏切りを渡り約2分で、「笠寺西門」交差点に着きました。
交差点の手前と渡った右手にそれぞれモニュメントがありました。
交差点を渡ると目の前に「笠寺観音の西門」が見えてきました。
つづく































