県道116号(旧東海道)に出て直ぐに、草津市から栗東市に入りました。

 

    

草津市と栗東市の境界線から約100m左手民家の庭先に、「東海道 小柿村 高札場」と書かれた手書きの看板がありましたが、当時を伺わせるものは全くありませんでした。

 

    

更にその先数十メートル先左手の、これも民家の庭先に「史跡 老牛馬養生所跡」と刻まれた、高さ1.5mほどの石碑が立っていました、そばにある説明板によりますと、

 

江戸天保年間、和迩村榎の庄屋岸岡長右衛門が、牛場で老廃牛馬が打ち剥ぎされているのを見て、その残酷さに驚き、これから老牛馬であっても息のある間は打ち剥ぎを止めるよう呼びかけ、天保12年4月この地に老牛馬が余生を静かに過ごせる養生所を設立し、広く老牛馬を収容したとのことです。

 

「老牛馬養生所跡」から2、3分で前方に新幹線のガードが見えてきました。ちょうど新幹線が通り過ぎましたが、ひっきりなしに通ります。

 

更に3分ほど歩くと旧東海道は大きく左にカーブしました。

 

    

カーブの正面の建物は、酒蔵の様な趣だったので近づいて見ると、「田楽茶屋 ほっこり庵」というお茶屋さんでした。後から出てきますが、この辺りが田楽発祥の地だそうです。

 

その隣は「ヤマキ酒店」で銘酒「菊の光」を売っていましたが、入りずらい雰囲気なのでスルーしました。「菊の光」は江戸時代「目川立場」の茶屋で出されていた酒で、土山の「安井酒造」が復元したものだそうです。ここには足湯もありました。買って来ればよかった。

 

    

「ヤマキ酒店」から約50m先左手に「目川田楽 京いせや跡」と刻まれた大きな石碑と案内板が立っていました。

 

江戸時代この辺りに立場が置かれ、供された食事は地元産の食材を使った菜飯と田楽でした。田楽茶屋は元伊勢屋(岡野屋)と、この京伊勢屋(西岡家)、古志ま屋(寺田屋)の3軒を言い、全てここ岡の地にありました。

 

立場(たてば)」とは、宿場と宿場の間にあって、旅人や人足、駕籠かきなどが休息する場所のことで、もともと杖を立ててひと休みしたのでその名が生じたといわれています。

 

    

更に2分ほど歩くと左手の民家の庭に「古志ま屋跡」がありました。

 

    

更に50mほど先左手に、「元伊勢屋跡」がありました。

 

「元伊勢屋跡」から1、2分治田郵便局の向かいに昔を思わせる茅葺(今はトタン葺)の民家がありました。

 

    

そこから2分強歩くと、右手に日本橋から数えて118番目の一里塚である「目川一里塚跡」を示す石碑が立っていました。塚には椋(ムク)の大木が立っていたそうです。

 

一里塚跡から3、4分歩き右に大きくカーブした左手に「地蔵堂」があり、

 

    

境内には無数の地蔵様と「八幡大菩薩 天照皇太神宮 春日大明神」と刻まれた石碑が立っていました。お寺の中に神社の銘がある石碑があるのも妙な感じです。

 

    

地蔵堂の100mほど先で旧東海道は左にカーブしますが、角の右手に「東海道 やせうま坂」と刻まれた石碑が立っていました。かってこの道は馬も痩せるほどの急な坂だったそうで、そこから名付けられたようです。

 

「やせうま坂」の石碑のそばに「東海道 中郡街道」と刻まれた石碑も立っていました。旧東海道はここで左折しますが、このまま真直ぐ行く道が中郡街道のようです。石碑には「川辺,下戸山、上砥山、御園、東坂を経て石部へ」とあるので、現在の県道117号県道113号通称「石部草津線」のようです。

 

左にカーブてから約100m歩くと、右手に「稲荷神社 東海道」と刻まれた道標がありました。

 

    

しばらく「川辺(かわつら)」の市街地を淡々と進みました。

 

左にカーブしてから約7分「葉山川」に架かる「葉山川橋」を渡りました。

 

    

葉山川を越えると、軒下に昔の屋号を掲げる家が目立つようになってきました。この辺りは、かっての商店街だったのでしょうか。

 

    

「葉山川橋」を渡ってから4、5分「上鈎(かみまがり)東」交差点を過ぎると、右手は上鈎池の土手が続き、交差点から100mほど先土手下に石碑(歌碑)群がありました。

 

歌碑郡の中ほどに「九代将軍 足利義尚公 鈎の陣所ゆかりの地」と刻まれた石碑が立っていました。

 

     

歌碑を行く見ると、将軍足利義尚に関する歌ばかりでした。

 

六角氏討伐のため近江に出陣した将軍足利義尚は、鈎の安養寺に陣を構えましたが25歳で死去してしまいました。安養寺はここから南東に直線距離で約1.2km、東名高速道の南にあります。

 

    

ここには「花時計」も整備されていました。栗東町(現栗東市)の「身近な環境づくり推進事業」の一環として作られたもので、花時計の他「風車」や「滝」もあるようですが、気が付きませんでした。

 

「上鈎池」を過ぎたところに県道55号との交差点があり、ここを左折すると直ぐ国道1号線との交差点です。

 

    

交差点を直進すると旧東海道は大きく右にカーブし、その先左手に豆腐田楽の「すずめ茶屋」跡の石碑が立っていました。

 

少し行くと左手に虫籠窓のある民家があり、当時の雰囲気を醸し出していました。

 

    

「すずめ茶屋跡」から4分強で、「JR草津線手原駅」前の交差点に着きました。この交差点を左折すると直ぐ手原駅です。

 

手原駅はJR草津線の草津駅から一つ目の駅です。ここまで約1時間で歩いて来たことになります。

 

つづく