伊藤忠兵衛記念館」は玄関だけ覗き、先を急ぎました。

 

 

「伊藤忠兵衛記念館」の斜め前に「玉屋」の看板がかかった「うどん屋さん」がありましたが、趣のある外観でした。

 

「伊藤忠兵衛記念館」から6、7分歩くと右手に「天雅彦(あめわかひこ)神社」と刻まれた石柱が立っていました。この神社は高野瀬、沢、下枝、大町、肥田地区の氏神様で、戦国時代この地に城を構えた高野瀬氏の保護を受けました。

 

「天雅彦神社」の石柱の斜め前に酒屋さんがありました。一旦通り過ぎましたが、建物の奥に大きな煙突も見えますので、どうやら造り酒屋のようです。日本酒好きの我々にとって、見過ごすことは出来きず、入ってしまいました。入ったからには手ぶらで出ることもできず、純米大吟醸4合瓶を買ってしまいました。

 

    

その数十メートル先に「金田池」と呼ばれる井戸がありました。そばにある説明板によりますと、かってここから北に50mほどのところに「金田池」と呼ばれる湧水があり、田の用水だけでなく、中山道を旅する旅人の喉を潤してきましたが、近年湧水が止まり埋め立てられたので、ここに再現したもののようです。

 

    

「金田池」から約5分、右手に「又十屋敷」と書かれた大きな看板が見えてきました。看板の右奥にある建物が「又十屋敷」で、「又十」という屋号で呉服商を営んでいた藤野喜兵衛喜昌の旧宅です。彼は後に北海道に渡り多くの漁場を開き廻船業も営んでいたそうです。

 

また「又十屋敷」の大きな看板の下にひっそりと「中山道一里塚址」の石柱が立っていましたが、ここに一里塚があったということではなく、先ほどの石畑一里塚碑を保存したものだそうです。

 

「又十屋敷」の玄関わきには「三笠宮殿下御来館記念樹」の木(名前は不明)が植えてありました。

 

    

「又十屋敷」から約2分、「千樹禅寺」の石柱の左横に

 

    

「江州音頭発祥の地」の石碑がありました。

石碑の説明文によりますと、焼失した「千樹禅寺」(観音堂)を再建した時、余興として、村人が経文を面白可笑しく節をつけ、身振り手振りで踊ったのが始まりだそうです。

 

「江州音頭発祥の地」の石碑から3、4分、前方に「宇曾川」に架かる「歌詰橋」が見えてきました。この橋を渡ると豊郷町から愛荘町になります。

天慶3年(940年)、東国で平将門を討ち首級をあげた藤原秀郷がこの橋まで戻ってきたとき、かっと眼を見開いた将門の首が追いかけてきました。藤原秀郷が将門の首に向かって「歌を一首」と言ったところ、歌に詰まった将門の首は橋の上に落ちたといわれ、以来「歌詰橋」と呼ばれるようになりました。

 

豊郷町を歩いていて気付いたことですが、庄屋屋敷と見間違えるような立派な家屋が何棟も見られました。さすが近江商人の地元だと感じました。

 

この時点で15:40頃、そろそろ帰りの時間を気にしなくてはいけない時刻になりました。予定では16:30稲枝駅発の上り電車に乗る予定です。タクシーに電話しましたが、いくら説明しても現在いる場所を認識してもらえません。仕方なくこの先の「石部神社」で待つことにしました。

 

    

「歌詰橋」の約600mほど先左手に「石部神社」の鳥居が見えてきました。

 

県社の社格を持つ神社です。

 

しかしここでも待てど暮らせどタクシーは来ません。

 

仕方がなく次の追分の「追分交差点」まで行き待つことにしました。その途中、交差点手前右手に「沓掛藤棚公園」への案内板がいりましたが、板に小さく「トイレあり」と書いてありました。我々のように中山道を歩く人のために書いてあるものと思いましたが、トイレに行く余裕はありません。

 

追分交差点に着きましたが、ここでもタクシーは来ません。来たと思ったら実車でした。もう16:30の電車は諦め、3.5Km先のJR「稲枝駅」まで歩くことにしました。

 

前回の帰りのタクシー、今回の米原駅のタクシー、そしてこの帰りのタクシーとトラブル続きでした。次回は予約しておこう。

 

つづく

 

番外

 

沓掛の交差点からJR「稲枝駅」に向かい歩き始め、国道8号線との交差点を越え4、5分すると、玄関の軒下に「杉玉」をつるした立派な建物がありました。これは造り酒屋に違いないと大きな扉の中に入りました。

 

予想通りそこは「藤居本家」という造り酒屋でした。

藤居本家は、江戸時代(天保2年)創業の酒造会社で、宮中の新嘗祭の御神酒(白酒)を献上している由緒正しい酒蔵でした。

 

また総欅づくりの酒蔵は、先代の当主(藤井静子)さんの設計によるもので、そのスケールの大きさは見るものを圧倒します。

 

当主自らのお酒の説明を受け、試飲をしているうちにタクシー会社から電話が入り、「そろそろタクシーが行きます」とのこと。今頃来ても電車に間に合わないと断りました。

 

それを聞いた当主は、「それでは私が駅まで送りましょう」という話になり、恐縮しながらお言葉に甘えました。1本買う予定でしたが2本にしました。

 

最後にいいことがありました。

 

左の2本が藤居本家で買ったお酒で、右は「金田池」の近くの造り酒屋で買ったお酒です。

しかし、重いリュックを背負い、4合瓶3本ぶら下げて帰るのも大変でした。